アルテミスの荷造り
「王都楽しみっス!」
「もーライナってば昨日からそればっかりじゃん」
「だって王都っスよ! もちろん任務が第一っスけど、やっぱ色々と見て回りたいじゃないスか!」
“アルテミス”のクランハウスでは、王都行きの身支度が始まっていた。
久々の重要な任務なので装備の点検からしっかりと行い、それぞれが慌ただしく動いている。
そんな中でもっとも年若い弓使いであるライナは、初めての王都観光で浮かれていた。
「まったくもう……まあ、任務が一番なのを自覚しているならとやかくは言わないけどね。王都はレゴールよりも人の流れが速いから、はぐれないように気を付けるのよ」
「っス!」
団長のシーナがライナの青い髪を撫で、優しく叩く。
ライナの育成やウルリカとゴリリアーナの昇級などで最近は王都とは疎遠だったが、地盤も整った今ならば大きな仕事をするのに都合が良い。
“アルテミス”が受けた依頼は王都からレゴールまでの要人護衛任務。
レゴールの街並みに興味を持った貴族女性、ステイシー・モント・クリストルを街まで護送することだ。
また、それとは別に王都でステイシーと話す機会もあるという、なかなか見ないタイプの任務でもある。
普通ならば王都を拠点としているギルドマンのパーティーに頼むべき仕事であったが、ステイシーが“アルテミス”に興味を持ったので、わざわざ彼女たちは王都へと向かう必要があるのだった。
それでも貴族の、しかも侯爵家の女性を護衛したという実績はパーティーにとっての箔となる。依頼料も侯爵家が出すだけあって、入念な準備をしてもバチが当たらないほどの額であった。
シーナやナスターシャのゴールドランクはよほどの実績がなければなかなか上がらないが、今回の任務を成功させれば大幅な加点要素となるに違いない。
「私は向こうで魔法の塔の補充作業か……」
「ご苦労様、ナスターシャ。……“若木”がレゴールに移籍したから、向こうの魔法使いは忙しくなったでしょうね」
「人が足りず、学び舎の連中も動員されているのではないか。まあ、小遣い稼ぎにはなるから、退屈な仕事ではあっても不満は無いだろうよ。どうせ王都に居たところで、魔法の使い道など他に無いからな」
ナスターシャは優秀な水魔法使いなので、王都では別口の仕事がある。
魔法の塔の最上階のタンクに水を貯蔵するという地味な仕事だ。しかしこういった地道な仕事が王都の便利な生活を下支えしているので、比較的感謝はされている。地味だが。
「シーナは他に貴族街に顔を出す予定は……無いようだな」
「ええ」
「だったら、暇な時は私の作業を手伝ってくれないか。塔に野鳥が住み着いていることもあるからな。その駆除も仕事になる」
「あら。魔法で落とせないの」
「落とせるが、魔力の無駄遣いになる。できれば補充に集中したい」
「なるほどね、わかったわ。行くときは呼んで頂戴」
「ああ」
王都出身の二人にとって王都は特別な場所でもない。
向こうに行ってやることもほぼ可視化されており、現実的なものが多かった。
「ゴリリアーナ先輩も楽しみっスね! 王都!」
「う、うん。楽しみ……色々と、買い物したいですね……」
「本場の長持ちするポーションとかも欲しいっスねぇ。薬草でも良いっスけど」
「ポーションとお香は有名だからねー。高そうだけど、帰り際に買っていこっか。私も香水とか欲しいなー」
「えー香水は良いっス。臭くて任務にならないっスよ」
「そりゃ森にはつけていかないよー! 部屋の中でだけ! 長い休みの日だけだから!」
今回は万全に万全を期すため、“アルテミス”も馬車に乗って旅行者のように移動する予定だ。
最大限に消耗を抑え、また旅程を安定させるための処置である。
普段は馬車の外で前側を歩くゴリリアーナも、今回ばかりは積み荷と一緒に悠々と移動を満喫できるだろう。
それでも馬車に万が一のことがあれば、“アルテミス”も全力で応戦するだろう。
彼女たちの乗る馬車は安全が約束されたようなものであった。
「レオの部屋行ってくるねー」
「ええ。あ、ウルリカ。レオも王都は初めてでしょうから、色々と手伝ってあげなさいよ」
「わかってるわかってるー」
冬に新しく加入したレオも、今までの活動はドライデンに留まっていたために王都は初めてだ。
レオはライナほど喜びや浮かれっぷりを露にしていないが、初めての大都会ということで密かに楽しみにしていたのをウルリカは知っていた。
互いに同郷の人間である。考えることは大体同じであった。
「レオー、部屋入るよー」
「あ、ちょっと待っ……」
ウルリカがノックをしてから返事を聞かずに部屋に入ると、そこにはレオがいた。
キャビネットから女性物のロングスカートを見繕っている最中の、油断しきった姿である。
