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女神のアミュレット


「以後、くれぐれも気を付けますように……」

「ああ、わかった。失礼したな」

「ふむ……痕跡は残らないと思ったのだが」

「サリーてめぇ反省してねえな……」


 ある日、俺はギルドの個室に呼び出された。何故かサリーとナスターシャと一緒に。

 そこで“呪い師”エドヴァルドからどことなく詩的なお説教をくらい、今しがたそれが終わったところである。


 なんだそのメンツ、って思うだろう。俺もこの二人と一緒に呼ばれた時は頭に疑問符を浮かべたものだ。

 何より二人の頭の上に黒っぽい奇妙な紋章が浮かび上がっているものだから、疑問+疑問でなんもわからん状態である。


 だが呼び出されてみて、その理由が判明した。

 

「なんでお前ら、アーレントさんの腕輪を弄ろうとしたんだよ……」

「興味深かったのでな」

「弄れそうだったから」


 ナスターシャはまぁわかる。興味本位な。知識欲旺盛なマッドサイエンティストが言いそうなセリフだしな。若干そういう気質がこいつに備わってるのもなんとなく付き合いの中でわかってきたし、まぁわかるんだ。良し悪しはともかく。


 でもサリーの言う“弄れそうだったから”はサイコパスみが深いんだよな。

 できそうだったからやったってお前……いやもういいや。久々にまともな説教に巻き込まれて俺はもう疲れたよ……。

 別に俺は何もやってねえのにな……アーレントさんと一緒に任務する条件として腕輪を調べて良いよって勝手に言っちゃったもんだから、それで怒られが発生した形だ。正直ちょっと軽挙だったとは思うぜ……。


「やはり“月下の死神”は良い腕をしているな……私も魔道具であればいくらでもやりようがあると思っていたが、表層を過ぎれば難解な古代文字の羅列だった」

「あの魔道具の強引な解除は困難を極めるねぇ。この戒めの呪いさえなければ僕ももうちょっといじってみたかったのだが」

「……二人とも呑気に会話してるけどよ、頭の上に浮いてるその黒い紋様は何なんだよ」


 パッと見た感じ天使の輪みたいな感じだが、簡素な魔法陣のようにも見える。それが二人のそれぞれの頭上に浮かび、ゆっくりと回っているのだが……どうもこれはアーレントさんの腕輪を調べている時に現れたものらしい。


「ああ、モングレルにはわからんか。これは戒めの呪いといって、掛けられた者の体表や頭上に目立つ紋様を浮かび上がらせるものだ。禁書庫や魔法の塔の立ち入り禁止区域などにはよくこの手の罠が仕込まれている」

「いわば警告だね。目立つ以外には何かしら害のあるものではないけど、後ろ暗いことをしたことの証拠にはなるんだ。しかもこの紋様は上手く組み替えればそのまま攻撃性のある呪いにもできる。“殺すこともできた”という証だね。魔道具の解呪でこれを付けられることは、事実上の敗北と言って良いだろう。僕もまだまだだよ」


 何に対する敗北だよ。


「ちなみに、私達の頭上に浮かんでいるこの黒茨の紋様の意味は“次は殺す”だ。警告を無視してさらなる魔道具の調査を試みれば、次はおそらく致死性の高い呪いにかかるだろう」

