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兵站部隊の単純重労働


 どういうトリックを使ったのか、ハルペリア王国はサングレール聖王国の侵攻をかなり早い段階から察知していたように思う。それこそスパイでも潜り込ませていた可能性は高い。

 そのおかげもあって、既に中継地のベイスンでは結構な量の軍需品が集積されていた。


 弓矢、投げ槍、刀剣類、鎧……。造られた年代のバラツキはあろうが、しっかりと規格ごとに纏められ、整理されている。

 サングレールに気取られないよう、少しずつ秘密裏に溜め込んでいったに違いない。


 俺たちの仕事はこの大荷物を大急ぎで馬車に積み込んで戦地へ送る準備を整えることだ。

 あらゆる物資を兵士に持たせて行かせたんじゃ戦う前に疲れ果てるからな。戦う前の疲労は可能な限り俺たち後方部隊が肩代わりしてやらなきゃならん。

 何より長引きそうな戦いを下支えするのも大事だけどな。


「うぐぐぐ……! お、重い……!」

「これあと何個運ぶんだよ……!?」

「おう頑張れ、あと30ってところだ」

「30! それならいける……!」

「馬車30台って意味だぞ」

「ぐぁあああああ」

「クリント! が、頑張れ! 俺も頑張るから!」


 ただでさえクソ重い荷物が無駄に重い木箱に突っ込まれているせいでやたらと重くなっている。箱の規格が同じなので積み込みにストレスはないが、まだまだ身体強化の甘っちょろい若者には重労働のようだ。


「猫背で運ぶなよー、背筋は伸ばしておけ。それと荷物は身体にしっかりとくっ付けるんだ」

「も、モングレル……さん、よくそんなの軽々と運んで疲れないな……!」

「おっさんなのに……!」

「人生経験豊かなおっさんは重い荷物を運び慣れてるんだよ。ほれ、重い所を上にして運ぶと軽く感じるぞ」

「え? あ、本当だ。少しだけ楽……本当に少しだけど……!」


 ベイスンは農村を取り纏めている盆地の街だ。周辺の村で作られた農作物をハルペリア中に出荷するために大きな倉庫も沢山あるのが特徴だ。

 街の人々は久々の戦争ということもあって、老若男女問わず積み込み作業を手伝っている。ギルドマンの新米くらいじゃまだまだ労働に慣れた街の人々には勝てんね。


「飯作ったぞ! 兵士さん、ギルドマンも! 腹が減ったらここで食っていけ!」

「食器はこっちに戻してくれよ!」


 作業場のすぐ近くでは働く者たちを労うために大鍋でスープと粥が作られている。

 無料の炊き出しみたいなもんだな。戦時中だから街の人々も大盤振る舞いだ。


「よーし、モングレル班は飯食ったら作業を再開、夜までやるぞー」

「嘘だろぉ!」

「まだやるのか……」

「安心しろ、それが終わったら睡眠だぞ。ちょっと寝たら明日の朝には荷物を詰め込んだ背嚢を背負ってブラッドリーまで馬車の護衛、そこでも作業をやるって流れだな」

「ちくしょー! なんだこの役割は!」

「ブロンズになったのにこんな仕事かよ! 俺は剣士なのに!」


 世の中はブロンズ程度のひよっこを一端の剣士とは認めてくれねぇんだ。悲しいね。

 でも本当にハルペリアが厳しくなったら俺たちみたいなブロンズも、下手すればアイアンすら戦場に駆り出されるんだ。ま、ちょっと覚悟はしておけ。




 兵站部隊は部隊というわりに地味な作業の連続だ。

 ドンパチの音も聞こえないからいまいち緊張感もない。

 それでも積み込み作業を急かすように怒鳴る監督役の兵士のお陰で、新米達もダラダラした仕事をせずに済んでいた。

 俺はこういう怒鳴ったりするのは自分でできないタイプだから少し助かる。怒鳴るのも怒鳴られるのもあんまり良くはないけどな。戦争中はストレスを感じていないと動きを鈍らせて、後悔することもあるから……。


 日が変わり翌日、俺達の班は筋肉痛に悩まされるメンバーこそあれど、誰一人脱走することなく全員揃っていた。良かった良かった。ギルドマンはたまに後先考えずに変なタイミングでブッチするからな。俺の班はみんな真面目で助かるよ。


