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歌の文化


 サングレール聖王国ではどういうわけか、歌の教育に熱心らしい。

 歌とか、踊りとか。劇とかもそうだな。多分聖歌とかそこらへんの宗教要素が関係しているのだとは思うんだが、だいたいのサングレール人が得意な気がする。うちの母さんも上手かったしな。


 だからなのか、大道芸やってる人や吟遊詩人やってる人らのサングレール人の割合がかなり高めだ。

 元々こういう流れの芸人ってのは被差別民であることが多いんだが、サングレール人の歌の上手さとはかなりマッチしているためか“サングレール人の吟遊詩人ならまぁ聴く価値が無いこともないか”くらいには受け入れられている。

 実際、俺も一時期は吟遊詩人っぽい真似をして小銭を稼いでいたこともあったしな。敵国人のわりに、かなり受け入れられている職種だと言って良いだろう。

 とはいえ、調子に乗って太陽神を称える聖歌なんぞ歌った日には聴衆から石を投げられまくるだろうけどな。




「黄昏の戦場で彼らはぶつかり、牙と爪とが火花を散らす……光が貫き、闇が弾け、その戦いで全てが終わる……おお悲しき獣たちよ! なぜ暗い宵の中に命を投げ捨てるのか……!」


 夕時。ギルドの酒場の片隅で、一人の吟遊詩人が歌っている。

 最近よくここで歌っているハルペリア人の吟遊詩人である。歌はなかなか上手いし歌っている時も歌っていない時も妙にキザったらしくノリノリなので、ギルドマンの中でも結構な人気者だ。

 しかし歌のチョイスがどれも地味に古いというか、古典的な神話を題材としたものが多い。ハルペリアでいうところの懐メロって感じかな。

 俺としては滅多に聞けないものばかりだから勉強になるなーって感じで聴けるんだが、流行り物好きな江戸っ子気質のギルドマンにとってはちょっと物足りなくもあるようだ。

 いや、歌は上手いんだけどね。


「ご清聴、ありがとうございました」

「良いぞ良いぞー」

「やっぱあんたうめぇなー!」

「神話の歌は難しいからよくわかんねえけど、上手だったぞー!」

「王都出身の詩人はなんだかまともだなぁ!」


 神話ベースの歌は色々あるし作曲もちゃんとされているんだが、いかんせん庶民に馴染みが薄い。ここらへんはもうハルペリア人の信仰心の薄さが仇になっている形だろう。

 だから俺達みたいなギルドマンにとってはそういうものより、適当にノリで弾きながら“最近どっかで聞いた武勇伝”を歌う吟遊詩人の方が爆発力はある。悲しいね。


「今日は色々な歌い手の人が来るっスねぇ」

「たまーにこういう日あるよねー。吟遊詩人が入れ替わりながらずっと賑やかなやつ。私は楽しいから結構嬉しいけどねー」

「うん。僕もいつもより華やかな雰囲気で好きだな」

「ああ、たまにこういう日があるんだよな。ギルド主導だか吟遊詩人主導だかは知らんけど」

「はえー」


 今日は同じテーブルにライナとウルリカとレオがいる。

 なんでも“アルテミス”が夏場に遠征を計画しているそうで、それに一緒についてこないかという話をしていたのだ。

 女ばかりのパーティーと一緒に遠征はちょっとなーって気持ちも前はあったんだが、今は“アルテミス”もウルリカとレオの二人がいるし、まぁだったらそこまで疎外感は無いかなっていうのが最近の俺の心境ではある。