「あのサイズの魔道具によくこれだけの呪いを付けられるものだ。感心するよ」

「お前ら頭良いくせに馬鹿だなぁ……」


 頭の上に目立つイエローカードを浮かべてるくせに満足そうにしている魔法使い二人組。

 やっぱりこの世界でもある種の専門家は変人が多いな……。




「いや、ここはもうちょっと線を強めに……」

「装備の類はだいたい希望通りだが、アレンジとしてこの部分をだな……」

「むぅ……さすがは元王都の書生だ。ここまでとは……」


 お説教部屋から出てギルドのロビーに戻ってくると、その片隅では男たちが一つのテーブルに集まって何やら真剣な議論をしているところだった。


「だから、できればナスターシャさんのような感じでだな……」

「オイ待て、向こうにナスターシャさんいるぞ……!」

「あっ」


 あ、真剣な顔してるけどこれあれだな。結構くだらねえ話してやがるな。


「うん? ナスターシャ、彼らが名前を出しているようだけど、行ってみたらどうなんだい」

「いや、やめておく。ああいう連中に関わる必要性を感じないのでな。私はクランハウスに戻らせてもらう」


 男たちに向ける目をスッと細め、ナスターシャはギルドを出ていった。

 その頭上にはイエローカードが浮かんでいたが。


「ふむ。相変わらず男への関心が薄いねえ、彼女は」


 やれやれといった風に、サリーもギルドを後にした。

 ……そんなジェスチャーをしていても、やっぱりこいつの頭上にも紋様が浮かんでいるんだけども。


 魔法使いにとってはちょっと恥ずかしいマークだと思うんだが、なんでこいつらはそんなにいつも通りクールぶれるんだろうな。

 たまにその強靭なメンタルが羨ましくなる時があるぜ……。


「おーいモングレル、集合」


 そうしてぼんやりしていると、酒場の隅っこにいる男連中から招集をかけられた。

 ソロの俺に指示を飛ばすとはなかなか良いご身分じゃねえのよ……。


「お前らはさっきからなにやってんだ、そこで」

「ククク……なに、装備に潜ませておくアミュレットの図案について相談していたところさ……」

「ああ……アミュレットね」


 ミルコは意味深に笑っているが、なんてことはない。ただのお守りの話である。


「レスターは絵が上手いからな……武運の加護を齎す女神のアミュレットを作るには、彼の協力が必要不可欠だ……」

「ああ、レスターの絵は良いぞ……こう、身体の芯からムクムクと魔力がせり上がってくるようで……」

「そう、迸る熱い何かが……」

「要するにエロい絵だろ」

「違うな! 間違っているぞモングレル! これは女神の絵だ!」

「魔物が潜む恐ろしい夜の森で、俺たちを守ってくれる素晴らしい女神だ!」

「色々なパーティーの可愛い子とよく絡んでるモングレルにはわからんでしょうねぇ!」


 テーブルを囲んでいる男たちが何故か逆ギレしながらそれぞれのアミュレットを見せてきた。


 アミュレット。まぁこいつらが手にしているのはカードサイズの白い革製の札でしかないんだが、そこには細かな筆致で女の絵が描かれていた。

 異世界だしね。女神を信仰するのはわかる。それが描かれたお守りを持ち歩くのもまぁわかる。


 でもね。こいつらが持ってるのはどれも明らかに露出度が高いんだよね。

 胸は当然として、下の方も見えちゃいけないものまで見えている。どう見ても春画です。本当にありがとうございました。


「レスター。この女神はもっとこうキツそうな目をさせてな、胸と尻とふとももを盛ってな……あと杖を手にさせてだな……」

「な、なるほど。フヒヒ……こうですね?」

「おお……! へへ、わかってるじゃねぇか……良いぜぇ信仰心が湧き上がってきた……!」


 春画。要するにえっちな絵である。

 どの世界どの時代でも、男はまぁエロのことばかりを考えているものだ。それはこのハルペリアのギルドマンでも変わらない。


 確かにこの街にはでかい色街もあるし、店やサービスを選ばなければ格安で相手してもらうこともできよう。だがディックバルトじゃあるまいし、毎日そのように発散できるギルドマンばかりじゃないのが現実だ。


 そんな時男はどうするのか? 相手がいなければどうなってしまうのか?

