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対オールト砦の斉射

ライナ視点


 私たち“アルテミス”はレゴール伯爵軍に合流し、オールト方面砦という場所に配属されることになった。

 オールトというのはトワイス平野を挟んだ向こう側にあるサングレールの山岳要塞らしい。サングレールの要塞は向こう側の各所にあるから、私たちハルペリアはそれぞれの要塞からの出兵に対抗する砦を建設し、そこを守る必要がある……と、シーナ先輩が言っていた。


 トワイス平野は魔物が現れる上に作物の育ちにくい不毛の土地。

 ここを挟んで砦を構え睨み合い、戦争が始まれば平野に出て殺し合う。


 ……血生臭い土地っスね、マジで。


「申し訳ないっス。私が馬に乗れてれば前線に出てみんな戦えたのに……」

「気に病むことはないわ、ライナ。馬上の弓は普段とかなり感覚が変わってくるから、一朝一夕に身につくものではないもの。そういう真似は正規軍に任せておくものよ」


 ここに来て私がちょっと足を引っ張ってしまった。

 私が馬に乗れないせいで、アルテミスが前線で迎え撃つことが出来なくなってしまったのだ。

 トワイス平野は広い。向かい側のサングレール軍を攻撃するには、距離を詰めて撃つ必要がある。

 馬の乏しいサングレールに対しては騎乗しながらの引き撃ちが一番強いというのは有名……らしい。


 だから私もそれができたら良かったんだけど……乗馬なんてやったことないっス……。


「私は乗馬はできても馬上で撃つのなんてやったことないから似たようなもんだよー」

「うむ。防衛戦において、弓使いは砦からの射撃に徹することが最も有効だと昔読んだ書物にあった。私達は割り振られた砦に詰め、遠くからサングレール兵を狙うべきだろう」

「……けどもう、平野では……戦闘が起きそうっス」


 私たちが今いるのは、対オールト砦。その頂上だ。

 頑丈そうな石の胸壁からは、遠くで蠢く兵士たちの影がよく見えた。


 そしてそのさらに向こう側に控えている群衆の影も……。


「砦の防衛は守る側に有利よ。けれどここで敵を迎え打とうとすれば、敵軍に囲まれて逆に袋叩きにされる。だから砦を起点に兵を出して、相手を削ってゆくの」

「わざわざ平野に出てサングレール軍と戦うのって、危なくないスか……?」

「もちろん危険はあるわ。それでも相手の攻め手は乱れるし、向こうの行軍も遅くなるでしょうね。長引けばそれだけ向こうは疲れ、兵糧を消耗する。食料の豊富なハルペリアと、乏しいサングレール。時が経てば不利なのはどちらか解るわね?」


 ……長期戦に持ち込む。そのために前に出て戦う、ってことスか。


「私たちが砦の上で戦うのもそのためよ。とにかく粘って、粘って、時間を味方につけて勝つ。当てられそうな距離に敵が来たら、練習だと思って撃ってやりなさい。……ライナのスキルは弾道系なんだから、不可能ではないはずよ」

「ま、マジっスかぁ……」

貫通射(ペネトレイト)は遠くまで飛ぶもんねー。私の強射(ハードショット)は短いから、戦場だと全然だよ」

「こっちの砦は高さもあるからねぇ。ライナちゃん、敵の反撃は気にせず撃っちゃいなさいよ! サングレール軍の一番キラキラしてる鎧の奴を狙うんだからね? ハッハッハッ!」

「ふふ……ライナが敵の将校を撃ち斃したら、戦功を認められて昇格できるかもしれないわね?」

「な、なんか緊張してくるっス!」


 結局、超遠距離からの狙撃はスキルを使用するわりに当たるかどうかもわからないので、魔力の無駄遣いを控える意味でも実施を見送った。

 三回くらい撃てば良い感じの所には飛ばせそうな気もするんスけどねぇ……スキルを使うなら有効な場面の方がいいから、まだ我慢っス。




 対オールト砦の中は兵士の休憩場所でもあり、物資の集積場所でもある。

 特に重要なのがこの砦の中に貯蔵される水で、これは水魔法使いによって貯蔵される。ナスターシャさんの他にも何人かが加わり、大きな溜め池のような場所に毎日定期的に水を注ぎ込んでいる。魔法使いの大事な仕事だ。

 とにかく近くに目ぼしい川もないのに人や馬だけはたくさんいるから、常に驚くほどの水分を消費する。溜め池を一杯にしたと思ったら、数時間後には驚くほど減っているからいつも驚いてしまう。