「よし、ブラッドリーに向けて出発だ。荷物は持ったな?」

「こ、こんなに背負って歩くのか」

「これじゃ剣も振れないぞ!」

「そうだな、さすがにこのままだと重いからな。万が一道中で魔物が出たら背嚢を下ろして戦闘を行う。で、俺達はそんな時には一番に守るべきものがあるんだが……クリント、それはなんだかわかるか?」

「え、そりゃ俺達は補給なんだから……積み荷だ!」

「ブッブー、正解は馬です〜。馬車が道中で動けなくなるとそれだけで後続の補給の邪魔になるので馬と車輪を守るように」

「ああ、そうか……」

「ブッブーってなんだよ、豚みてえ」


 ベイスン出身の五人の新米ブロンズ達は、全員が剣士だ。

 盾とショートソードを装備してるのが三人、他の二人は多少の強化を扱えるからかロングソードだ。魔物が現れた場合は盾持ちを前に出して、ロングソード持ちが外から攻撃するような方向でやっていきたいな。


 真っ当に上手く戦える奴は軒並み前線に引っこ抜かれ、後方支援はスカスカかつヘトヘトの状態で護衛任務に当たる。

 ただ物資を運ぶだけ……とは簡単に言えるものの、それを十全に滞りなく済ませるのは大変なんだよ。本当に。




 大荷物を背負い、馬車を守るように陣形を組んで歩いてゆく。

 肩に食い込む荷物の帯、一歩踏み込むごとに疲労を実感せざるを得ない脚。

 単調かつ重労働な積み込みから解放され、いざ任務らしい任務が始まってみれば、新たに始まるのは更なるしんどい労働だ。


「重い……しんどい……」

「この仕事舐めてた……」

「モングレルさん、何か今使えるような……疲れを抑えるコツってないのか?」

「んー、無い!」

「ぐえー」

「気合いだなぁこれはもう」


 この仕事を嫌ってシルバーに上がりたくなる奴の気持ちも、まぁ、わからんでもないな。前線で戦って成果を出せばヒーローだし、戦うまでは比較的楽だから。問題はそっちは普通に死ぬ危険性があるっつーことだが……。


 でも今はまだ楽なんだぜ。ベイスンからブラッドリーは田舎道とはいえちゃんと街道がある。

 ブラッドリーから各拠点、砦までの道はもっと荒れてるからこれよりも間違いなくしんどくなるんだ。

 今の苦しみをピークだと思ってると後で泣きを見るぜへへへ。


「うわー! 馬車の中で何か割れた音が!」

「どうしようもねえ、そのまま行こう……」

「兵士さんに怒られそうだなぁ」


 後続の馬車からは度々悲鳴が上がる。

 無理矢理な積載と不慣れな積み込み作業によって、物によっては運搬中に破損が生まれることも多い。

 前世のトラック輸送ですらちょくちょく破損トラブルが起こるほどなんだ。クソみたいな悪路、クソみたいな板バネサスペンション、クソみたいな枯れ草緩衝材。これで全て完璧に輸送できたら逆にこえーよ。