 答えは己の手の中にある。探していた答えは最初から自分が持っていたというやつだ。己は己で慰める他あるまい。


 そこで必要になるのが……まぁ、“イメージ”なわけだ。ご飯に対するオカズの存在である。


 もちろん、やろうと思えば空想でもできるだろう。しかしそれだけだとちょっと物足りなくなってしまうのが男というもので、全く無いよりはある程度イメージが湧く絵とか……そういったものが必要になるわけよ。


 実はそこらへん、この世界でも結構バリエーションが豊富だ。剣の柄や鞘などにさりげなく半裸の女の彫り物がしてあったり、こいつらみたいに“いやこれは宗教的な女神のお守りみたいなやつだから……”っていう体で小さな絵を携帯する者もいる。

 その数はなかなか馬鹿にできたもんじゃない。武器屋を見回せば普通にいくつか見つかる程度にはポピュラーだ。


 男は一人、己の迸る熱いパトスを鎮めるためにそういったイメージを併用しつつ、自分の機嫌を取るわけ。


 ……まぁそれはわかるんだけども。

 馬鹿にはできねえよ。絶対に人には言えないけど、俺も自分で描いたイラストを持ってるしな。漫研の幽霊部員としてちょこっとだけイラストの練習した経験にすげー感謝したもんだよ。それでもな。


「お前ら……さすがに実在の……しかも身近な人を……女神にするのはどうなんよ……?」

「いやこれは女神なんでぇ……」

「彼女はヒドロア様なんでぇ……」

「スカート穿いてないヒドロアなんて初めて見たよ俺は。てかこれナスターシャ……」

「いや女神なんでぇ、そういうんじゃないんでぇ」


 あくまで女神路線で押し切るつもりか……男だな……。


「まぁ百歩譲ってそれはいいとしても、ミルコのそれは明らかにシーナだろ」

「ククク……これは戦女神アルテミスだ……そんな女は知らんな……」

「いやそんなクソ長い三つ編みしてる奴他にいねえって」


 既婚者のミルコはいい具合に服のはだけたシーナのイラストを俺に見せびらかせつつ自慢げな笑みを浮かべている。マジでお前それ見つかったら事だからな。知らんぞ俺は。


「クク……まぁそれはともかくだ、モングレル……“アルテミス”と関わりの多いお前ならば知っているだろう……?」

「多分知らなそうだけど何をだよ」

「それはもちろん……ウルリカのことだ……!」


 あっ……。


「夏になって色々なギルドマンが薄着になっている……だがその中でも、ウルリカだけはあまり身体のラインを見せようとはしない……特に胸回りはな……」

「尻は良いのに……」

「だが尻が良いなら胸もあるはずだ」

「なんだァ? てめェ……」

「尻のある女は胸もあるんだよ。常識だろうが……?」

「おじさんのこと本気で怒らせちゃったねぇ……胸が薄くてスレンダーなのが良いんだろうが……?」

「事実はともかく全部ぶっとくして胸も豊満にすればいいと思うんだがなぁ俺は……」

「うららぁ……」

「痛い目を見なきゃわかんねぇみたいだなぁ……」

「……ククク……こんな具合でな。まあ、さほど大きくはないということはわかっているんだが……“微”か“無”かで意見が割れているところだ。俺たちの間で話し合っても真実は見つからず、ただ争いの種になるばかり……俺たちはこの無益な争いに終止符を打ちたくてな……モングレルに助言をもらいたいと思っていたんだ……」


