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圧撃の名残


 夏が終わり、肌寒い時期がやってくる。九月だ。

 小麦の収穫と作付けで慌ただしいこの時期は、同時に獣狩りが本格的になるシーズンでもある。匂い立つなぁ……。

 今年はそれより前からサクサクと森のお肉を狩っているが、まだまだこれでも足りない。戦場に送る肉はいくらあっても困らんからな。生産せずにドンパチやる連中だらけになるってのはマジで浪費が激しいぜ。

 化学肥料さえあれば食糧問題は完全に解決しそうな気はするけど俺にはそこらへんがよくわからない。“ハーバーボッシュ!”って唱えて解決してくれるなら話は早いんだが、現実はそうでもないからな。

 “休耕地に豆とか植えたらどっすか、知らんけど”レベルの知識しかねーよ俺は。それすら多分この国の肥沃さを考えるとあまりいらない知識な気もするし。実際に農業やってる人らを舐めてはいけない。知らんことだらけだ。




「やあモングレル。僕たちと一緒に収穫の護衛に出てもらえないかな?」

「……」


 ギルドの作業場でチャクラムを研いでいると、胡散臭い笑顔を浮かべたサリーから声をかけられた。

相手が相手だからな。二つ返事は出てこないわ。


「“若木の杖”も再びこの辺りの地域に根付けてはきたけど、それでもまだ顔を出せてない村もあってね。モングレルならそういう場所にも顔がきくだろう?」

「あー、そういうこと。まぁそういう理由なら」

「随分と古いチャクラムを研いでいるね。古いハルペリア軍の装備品だったかな。市場でも安売りしてるらしいね、この手のものは」

「話が散らかるからチャクラムは後にしよう」

「なるほど? 確かにその通りだ。じゃあ、遠征先はどこにしようか。僕としては三つほど都合のいい候補地があってね」


 マジでこいつとの会話のペースがわからんな。まぁ不快ではないんだが。


「ベイスン方面、というか南側で良いか? 最近向こう側に行ってないから気晴らしにそっちで任務を受けるつもりなんだが」

「南ね。じゃあルス村はどうかな」

「おお、いいな。去年よりも近くなったぜ。じゃあそこで“若木の杖”名義で依頼を予約しといてくれ。俺もついでにな」

「そうしておこう」

「いやー良かったぜ。そろそろ蜂蜜を……って」


 振り返ると、既にサリーはいなかった。

 どうやら“そうしておこう”と言った直後に去っていったらしい。話の切り方下手くそかよ。


「本当によくモモがあんなまともに育ったよな……」


 鐙を踏んでグーンと軸を回し、固定されたチャクラムを回転させる。

 そのまま砥石を近づけて、鉄の輪っかを真円に研いでゆく。

 昔は楕円型のチャクラムも多かったらしいが、こういった方法による整備ができないせいで後期のチャクラムは真円型が主流になったようだ。まぁ楕円型なんて研ぎにくいったらねぇからな……。


「任務を予約してきたよ、モングレル。明後日から出発しよう」

「おう受付行ってたのか……って明後日かよ。急だなオイ」

「どうせ予定もないだろうと思ったんだが」

「無いけど」

「それは良かった」


 サリーは磨き上げられたチャクラムを一枚手に取って、指で挟んでプラプラさせている。


「これ、市場で買ったのかい?」

「黒靄市場で10枚組みで売ってたぞ。今はこんなだが、ほとんどは錆びが浮いて酷いものばかりだったな」

「面白い買い物をするねえ。今度僕にも何か面白いものを買ってきてほしいな。お金は出すから」

「おいおい。そんな事言われるとマジで面白いもん買っちゃうぞ」

「出来るだけ嵩張らない物の方が嬉しいけどね」


 それだけ言って、サリーは作業場から出て行ってしまった。

 話の流れが滅茶苦茶だったが、つまり俺は明後日から遠征になるらしい。


 しかし行き先はルス村だ。養蜂場があって蜂蜜が美味しい。

 あわよくば何か甘い物でも食えるかもしれん。そう思うと、退屈な遠征でも少しは楽しめそうだった。




「あ、どうもはじめまして、モングレルさん。“若木の杖”副団長のヴァンダールと申します」


 南門側の馬車駅でぼーっとしながら待っていると、なにやらデカい男に声をかけられた。

 身長は2mほどはあろうか。だというのに体格は極めて細く、顔立ちも点滴を三本くらい打っといた方が良いんじゃねーのってくらい痩せている。身長だけはやたらと高いけど運動が苦手そうなタイプの男だ。朝礼で貧血になって倒れてそう。


