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星の下で夢を見る


 昼食はレオから貰ったパンとラストフィッシュの塩焼きとエビの素揚げ。このエビの固有名が未だによくわかっていないが、テナガエビみたいなものなのでわりと無警戒に食っている。まぁ多分平気だとは思う。

 で、ライナとウルリカがちょくちょく釣り上げるもんだから調理サイドは常に忙しい。ホテルのバイキングでずっとステーキだけ焼いてるコックの気分だ。

 そこらへんに転がってる流木をちょくちょく拾いに行ったり、食えそうな葉っぱを毟ってきたりと慌ただしいコックである。


 油で揚げて魚捌いてお湯沸かしてお茶作ってパン切って草摘んで薪拾って……コックかこれ? 忙しすぎて死ぬぞおい。調理助手一人呼んでくれ……!


「見て見てーモングレルさん! ちょっと小ぶりなモスシャロ? だっけ? 釣れたよー!」

「うおぁあああよくやったぁあああ!」

「えー何そのテンション」


 結局今日は日が傾いて、夕方近くになるまで二人の釣ったものを調理し続けたのだった。




 昼間はずっと釣りに熱中し、ガンガン釣り上げていたライナとウルリカ。

 物珍しい遊びな上にしかもちょくちょく釣れるとなりゃそらもう楽しいでしょうよ。それにしたって夕方まで遊びっぱなしでいられるのはさすがに若さの力だよな。俺なんて爆釣したところで“今日はこのくらいでいいか”ってなるもんよ。

 しかし実際、二人は俺の想定を上回るレベルで魚を釣り上げ続けていた。今日食べないやつでも衣付けてよーく揚げればまぁ……少しは持つだろう。


「で、魚のフライっつったらまぁこれを付けて食うべきだろ」

「なんスかなんスか」

「卵と? 酢? と野菜? なんか色々混ぜてたよね?」

「モングレル様特製玉子サラダソースだ」


 作ったのはタルタルソースである。

 茹でた卵を程々にマッシュして、ビネガーと油、塩とスパイス、そしてそこそこの量の香味野菜を刻んだやつを和えたものだ。

 マヨネーズは使っていないが、まぁ成分は大体同じだ。味見したけどそこそこ美味いし良い出来だと思う。ほんとマジでタレとかが絡まない限り結構上手く作れるんだよな……こういう調味料……。


 ちなみに俺はマヨネーズは特別好きではない。

 というか俺の個人的な好みでハゲた子供マークのマヨネーズじゃないと好んで使わないタイプの人間だった。自作の衛生的にちょっとアレで味もアレなマヨネーズを作る理由が薄いんだよな。世の中に広めるほどのもんでもないし、多分そこまで広まらない気がする。


 けどこのタルタルだけは別だ。こいつは色々組み合わせたおかげか無難に美味い。


「このソースをだな……まず薄切りにしたパンにそこら辺に生えてた葉っぱを乗せて、そこにラストフィッシュとモスシャロのフライも乗せて……ソースをかけていく」

「おーっ」

「なんか上品な料理になってきたっス!」

「で、上に葉っぱ置いてパンで閉じる。こいつを手づかみで食うわけよ」

「食べ方が絶妙に上品じゃなくなったっスけど美味しそうっス!」

「うわーいい匂いー!」


 名付けてタルタルフィッシュバーガー!

