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春のまったり虫退治


 俺の分身が多重影分身してレゴール中に散らばった事件を知らんふりしつつ、俺は春の任務に勤しむことにした。

 人は仕事に熱中することで悲しい思い出から逃避することができるのである。


 まずはパイクホッパー討伐だ。

 レゴールの隣村の近くにある林から湧き出たパイクホッパーを適当にぶち転がす任務である。

 近くの農家は畑に入ってくるパイクホッパーは始末するが、わざわざ林に踏み入ってまで討伐に乗り出そうとはしない。そこらへんの面倒くさい討伐が俺たちに任されているわけだ。

 この林ってのは毎年魔物の発生源にもなっているが、周辺農家の入会地みたいに地元民のための材木供給場所になっているせいで潰すわけにもいかないという。


「よーし久々に討伐やるかー」


 ご無沙汰だったバスタードソードを林の中でぶん回し、枯れた蔓草をザクザク斬りながら進んでゆく。

 虫系の魔物は警戒心も薄いというか単調な行動しか取らないので対処は簡単だ。

 適当に音を出して刺激すれば向こうから来てくれるし、あとは迎え撃つだけの簡単なお仕事である。


 持ってきた小鍋をバスタードソードの腹でガンガン打ち付け、バッタを誘う。

 すると土に浅く埋まっていたパイクホッパーたちがのそりと顔を出し、次々にこちらへと近付いてくる。

 しかしこいつらの動きは決して早くはない。適当にこっちが軸をずらすように移動して、横っ面を殴るように剣でズバーンすればそれでオーケーだ。

 不安なら胴体を狙うより少し離れて後ろ足の付け根をスパッとやれば結構うまくいく。


「久々に剣振るな」


 突進をひらりとかわし、脚を落とす。バランスを崩したパイクホッパーの上に飛び乗り、脳天に剣を突き立てる。

 そこに飛び込んでくる他のバッタたちを足場に、同じように額を狙ってザクザクと……。


「おぶッ」


 なんて舐めた戦い方してたら着地狩りの突進を食らって吹っ飛ばされた。

 土の上に転がって服が汚れちまったよ。駄目だな無駄にスタイリッシュな戦い方は。身体能力だけ高くても漫画みたいな動きはなかなかできないぜ。


「普通に戦ったほうが楽だわ」


 横っ腹を剣で斬り裂く。鉄板入りの靴で思い切り蹴っ飛ばす。そこらへんが一番の正攻法だ。

 結局この方法でさっさと十匹ほどのパイクホッパーを駆除し、俺は今日の仕事を終えた。




「さて」


 で、その夜。

 俺は野営地で一片の白い肉と向き合っていた。


 肉片の大きさは手のひらほど。質感はシーチキンみたいな繊維質で、脂っぽさはほとんど感じられない。


 実はこれ、パイクホッパーから採れた肉である。

 蹴っ飛ばしたり斬り飛ばしたりで大立ち回りをした後、一匹の死体の上にこの綺麗に切り取られた肉が都合よくボテッと乗っかっていたのだ。

 どんな斬り方をしたのかなんて全く覚えていなかったが、可食部であろう場所が偶然にも綺麗に切り分けられていたってわけ。


 パイクホッパーの肉は食えるらしい。

 俺は結構前からそれを知っていたんだが、実際に手を付けたことはない。

 前の蜂の子だってちょっと引きながら食ってたくらいだしな。どうしても虫は抵抗があるんだ。パイクホッパーは可食部が少なめだし解体も面倒だって聞いてたからな。尚更手は出ない。


 しかし都合よく切り出された肉が目の前にあると、それはそれで興味を惹かれる。

 自分でちょっとグロいものを見て解体するのはげんなりするが、偶然解体済みの肉があるってんなら試しに一口……そんなノリで、ちょっと用意してみたというわけだ。


 ……サングレールでは一般的に食われているらしいんだけどなぁ、こういう虫肉も。母さんも時々食ってたし。ただハルペリアではあまり一般的ではない。虫食らいってのは貧乏人とかサングレール人を揶揄する差別用語みたいな扱われ方をしているしな。


 けど、虫は自然界の貴重なタンパク質であるという話は有名だ。俺だって男の子。興味がないわけじゃない。

 なので今日は炭火を使って、この虫の肉を焼いていこうと思う。


 初パイクホッパーにチャレンジだ。


「まずは焼く」


 串打ちした肉を炭火にかざす。で、塩を振る。あとは焼き上がるのを待つだけ。

 以上。

 

