獅子と狼の旅行準備
「レオー、旅行の支度できたー?」
「! ちょ、ちょっとウルリカ! 勝手に入らないでって……!」
「もー良いじゃん私達の仲なんだしさー」
“アルテミス”のクランハウス、レオの私室。
そこにウルリカが訪れている。レオは丁度着替えの選別をしている真っ最中で、その作業は旧知の仲とはいえウルリカにも見られたくはなかった。
「それにほら、私だって持っていく服で悩んでるんだよ? 馬車とはいえあまり荷物が多すぎてもいけないしねー。レオもそうでしょー?」
「……まぁ、そうだけどさ」
「あ、またそんな丈の長いスカート選んでる。もっと短くしちゃえばいいのに」
「良いんだよ、僕はこのくらいの長さが好きなんだから……ウルリカのは短すぎ」
「可愛いから良いの」
「はいはい」
趣味用の衣服の選別もそこそこに、レオは装備品の選別に入る。
双剣使い。コンパクトなショートソードとはいえ、それを二本用意するとそれなりの荷物になってしまう。特に困るのは鞘の固定位置で、実用面では腰の左右に差して固定するのが最も抜きやすくはあるのだが、そうなると専用のベルトが必要になり、そしてそのベルトは大きな旅装用の背嚢とは相性が悪かった。
「うーん、今回はあまり長々と背負わないとはいえ、ベルトが圧迫されるのが辛いなぁ……」
「そのベルト良いよねー、かっこよくて」
「うん。それに使いやすいから僕も気に入ってる……けど、腰の上の方まで覆うタイプだからちょっと邪魔で……」
「じゃあ荷物少なめにしないとだね」
「えー、いやぁ……けどそうなると、容量が……パーティーで分割して持ち運ぶ物だって色々あるだろうし……鞘用のベルトを妥協して右側に二本差しておけばそれで済む話ではあるからさ。こっちのほうが融通きくし……」
「駄目だよそんなの!お洒落装備をやめるなんて!」
「え、ちょ、ちょっと」
レオが取り出した妥協用のベルトを放り投げ、ウルリカはレオが普段使いしている愛用のベルトを差し出した。
「ほらっ、こっちのが腰が綺麗に見えるでしょ! 絶対こっちのが良いって!」
「……そ、そうかな」
「そうだって! 駄目だよーレオはもっとお洒落にならなくちゃ! それに今回はモングレルさんもいるから、ある程度の荷物は持ってくれるって!」
「それはちょっと、モングレルさんに悪いんじゃ……」
「平気平気! モングレルさん結構甘い所あるから、おねだりすればいけるって!」
「また悪いことばっかり覚えて……良くないよ、そういうのは……」
装備の選び方には個性が出るが、ギルドマンは使い勝手の他にも見た目も重視する。誰だってどうせならば格好つけたいものだし、見た目を整えれば雇われやすくなることも実際にあるからだ。
もちろんそれは程度問題ではあるし、ウルリカの場合は特に見た目を最重視するタイプの珍しいギルドマンではあるのだが。
「アーケルシア楽しみだねー……どんな魔物がいるのかなー」
「……レゴールからは遠く離れた場所だからね。それも海沿いとなると、やっぱり違うんだろうね。海にも知らない魔物がたくさんいそうだ。魚とか、海獣とかね」
「ねー。さすがに海中を泳ぐような魔物相手だと“強射”でも仕留めるのは難しいんだろうけど……顔を出してる時ならいけるかも」
水中への射撃攻撃は非常に難しい。視認性が悪いのもあるが、ある程度まで潜られるとスキル込みの射撃でも威力が減衰してしまうのだ。そうなれば標的に命中しても仕留めきるところまでダメージを与えることができなくなる。
「レオはあれだよね。スキル両方とも使ってればちょっとだけなら水面を足場にできるんだよね?」
「うん……けど、波の強い場所だとわからないよ? 上手く踏み込めないとそのまま水没しちゃうかも」
「じゃあ剣で仕留めるのも難しいなー」
「あはは……あまり当てにはしないで欲しいな」