 淡白な川魚のフライとミルク漬けしたモスシャロのフライにタルタルソースとくりゃもう肉料理と同じレベルで勝ち確ってもんよ。パンのショボさも霞む美味しさだぜ。


「た、食べて良っスか」

「おう、食え食え。釣ったのお前らだしな。存分に噛み締めてくれ」

「どれどれ……んむんむ……」


 ちょっと火で炙ったパンを噛みしめる音と、フライをザクっと噛み切る音。

 フライにしたモスシャロは臭みも無くて、フワッとした厚めの身が食いごたえあって最高なんだよな。

 ああ、俺も腹が減ってきた。自分用の作るか……。


「う、美味いっス!」

「良いねこれ! なんだろ、卵? 野菜? なんかすごいおいしー!」

「ちっちゃい魚って塩焼きだけじゃなくてこういうのも美味しいんスね!」

「酸っぱい? まろやかっていうの? うーん……なんか複雑だけど私もこれ好きー!」

「よしよし……どんどんお食べ……まぁ卵そんな無いからソースはあまり作れないんだけどな」


 油もそうだしスパイスも使ってるもんだからマジで値の張るソースなんだよなこれ。味は確かに店開けるかもしれないけどその店に通う奴がいるかは疑問だ。

 貴族向けのレストランにでもなるんかね。勘弁だな……。




 焚き火が景気よく灯り、影が伸びる。

 夢中になって釣りしたり調理したり飯食ったりしているうちに、そろそろ外も暗くなってきた。帰るならそろそろだろう。


「お前らそろそろ街に戻っておけよ。“アルテミス”の保護者達も心配してるぞ」

「遅くても良いって言われてるんスけどねぇ」

「えー、モングレルさんはー?」

「俺はまだここで調理してるよ。つーか野営だな。適当に一泊してから朝に戻る感じだ」

「泊まりっスか!?」


 二人が気前よくバンバン釣るもんだからまだ小さいモスシャロ二匹くらいの処理が追いついてないんだ。こいつらをミルクにつけたり色々揚げたりを終わらせる頃にはすでに夜も良い時間になっているだろう。さすがに二人をそんな時間に帰すわけにはいかない。


「んー……さすがにそれじゃあシーナ団長心配しちゃうね。しょうがない、ライナ。一緒に帰ろっか。それともライナは泊まってくー? 私だけ帰って、伝えておくけど」

「むむむ」

「おいおい、勝手に泊まる予定を立ててるんじゃないよ。ちゃんと二人で帰りなさい。賊が出たら危ないだろ」


 皿の上の小さな素揚げエビをポリポリとつまみながら、ライナが難しそうな顔で唸っている。そんな悩むなよ。悩まれても今日は本格的な野営セット持ってきてないからしんどいぞ。


「んんー……わかったっス……ウルリカ先輩と帰るっス……」

「ちょっとーライナなにそれー私と一緒じゃ不服かぁー?」

「痛い痛い、痛いっス」


 ウルリカがライナのほっぺをブニブニして仲良くじゃれ付いている。

 これが百合か……百合……? ノーマル……? まぁ見てて癒されるから悪い成分ではないな。うん。


「帰るついでにほれ。クランハウスの連中にお土産もっていけよ。揚げ物一式だ」

「わっ、あざーっス!」

「やった!」

「やったじゃなくてちゃんと“アルテミス”の奴らにやるんだぞ。自分だけで食うなよ」

「わかってるってばー。……今日はありがとねー! モングレルさん!」

「楽しかったっス!」

「おー。気をつけて帰れよ」


 揚げ物だけが詰まったお弁当を渡し、二人は賑やかに帰っていった。

 終始ずっとエネルギッシュだったな……やっぱこの世界の人間はみんなタフだぜ。




 ライナとウルリカが立ち去り、焚き火の周りが静かになる。

 暗闇の中を流れる川と、穏やかに燃える熾火が時々身じろぎする音だけの世界。

 街道近くとはいえ屋外だし安全ってわけでもない場所だが、適度な疲労感と美味い飯で俺の精神はすっかりリラックスしていた。


「よし、酒飲むか……」


 そしてこっからは元気な子供の時間から大人の時間ですよ。

 小瓶に入れたウイスキーと、釣りたて揚げたての美味いフライ。

 そこにタルタルソースとくればもう何も文句のつけようは無いぜ……。


「……あー、エビも良いな。エビタルタル……まぁエビマヨみたいなもんだしな。そりゃ美味いわ」


 揚げ物を齧って、酒飲んで。齧って、飲んで。

 川の水を汲んだ鍋の中でまだひっそりと生かされているエビの緩慢な動きを眺めつつ、晩酌を楽しむ。


 うん。うん。こういう一人飲みの時間も良いもんだ……。


 時々少し離れた場所を馬車が通り過ぎる音がする以外には人の気配もない。

 川の音と、草むらに潜む虫の声。時々油の揚がる音。焚き火の近くに置いた魔物除けのお香の癖のある香り……。


 そして上を見上げてみれば、街灯なんて少しも存在しない異世界の夜空に、いっそ恐ろしいくらいの数の星が瞬いている。

 俺の知ってる星座なんてこの空のどこにも無いんだろうが、仮にあったところで見つけるのが困難なほどの数だ。


 時々ラグマットで寝転がっては、星を見上げながらどうでも良い物思いに耽るのも良い。


「いつかカフェでも開いたら、エビとかフィッシュのバーガーでも……いやダメだ。高級店になっちまうな……」


 適度に酔った頭はお気楽な妄想を浮かべながら、やがて睡魔に負けて闇に落ちるのだった。


 たまにはこういう野営の仕方も悪くはない。



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― 新着の感想 ―
[一言] 関係無いけど、ふと気になった歯磨き事情。 食べ物の話の裏では歯痛に悩まされてた とかあったら辛いよな。
[一言] 望まずに異世界に転生してしまった孤独な感じが好きです。
[一言] 朝起きたら老オーガがタルタルをペロペロしていたりしてw
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