 ……いやまぁ初めて食う素材をわざわざ凝った調理法でごちゃごちゃにするのもあれだしな。最初はシンプルな塩焼きですよもちろん。


「おー普通に肉の匂いがする」


 しばらく焼いていると、白っぽい肉にうっすらと焦げ目が付いたあたりで良い匂いが漂い始めた。

 完全鶏肉とかそれ系の匂いだ。ここまでくると虫っぽさは全く感じられないし、忌避感もどこかに飛んでいった。そもそもこの肉片自体に原型がなかったし。


「で、味は……」


 焼き上がったパイクホッパーの肉をムシャァ……。


 ……うん、鳥のささみっぽい味がする。普通に美味い。癖がなくてめっちゃ食いやすい。


「なんか……ゲテモノ感がほとんどないな……」


 もっと虫特有の味がするのかなーと思ってたら、口の中に広がるのは知ってる肉を組み合わせたような無難な味だった。なんとなく初めて亀とか蛇とか蛙の肉を食った時の穏やかな感動に似ている。普通すぎて意外性がないアレだ。


 なるほど、金のないギルドマンはこの季節パイクホッパーを解体して肉を食うとは言うが、確かにこれは良い食事になる。何匹か仕留めるだけで満足いくタンパク質が摂れそうだ。

 ディアやボアには遠く及ばないそっけない肉ではあるが、シチューとかに入れたら美味いかもしれないな。




 翌日、近隣の農家に軽く報告してからレゴールへと帰還する。

 パイクホッパーの討伐証明部位は額の甲殻なのでちょっと嵩張るが、ここはベチャベチャ汚いわけではないので俺的にはアリな部位だと思っている。ゴブリンの鼻とかサイクロプスの目玉よりはずっとマシだ。

 袋の中でカタカタと乾いた音を立ててくれるのは癒やしですらある。


 東門の解体所にその袋を持っていき、ギルドに提出する証書を作ってもらう。

 春のここはいつも忙しそうだ。


「ん。確かにパイクホッパーの額10個だな。ほれ、もっていけ」

「うぃー、どもども。あ、ロイドさんお香いるかい? 王都土産で買ってきたんだが」

「あー、俺にはそういうのはいい。どうせここでの仕事の匂いは香り付け程度じゃかき消せんからな。他のやつに渡してやれ。気持ちだけ受け取っておく」


 小物の多い春は処理場は大忙しだ。人手は多いが奥の方ではいつも忙しそうにしている。若い働き手も何人かいるが、匂いがつくからかやはりあまり人気の業種ではない。


「じゃあまたな、ロイドさん」

「おー」


 皮剥ぎをしながらのそっけないロイドさんに別れを告げ、俺はギルドへ向かった。




「うーん、まぁこんなもんだよな……」

「はい、特に報酬が上下する任務ではありませんからね」


 で、ミレーヌさんに報酬金を貰って、あまりの予想通りな額面になんとも言えなくなる。

 アイアンランクでもできる仕事だけあって稼ぎはしょうもない。これだけしょうもないとわざわざパイクホッパーから肉を剥ぎ取りたくなる気持ちもよくわかるな。


「まぁ今はそこまで金に困ってないから良いんだが……祭りの前に一度ドカンと稼いでおきたいんだよなぁ」

「うーん……ブロンズ以下で受注できる高額の仕事は今のところありませんね……あ、ひとつだけありました。よその支部から来たシルバーランクのパーティーからの依頼で、バロアの森の案内をしてほしいという任務です。森の案内ですね」

「おー……」

「乗り気ではないようですね?」

「まぁな。今はそんな感じじゃない」


 気分が乗ってる時なら森の案内くらいならタダでも良いんだが、今はなんとなくソロでやりたい気分なんだよな。

 ソロで気ままに剣振って、それでいて金も稼ぎたい。……ま、それはちと贅沢だったか。


「モングレルさんがよければですが、それでもバロアの森を気にかけてもらえると助かりますね。この時期は新参のギルドマンが深入りしがちですから……」

「あー、そうだなぁ……また子供が増えたもんなぁ」


 春ということもあり、レゴールに仕事を求めて若者がワラワラと集まってきている。春と秋は忙しいシーズンだ。……そして舐めた装備と動き方をするせいでバロアの森で死んでいく若手が後を絶たない。


「じゃあ次は森の仕事を考えてみるよ。他ならぬミレーヌさんからの頼みだもんな」

「ふふ、ありがとうございます」


 まぁ、その前に一日二日ほどレゴールで遊ばせてもらうけどな。

 何日か集中して働き、その後何日か集中して休む。

 ギルドマンは気楽な稼業ときたもんだ。


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― 新着の感想 ―
片手にちょっと余るバスタードソード(角or陶製 もうモングレルさんのモングレルがバスタードソードでいずれエレオノーラちゃんも…とかお腐り気味の妄想ががガ
[一言] 何でお前はさらっとクレージー的なフレーズを入れてるんだw
[一言] モングレルのバスタードソード、もう別の意味が頭に浮かぶようになってしまった。モングレルのモングレルは今日もどこかの女を泣かしてるんだろうな、一部の男も。
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