「魔法の塔を維持するようなものだ。魔法使いにとって何ら特別な作業ではない」


 ナスターシャさんが言うには、こういうことは水魔法使いにとってよくあることらしい。

 使った後は他の魔法使いの人らは疲れ切っているのに、ナスターシャさんは涼しい顔でいる。やっぱりかっこいい。


「前線がぶつかったわ」

「え?」


 戦端は、私がそんな長閑な水汲み作業に気を取られている間に開かれた。


「ハルペリアの騎馬部隊が突出した相手の部隊を……横から削り取ってる。やるわね」


 ……本当だ。遠くを良く見れば、何十頭もの騎馬がすごい速さで敵軍の端を掠めるように走り抜けている。


 あの人たちが手にしているのは、以前モングレル先輩が市場で買っていたグレートハルペ……っスかねぇ。

 遠くで良くわからないけど、相手は混乱しているように見える……?


「騎馬部隊を纏めている先鋒は“月下の死神”の誰かみたい。馬が黒いわ」

「マジっスか」

「あの人強い? 遠すぎてわかんないなぁ……シーナさんから見てどう?」

「……ええ、強い。話には聞いていたけれど……サングレールのモーニングスターを次々に刈り取ってる。勝負になってないわね……」


 うわぁ。……騎馬部隊。凄いとは聞いていたけど……戦場で目にする機会があるなんて。運がいいのかな、悪いのかな……。


「相手の陣形もこちらの陣形も崩れてる。ひょっとしたら敵がこちらに近づくかもしれないから、準備だけはしておきなさい」

「うっス!」

「何かが飛来したら、わ、私が盾で防ぎますから……怖がらずに、自分のスキルに集中してね……?」

「はい!」


 ゴリリアーナさんにそう言われると、なんだか勇気が湧いてきたっス!




「レゴール伯爵軍が後退しているな。敵を上手く釣り出したようだ」


 騎馬部隊で混乱した敵軍に、他の部隊も攻め込んで大きな打撃を与えた……らしい。シーナさんが言うには。

 そしてレゴール伯爵軍は上手く相手を誘導して、こちらの砦まで引き寄せたらしいんだけど……私には良くわからないっスねこれ。後退してるというか逃げてるようにしか見えないっていうか……。

 戦争はもう何から何までわけわかんないっス。


「弓兵諸君、そして優秀な弓使いのギルドマン諸君。これより我々は釣り出されたサングレール兵たちを斉射で攻撃する。合図が来るまでは胸壁に身を潜め、スキルの使用も控えるように。光る目は目立つぞ」


 やがて砦を任されている何か偉い人が私たちに声を張り、作戦を伝えた。

 どうやら私達は一斉に攻撃するようだ。……なるほど、それまで隠れているのは敵を釣り出している最中だからってことっスか。

 興奮してレゴール伯爵軍を追いかけているつもりのサングレール軍を、ギリギリまで“こちらが攻めている側にいる”と思わせて……叩くと。こういう動きはわかるんスけどねぇ。


「ライナの狙いは将校よ。一番偉そうな鎧のやつを狙いなさい」

「っス」

「ウルリカは飛距離の問題もあるから前側の重装備を。先頭が倒れれば行軍は止まって混乱が狙えるわ」

「ん、良いねぇー。わかったよ団長、任せといて!」

「私は後方の魔法使いや遠距離役を狙う」


 そう言ってシーナ先輩は三本の細い矢を手に取り、笑ってみせた。

 ……シーナ先輩だったらその三本で三人に当てられそうっスね。


「弓を持て、隠れろ」


 レゴール伯爵軍が砦に近付いてくる。どういうわけか聞き慣れない歌のようなものまで聞こえてきた。

 ……賛美歌? ってやつスかね。サングレールの歌はなんか聞いててムズムズするっス。


 レゴール伯爵軍を追い立てているのは戦意に溢れたサングレール軍のどこかの部隊。

 ナスターシャさんが言うには“この部隊だけ突出していて練度が低い”とのことだったけど、なるほど。本当はこういう場面で敵は退かなきゃいけないんスね。


 手が汗ばむ。普段ならここで既にスキルで手ブレを抑えようとしてる頃だけど、まだ抑え込む。引きつけて、引きつけて……。


「――斉射ッ!」


 号令とともに私達は一気に胸壁から姿を現し、弓矢を構えた。


 人の怒声、足音、鎧の擦れる音。

 戦場らしい音を出すサングレール兵たちが、私達の弓の射程距離を……驚くほど呑気に歩いていた。

 クレイジーボアでも、もうちょっと警戒はするのに。


強射(ハードショット)!」

光条射(レイショット)

連射(ラピッド)!」


 ! 味方が撃ってる! 私も狙わなきゃ!