 とはいえ軍もそういったロスはある程度織り込み済みでやってはいる。

 俺たちにできるのは、なるべくその損害を抑えることだけだ。

 減点方式の仕事がいまいちやる気にならないのは、まぁわからんでもないけどな。




「ご苦労だった、ギルドマン諸君! 積み下ろし作業はこちらの兵が行うので、諸君らは休んでおくように!」


 ブラッドリー男爵領はトワイス平野に接する辺境の土地。

 今回の戦争においては、ハルペリア王国軍が拠点を構える最終防衛線だな。

 サングレールはこの土地を欲しがっているが、ハルペリアは絶対にここを取られるわけにはいかない。

 ブラッドリーで暮らす町の人々にとっては文字通り他人事ではないので、緊迫した空気感はベイスンよりもずっと強かった。


 ブラッドリーに到着した俺達は兵士に迎え入れられ、とりあえず今日はこれで休めるようだ。ルーキーの体力も限界だったし仕方ない。


「む? そこのお前は……白髪混じりだな。名前は?」

「モングレルです。貴方は、ええと……なんとお呼びすれば良いか」

「私は騎士リベルト様の従士、クロードだ。お前はハルペリア人か?」

「はじめまして、クロードさん。生まれも育ちもハルペリアです。母がサングレール人でした」

「そうか。くれぐれもブラッドリーで騒ぎを起こすなよ」

「はい!」


 流石の俺でも兵士の前でふざけたりはできない。基本的に徴兵された下位ギルドマンなんて下っ端も下っ端だしな。

 性格悪い奴相手だったらもっといびられてたが、この人はまともそうで良かった。


「……モングレルさん。さっきの兵士ちょっと感じ悪くなかったか?」

「ウォーレン、あの人は俺を心配してくれてたんだよ。他の奴に絡まれるかもしれないから気を付けろってな」

「そんな事言ってたかぁ……?」

「言ってたさ。ほれ、モングレル班、所定の宿泊場所に行くぞ。飯食ったら今日もさっさと就寝だ」

「ういーっす」

「やっと休憩だぁ」

「飯食おうぜ飯! 腹減って死にそうだよ俺ぇ」


 野営場所に荷物を置いた後、彼らは各々の目的の場所に向かって散らばっていった。

 疲れて一歩も動けねーって最後の方ぼやきまくってたのにいきなり元気になりよったわ。

 ま、あの元気があれば明日からも大丈夫だろう。脱落者無しで任務をこなせるかもしれん。


 ……前線はそろそろぶつかった頃なんだろうか? 

 どこかでは既に戦いになってそうだが……神の視点からならともかく、俺からは何もわからんからなぁ。

 仮に後方に情報が伝わったとしても下っ端の俺まで正しい近況が伝えられるとも思えん。


 ……自軍がどうなってるかわからないまま働くのって落ち着かねー。

 まぁ、仮に前線に居たとしても偉い将校さんの近くにでもいないと全体の戦況なんてわからないんだろうけどさ。


「白髪混じりのやつが居るぞ」

「サングレール人が俺たちの飯を食おうとしてるのか」

「ヘッヘッヘッ」


 粥だけ貰おうと列に並んでいたら、柄の悪そうなギルドマンの声が聞こえた。

 二十代くらいの三人組だ。認識票はブロンズ3。

 こういう連中は平時からどこにでも現れるが、戦争中の今は特に湧いてくるな。絶対に何かしらのイチャモンはつけられるだろうと思っていたから驚きはない。なんなら昨日何もなかったことに驚いていたほどだ。


 普段なら適当にターン制パンチでボコボコにしてやるが、今は時期が悪い。サングレールのハーフが暴行してたら周りが本気で止めにくるかもしれん。

 だから俺の好みとは違うが、別のあしらい方をする。


「俺は騎士リベルト様の従士クロードさんに任務を言い渡された、れっきとした本物のハルペリア人だぞ。そんな俺に文句があるってことはお前ら、俺に命令を言い渡したクロードさんに……ひいてはリベルト様に対する叛意があるってことになるが?」


 必殺、権力。


「え、いや……」

「別にそうは言ってないから……」

「な、なぁお前ら、向こう行こう。炊き出しやってるぜ……」


 三人組はいそいそと離れていった。へっ、雑魚が。


 騎士と従士。その言葉の重みは伊達じゃない。特に騎士はギルドマンにとっては雲の上の人だ。

 たとえ半端者でもこのくらいのわかりやすい権力構造は覚えている。ちょっと関係を匂わせてやればイチコロよ。

 トラブルを避けるためなら俺は全力で虎の皮を被って獅子舞を踊ってやるよ。


「おーいモングレルさーん、モングレルさんの分のパンも持ってきたぜー!」

「俺も肉野菜炒めもらってきた! 少しだけど……」


 お邪魔虫を追い払ってしばらくすると、ルーキー達が戻ってきた。

 それぞれ炊き出しの飯を自前の小鍋に入れてきたらしい。


「おお、マジかよ。良くやった。チームモングレル……最高だぜ!」

「その名前嫌だなぁ」

「もっと格好良い名前にしてよ」

「敵の軍隊に襲われたらすぐにやられそうだよな」

「かっこいいだろうが……!」

「ダセェ!」

「チームモングレルにするなら番号呼びのままでいいよ!」


 くそっ、チームメンバーが野心を出し始めやがった。

 チーム解散の日は近いな……。


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― 新着の感想 ―
モングレルの都合のいいものには巻かれろみたいな精神好きよ
ウォーレンがどこ出身かは確認しないけど、『現在地が地元の新人』は5人 ウォーレンはどっか出身のそろそろ新人卒業のやつ、のはず。
転生バレが気になるが、多分ブーイングはあると思うから平気だ、ふぅ……
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