 何より夏の遠征先はアーケルシアらしい。アーケルシアといえば港、海のある街だ。海釣りがしたい。たったそれだけで俺はもうわりと既に行く気になっている。

 ザヒア湖での釣りも良かったが、やっぱ海よ海。海釣りして刺し身食いてえよ刺し身。


「先輩先輩モングレル先輩、聞いてるっスか?」

「ん? ああなんだ? 海釣りの話か?」

「違うっスよ……」

「あははは、ほんと海好きなんだねーモングレルさん」

「ふふ、海は僕も気になっているけどね。今は歌の話だよ。どの曲が良かったかなって話をしていたんだ」


 ああなんだ、歌か。

 うーん、歌ねぇ……正直ハルペリアの歌はどれも地味ぃ~な感じで好みじゃないんだよな……。


「俺はもうちょい明るい感じの曲が良いね。暗い曲は好みじゃねえんだよ」

「じゃあ戦いに勝つ感じの曲とかっスか」

「えーそれって収穫歌とか、長閑な雰囲気の曲とか?」

「……うーん、なんだろうな。どっちも合ってるっちゃ合ってるんだが……説明が難しいな」


 言ってしまえばどっちもではあるんだが……。

 駄目だ。今の俺は海が頭にあるせいか加山雄三とTUBEとサザンの曲しか出てこねえ……。


「次の歌は誰だ? いないのか?」

「もう終わりかー、結構長かったな」

「よし、じゃあ俺が歌ってやるか!」

「馬鹿野郎、お前の下手な歌なんか聞きたくねえよ」

「ハハハハ」


 今までずっと小さな演奏会が続いていたもんだから、ギルドの酒場には多くの暇人が集まっている。

 俺がショボいと思うような演奏でもBGMがあるのと無いのとじゃやはり違うのだろう。こういう文化を楽しみに居座っているギルドマンは多い。


「そういやそこの、アーレントさんだっけ? あんたはサングレール人なんだよな」

「うん? まあそうだけども」


 そんな中で、一人のお調子者なギルドマンが壁際のアーレントさんに声をかけた。

 アーレントさんは壁際でスタイリッシュに佇みながらお茶を飲んでいるところだったのだが……。


「サングレールの人らは歌が上手いだろ。なんか太陽神とは関係のない感じの歌とか歌ってくれねえか?」

「おい、こら。さすがに不味いだろ……」

「酔いすぎだ」

「私が歌ってもいいのかい?」

「……え、良いのか?」


 存外、酔っ払いのウザ絡みに対してアーレントさんは乗り気だった。

 “ちょっと一発芸やれよ”なんてこの世界でもそこそこ失礼なノリだが、アーレントさんは気にした風もなくひょいひょいと歌い手スペースへと向かってゆく。


 ギルドの壁際に設けられた演奏用の小さなお立ち台。

 ただでさえ小さなスペースは大柄なアーレントさんが乗ると、一層狭そうに見える。


「……アーレントさんが何か歌うみたいっスね」

「えーなんだろなんだろ、歌って何かな」

「さあ、どうだろう。肉体芸でもするのかもしれないよ」

「それはそれで気になるな……」


 ギルド内の注目を一身に集めたアーレントさんは暫し足元を確認し、やがて息を大きく吸って歌い始めた。


 ……宗教っぽい歌が飛んで来るんじゃないかと若干不安だったが、それはいい意味で裏切られた。


 アーレントさんが歌い始めたのは意外なことに、鍛冶の歌だった。

 多分サングレールで歌われているものなんだろう。耳慣れない調子の、しかし明るく陽気な歌である。


 ダン、ダンと台を踏んでリズムを取りつつ、両手を上げて陽気に踊り、歌う。

 アーレントさんの野太く落ち着いた声も相まって、なんだか興奮するというより癒される感じの曲だ。


 歌詞の内容は。なんてことはない。みんなで仲良く調子を合わせて鉄を打って伸ばそうってだけの話だ。そこには剣を作ろうとか戦鎚を作ろうなんて物騒な内容も入ってない。ただただ赤い鉄を伸ばすだけの素朴な内容である。


 ……けどやっぱ、あれだな。

 俺もハルペリアの出身だし悔しいけどなー……サングレールの曲ってやっぱり、こういうなんてことない歌でも良いのばっかりなんだよなー……。


「……えーと、ご清聴ありがとうございました? で、いいのかな」

「ヒューッ!」

「良いぞ良いぞ!」

「アーレントさん歌うめぇじゃん!」

「踊りも面白かったぞー!」

「いやいや……」


 楽器も使わない純粋な歌だったが、聴衆の反応はとても良い。

 まだまだギルドマン達の中でも壁を作られがちなアーレントさんだが、今日また一つ距離を縮めることができたようだ。


「……いやー驚いたっス。アーレントさんめっちゃ歌上手いじゃないっスか」

「ねー、びっくりした。声もよく通るねぇーあの人……」

「良い歌だったね。僕はこういう曲も好きだな」


 多分本来はもっとこう、大人数で歌う曲なのかもしれないな。

 それに足で取っていたリズムも元々は槌とかで鳴らしていたのかもしれない。

 そういうことを想像すると、結構楽しいよな。こういう歌ってのは。


「そういえばモングレル先輩も弾き語りできるんスよね」

「ああ、僕が最初にここのギルドに来た時も弾いてたもんね」

「ふーん、私まだまともに聞いたことないなー? 聞きたいなぁー、モングレルさんの歌」


 三人がどこか期待するような目で俺を見ている。

 見られてるけど……駄目だやっぱ今の俺の頭の中には海の景色しか出てこねぇ……!

 俺の脳内で津軽海峡でソーラン節が響いてやがる……だが駄目なんだ。異世界語に翻訳してない曲は歌えねえんだ……!


「あー……じゃあまた今度な、今度。そん時はここで俺のソロコンサートを開いてやっから」

「いや別に1、2曲くらいで良いんスけど……」

「ただしちゃんとおひねり寄越せよ」

「金取るんスか!? ケチっスね!」


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― 新着の感想 ―
読み返して思ったけど、この吟遊詩人って死神のエドさんか?
アーレントさんに例の下ネタ讃美歌聴かせたらやっぱ怒り狂うのかな……。
[一言] 異世界ならぬ異郷の歌っちゅう誤魔化しは 無理があるんかいな? 結構ありか?と思うんだが……
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