 豪華な鎧、目立つ鎧……あれかな!?


貫通射(ペネトレイト)!」


 私は砦の上からスキルを発動し……真っ直ぐに飛んでいった弓矢は、拍子抜けするほど簡単に狙った人物の元へと殺到し、その胸辺りに……。


「ッ、はあッ! 不信心者の矢など当たらぬわァッ!」

「うえっ!?」


 着弾、と思ったらグネグネと蛇のように曲がった短剣を振られて弾き落とされた!?

 飛んできた矢を斬り払うなんてそんなのアリっスか!?


「ライナ、続けて」

「! はい!」


 そうだ、できるだけ何度も撃たなきゃいけないんだ。それが私の仕事……もう一度、あのヘンテコな模様の描かれた鎧の男に向けて……!


照星(ロックオン)


 手ブレを抑える。狙いが定まる。男はグネグネした短剣を掲げて指揮を執っているみたい。他の武装は腰に下げたメイス程度。

 矢を打ち払うのはさっき見た。だから今回は……。


貫通射(ペネトレイト)!」

「!?」


 足を狙う!

 膝から下、そこなら短剣じゃ思うように防げない!


「ぐッ!?」


 命中、脛!

 ……人間って縦に長いからすごく当てやすい……怖いな……。


「あ、撤退してくよー! 」

「逃すな! 一人でも多く撃ち殺せ!」

「レゴール伯爵軍、逆撃開始! 絶対に味方に誤射するなよッ!」

「弾道系スキル持ちは敵先頭方向を狙え! 行く手を阻んで押しとどめろ!」


 私が当てたのが偉い人だったのかはわからない。けど、相手の部隊はこれまでの突出を後悔するかのように慌てて退却して行った。


 それに追い縋るのはハルペリアの騎馬部隊。そして私たちの弓矢。……魔法を使うまでもなく、敵軍は大きな損害を出していた。


 うーん……完璧な殲滅というわけにはいかなかったスけど、相手の部隊は半分くらい削れたんじゃないスかね。


 ……退却できなかった兵たちが、平野の上で何人も倒れている。

 中にはまだ体が動いている人もいるけれど、そういう人たちに向かってハルペリアの地上部隊の人達が近付いて……。


 ……これ以上見るのはやめよう。


「ふー……人を撃つの、慣れないなぁ……」

「っスね、ウルリカ先輩……盗賊を相手にすることも多いんスけどね……四六時中人ばかりっていうのは、結構しんどいっス」


 今更、人を撃つことに変な躊躇をすることはない。そういうのは任務をやっていくうちにどうにかなるものだ。

 けど、初めての戦争。それに敵兵への射撃。それは結構……思いの外、自分の心をざわつかせていた。ウルリカ先輩も少し震える自分の手を見て、困惑しているみたい。

 サングレール軍相手に、情けなんて持ってないはずなんスけどねぇ……。


「大丈夫。きっと慣れるわよ。私も、あなたたちも……」

「シーナ先輩……も、なんスか……?」


 よく見ると、シーナ先輩の手もわずかに震えている。いつも冷静沈着なシーナ先輩が、私達と同じように。


「……初陣ではないけれど。戦場で弓を引いたのは、私も今回が初めてなのよ。……意外だったかしら?」

「い、いえ! いや、普通に考えたらそうっスよね。シーナ先輩もナスターシャ先輩も若いんスもん……」

「ええ。賊の大規模討伐なら何度もあるけれど……戦争はまた、違うものなのね。……二人とも大丈夫?」

「っス!」

「うん、私も平気。……ちょーっと、慣れないことして気が立ってるけどね? あはは」

「そう、なら良かった。……今回の戦争で、一緒に色々学んでおきましょう。この経験が次にどんなことで活かされるのかはわからないけれど……きっと、無駄にはならないはずよ」


 後から聞いた話によれば、シーナ先輩は先程の斉射中に十人ほどを討ち取ったらしい。

 砦付近の死体に突き立てられた細い矢を数えると、そういうことらしかった。


 ……やっぱシーナ先輩はすごい人っス。それだけの人を殺めたって自覚したら、きっと私なんて手が震えるだけじゃ済まなそうっスもん。


 うーん……人を何人も殺めることに、慣れることなんてあるんスかねぇ……。

 慣れる前に、心が嫌な感じになってしまいそうというか……兵士さんとか軍人さんは、普段どう考えてるんスかね……。


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