風属性のスキルを二種類持つレオは、自身の体重を削りつつ風を生む剣戟を放つことによって、わずかな間ではあるが水上で動くことも可能だった。
“アルテミス”の前でもスキルで川を走り渡る芸当は見せており、その際は全員から驚かれたものであった。
「やっぱり海中の獲物を獲るにはシーナ団長か……ライナの“貫通射”が良いかなー」
「“貫通射”は水中でもそのまま飛ぶんだっけ?」
「そうそう。水の中でもけっこー進むみたい。ライナもほんっと良いスキルを手に入れたよぉ。羨ましい……」
「ふふ。ウルリカのスキルだって強力じゃないか」
「まあ大雑把に使えるのは気に入ってるけどねー……もっと飛距離と使い勝手が良ければなぁ」
ウルリカのスキルは現状二種類。
“弱点看破”を習得したのは幼少の頃だったので、二つ目の“強射”を手に入れたのも比較的早かった。
スキルの習得頻度はかなり早熟である。とするならば、3つ目のスキルがそろそろ来てもいいのでは。そうウルリカ自身は考えていた。実際、才能ある者であれば二十歳前にスキルを3つ手にすることも珍しくはない。
「あーあ、新しいスキル欲しー……」
「練習あるのみだね」
「じゃあ練習付き合ってよね。一人じゃ危ないから」
「わかってるよ」
レオが護衛し、ウルリカが矢を放つ。昔はそうやって狩りを続けてきた。最近は互いの技量も上がり出来ることも増えたが、コンビネーションに陰りはない。
また昔のように変わらず狩りができることが、レオは嬉しかった。
「……ところで、レオさぁ。この前飲んでもらった薬……あれどうだった?」
「え? 薬って……まぁ、飲んでみたけど……確かにちょっと身体が熱くなったりはしたかな……」
「時間はどれくらいで? 他に何か、変な感じになったりしなかった?」
「えっと、鐘二つ分くらいかな……そのくらい経ってから、自分でわかる程度にポカポカと……そ、それくらいだよ」
「ふーん……」
しかしレゴールでウルリカと再会してから、変化を感じる面もあった。
妙に部屋の置物に拘ったり、調合を勉強したり、あるいは妙なマッサージなどをレオに勧めてきたり。
元々きまぐれで動く事の多い幼なじみだったので不思議な変化というわけではなかったのだが、時折ウルリカが放つ熱意に気圧されることも多かった。
「……効き目を出すならもう少し粉末を混ぜたほうが良いかな……わかった、ありがとー。また今度手伝ってね?」
「それは構わないけど……身体に毒にならないようにしてよ?」
「大丈夫大丈夫、身体が元気になるものしか入れてないから。私も時々自分で試してるしねー」
「だったら良いけどさ……」
近頃は矢毒の調合にも熱心に取り組んでおり、勉強熱心な部分も見えてきた。
昔は才能と感性だけで全てを乗り切るようなタイプの幼なじみだっただけに、その成長が少しだけレオには眩しい。
「……僕も何か、パーティーのためにできることがあればいいんだけど……」
「え? 何を?」
「ほら、僕って剣の扱い以外はこれといって得意なこともないからさ……あまり“アルテミス”に貢献できてないんじゃないかなって」
「いやぁそんなこと全く無いと思うけど……なんだかんだ力仕事もやってもらってるし……秋が本番なんだから、まだまだこれからだよ」
「……そうかな」
「そうそう。急がなくて良いって! どうせ秋から忙しくなるんだから!」
まだレオが加入してから秋は訪れていない。
レゴールの秋はギルドマンにとって狩猟の季節。秋が来れば高値で売れる味の良い肉が豊富に獲れる上、皮の処理や牙の加工など、やろうと思えば委託せずに手作業できる仕事はいくらでもある。
特に角や牙の細工物は安定した価格で売れるので、ギルドマンの副業としては非常に向いていた。
「まぁまぁ、今は秋よりも夏だよ! 特訓も仕事も良いけど、せっかくの旅行なんだから楽しんでいかないとね!」
「……はは、そうだね」
アーケルシアに向けての出発は、もう明日に迫っていた。