 マジで無益な言い争いしてるな……。

 しかも対象がウルリカな辺りやってることが完全に虚無だよ。

 知らなくて幸せなのか不幸なのか……。


「他の子は大体わかってるんだ……だがウルリカだけがどうも装備のせいでわかり辛い……ウルリカと仲の良いモングレルよ、お前なら何か知ってるんじゃないか?」

「むしろ既に寝てるのでは?」

「万死に値するぜ……」


 いやいやいや、色々言いたいことはあるけどよ。


「お前たち、それを聞いて何をしたいんだよ……」

「……いや? 別に?」

「何もしないが……だよな? レスター」

「は、はい。フヒヒッ……」


 こいつら、まだシラを切りやがるのか……。


「……しょうがねぇなモングレル、おいお前ら、一人1ジェリーずつだ」

「チッ、ケチな情報屋め……」

「しょうがねえ、戦争に終止符を打つためだ……」

「いやいや俺の前に小銭を積むな。なんの金だ。言えってか俺に」


 ……まぁ、もらっとくけど……。


「クク……金を受け取ったな。さあどうなんだモングレル、言ってみろ。“微”か、“無”か……!」

「……あー……」


 男連中がじっと俺を見て沈黙している。こいつら……。

 まぁ女だったらともかく、別にウルリカだったら良いか……自明だし……。


「……あいつが薄手の私服を着ている時があった……」

「ゴクリ……」

「ちょっとトイレ行ってくる」

「早いな……」

「それでそれで、どうなんだ! 実際のところは……!」


 実際は風呂場で直接見たりもしたけどそれはそれで面倒な議論を呼ぶから隠すとして。


「あいつは胸ないよ。どちらかといえば無だな」

「グァアアア! やはりかァ!」

「ヨッシャァアアアア!」

「ほらみろ! 装備しててもわかるだろ! 俺の言った通りだ!」

「そんな……あの胸当てを外したら豊満なものがまろびでるはずなのに……」

「お前はあまりにも幻想を抱きすぎている」


 喜ぶ者、打ちひしがれる者。反応は様々である。

 そしてアミュレット絵描きのレスターはフンフンと鼻息を鳴らし、情報をメモっていた。……ああ、アミュレットに確定情報が追加されてしまった……。


「というかお前たち、そんなにウルリカが気になるのか……」

「まぁ……だって可愛いし……」

「他にもライナとかだっているだろ」

「ライナは……なぁ?」

「まぁ……最近おめかししてること多いけど、もうちょっと色気がな……」

「あの子ほとんど成長しねぇなぁ……」


 ライナェ……。


「フヒ、フヒヒ……と、ところでモングレルさん。どうです? モングレルさんにも作りますよ? 女神のアミュレット……! 今ならモングレルさんの望む“女神”の姿通りに描きますから……!」


 男たちの悲喜こもごもをよそに、レスターが俺に商談を持ちかけてきた。

 こいつもこいつでなかなか今のアミュレット作りを楽しんでやがるな……。


「いや、俺は良いよ」

「フヒィ……」

「チッ! 俺は現物があるから良いってか!」

「ククク……モングレル……罪深い男だな……」

「いや俺は別にお前たちが言うような罪は作ってないんで……あとどっちかといえば罪深いのはお前だぞミルコ」


 まぁこうしてさらっとお断りしたアミュレット作りなんだが……。


 単純に、画風が好みじゃないんだよな……。


 こればっかりはもう絵柄の問題というか、日本で培った芸術の素養が邪魔をしているっていうか……この世界のそういう美人画とか彫刻って、よほど出来の良い写実的でリアルな奴じゃないとピクリともこねぇんだよ俺は……。

 今こうしてちやほやされているレスターの絵も、俺からするとすげー古臭くて下手くそな漫画の絵柄で書かれた美人画……って言えばわかってもらえるだろうか。そんな感じに見えるんだよね。

 まぁ、おかずの味も食う人の好き好きでしかないんだけどな。俺がとやかく言うことではない。


「さあ、レスター! 俺に戦女神アルテミスのアミュレットを作ってくれ!」

「胸はほとんど無い平坦な感じで頼むぞ!」

「髪型はこう、ちょっと結んである感じで……!」


 しかし……ナスターシャとサリーのことを馬鹿だなんて言ってしまったが。

 やっぱこの手の話をしてる時の男は、そんな全ての馬鹿を置き去りにするレベルで馬鹿だな……。



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― 新着の感想 ―
うららぁで笑う 盛るペコってかw
男たちのアミュレット談議は、男子高校生の日常風で脳内再生されました。
[良い点]  1ジェリーで仲間を売るな(笑)
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