「う、ウルリカ……これは……」
「あー、なんだ。やっぱ持ってるんじゃんそういうの」
「……前に、“アルテミス”は女性の護衛とかが多いって言ってたから。だから形だけでもこういうのを用意すれば良いんじゃないかって……それだけだよ」
「ふーん」
「……信じてない顔」
「嘘下手すぎー」
「……うるさいな」
半分自棄っぱちのように、ロングスカートをキャビネットに放り投げる。
そんなレオの姿を見たウルリカは、“あらら”と声をあげた。
「せっかくだし持っていけば良いのに。可愛いじゃんそれ」
「良いよ。……色々と合わせてみたけど、僕にはもう似合わないと思う。昔とは違うよ」
「今じゃレオ、街中で女の人にモテモテだもんねー。駄目だよー? あんまりその気も無いのにお茶とかに付き合ったりなんかしたらさー。本気にされたら面倒になるよー」
「……気を付けるよ」
「相手は選ぶのが大事! 気持ちよく後腐れなく奢ってくれるような相手を見極めなきゃね!」
「性格悪いよウルリカ」
「にっしし」
レオは近接役の二刀流だが、今回は野営も無いのでほとんど荷物はかさばらない。
非常時のための食料、着替えなどが主になるだろう。金物の少ない荷物は、いつもよりずっと軽かった。
おかげで余計な物まで持っていけてしまうので、思わず余計な物を詰め込みそうになってしまう。
「……でもせっかくの王都なんだからさ。レオもたまには自分の好きな格好をしてみたって良いと思うんだよね」
「わざわざ、王都でなんて……」
「王都だからこそじゃない? レゴールじゃ顔見知りも増えてなかなかやれないでしょ。任務中はさすがにあれだけど、向こうで街を歩く時なんかは別人になったって良いんじゃないかなぁー。向こうはお洒落な服だって沢山あるしさー」
レオは自信なさげにウルリカの顔を見た。
嘘をついているようにも、大げさに適当なことを言っているようにも見えない。
「私も手伝うよ? エレオノーラの服選び」
「!」
「それに、いつか本当にそういう格好をするのが任務で使えるかもしれないしね!」
実際、ウルリカも時々しれっと女性枠として任務に参加していることがある。
それでも問題のない任務に限った話ではあるが、利点も無いわけではなかった。
「じゃあ、その……ウルリカ、向こうで服選び……手伝ってくれる?」
「もちろん! あ、でも私の好みのやつも選ばせてね? レオは多分かっこいい系が良いんだろうなぁー」
「……誰にも言わない?」
「言わない言わない! 今までも誰にも言ってないし!」
着せ替えできることに上機嫌なウルリカを見て、レオは暫し悩み……頷いた。
「……じゃあ、お願い」
「よし!」
「ああ……でもどうせ似合わないよ。駄目そうだったらすぐに諦めて良いからね」
「そんなの勿体ないよ。レオは顔が綺麗だから体型さえ隠せばなんとかなるってば」
「……半分くらい、期待しておく。でも、一番大事なのは任務だから。集中するのはそっちだからね、ウルリカ」
「真面目ー」
「僕だけブロンズランクなんだもの。気は抜けないよ」
そう言いつつ、キャビネットに放り投げた女性物の衣類を取り出したレオはどこか嬉しそうな表情で再び荷造りを始めた。
比較的歳の近いライナやゴリリアーナはあまりお洒落に気を遣わないので、ウルリカはレオがこうして楽しそうに服を選んでいるのが嬉しかった。ある意味、ようやくアルテミスに入ってきた同好の士である。
最近はライナも多少、そうしたお洒落に興味を持ち出したかに思えたが、結局一着を買ってそれきりだ。ライナに対しても王都でもう一度誘ってやらなければならないと駄目だと、ウルリカは考えている。
「今回の依頼が終われば、僕もシルバーになれるかな」
「実績は十分じゃない? 実力はあるから試験は楽勝だろうしね。そんな気にしなくてもレオなら平気だってば」
「うん……でも、早くウルリカの横に並びたかったから」
キザにも思えるセリフだったが、美形なレオが言うと不思議と様になる。
「もー! そんなことさらっと言っちゃうから女の子にモテるんだぞー!?」
「ちょ、ちょっと……ウルリカ……!?」
「女の敵めー!」
「ウルリカだってそうでしょ!?」
レオの後ろからウルリカが抱きついて、身体をまさぐる。
「んー」
さりげなく胸に触れても、レオは特に反応を示さない。
無反応なレオを見て、ウルリカはニヤリと微笑んだ。
「ウ、ウルリカ? 暑いって……な、何するんだよ……」
「うん、ごめんごめん。……ねえねえレオ。これさー、前にギルドでちらっと聞いた話なんだけどさー……面白いんだよ? ……実はね、男の人の胸ってさ……」
「え? え……?」
“アルテミス”の出発は翌日に迫っていた。