「ヴァンダール……ヴァンダール……あー、なんかモモから名前だけは聞いてたな。俺はモングレル。よく初対面なのに名前わかったな?」

「髪色が珍しいですからね。一目で貴方だと。まあ、そう言う私も目立ちはしますが」


 ヴァンダールの髪は真っ白だった。俺と同い年くらいだろうから、若白髪ではない。サングレール人特有の銀髪である。それが無造作に長く伸ばされており、パッと見幽霊に見える。

 夜に初対面で遭遇してたらバスタードソードの柄に手を掛けてたかもしれんね。


「うちの団長がいつもご迷惑をおかけしております……」

「ああ、いやいや。変な奴だけどそこまで害は無いから。大変そうだなそっちは。なんとなくあんたは常識人そうだから心配だよ」

「ははは……最近まで王都に残されて雑務を片付けていましたが、そちらの方が気は休まりますね……それでも、好きで居させてもらっているパーティーなので、ええ」


 真っ黒なマントで身体を覆い隠した銀髪ロングの痩せた男。

 これで牙でも長ければ完全にデカい吸血鬼なのだが、口の中にそういった牙は見えない。多分人間だろう。


「前に若木がレゴールで活動していた頃は居なかったよな?」

「二年ほど前に王都でスカウトされました。わりと新参者なんですけどねぇ……いつの間にやらどういうことか、副団長になってまして」

「ふーん……サリーから虐められてたら俺に言えよ。叱っておくからな」

「ありがとうございます。そう言っていただけるとこちらも励みになりますよ」

「君たち、僕が来たのをわかっていてその話をしているね?」

「なんだサリー来てたのか」

「おや団長、気づきませんで」

「報酬の分配は万全に計算されているはずなのだが」


 サリーはクソ真面目に悩んでいるようだった。落ち着け、ただの冗談だから気にするなよ。


「サリー団長、その話はもう良いんです! モングレル、それにヴァンダールさんも! 馬車が来たので出発しますよ!」


 なんてやり取りをしているうちに、他の“若木の杖”のメンバー達も集まってきた。

 こうして俺たちは、何故かモモを先頭にして護衛としてレゴールを出発したのだった。




 魔法使い中心のパーティーとはいえ、この世界の現役はみんな健脚だ。任務は全て歩かないことには始まらないものばかりだから当然ではある。

 だからインテリな魔法使いでも、昼間歩き続けて「もう動けなーい」なんて言う軟弱者はあまりいない。

 最年少のモモですらしっかりと俺たちについてきているのだから、これが普通の感覚だ。まぁモモは若さのおかげもあるにせよ。


「えー! 結局魔法の練習やめちゃったんですか!? 指輪渡したのに!」

「いやー、俺もすげー頑張ったんだけどなー、だいたい一月くらいなー。でも進展はないし時間も食うからな、ここらでやめにしようって思ったんだ」

「本当ですかぁ?」

「マジだよマジ、マジ寄りのマジ」


 本当はもっと早めに見切りをつけたけどな。魔法の修行だるいわ。普通に折れたわ。


「これだから学のない大人は……」

「もう少し励ましたりとかしない?」

「も、モモさん……失礼ですよ、そういう言い方は……人は生きる環境を選べないのですから……」

「ミセリナ、そういうフォローではなくね、もうちょっとソフトな感じのね」


 指輪はなんかあった時に売ったり渡したりしようかと思っている。今は部屋の装備品置き場の仲間入りだ。

 マジックアイテム系はほとんどないからこのままコレクション枠でもいいかもしれない。


「ああ、そういえば聞きましたよモングレルさん。モモさんが作った足ヒレ、貴方がテストしてくれたのでしょう? ありがとうございます」

「ああ、湖で釣りのついでにな。難点もあったけど使えなくはないんじゃないか」

「モングレル! こちらのヴァンダールさんは魔法器具製作のベテランなのです! いわば魔法発明家です! もっと丁寧な口調を心がけても良いんですよ!」

「うるせえ黙れバカ」

「品のない言葉!」

「ははは……いえ、モモはこう言ってますが、私は王都の店に勤めていたというだけの者です。ギルドマンになってからは専ら杖の修理しかしてませんからね」


 へー、杖の修理か。まぁそりゃ杖だって使ってれば壊れることもあるか。あんまイメージは湧かないけど。

 なるほどな、魔法使いばかりのギルドだとそういう要員も必要なのか。


「! みんな止まって、前にチャージディア!」


 おっと、のんびり歩いてたらお客さんが来たか。


「俺が前衛に出る。“若木”の魔法使いは後ろから援護してくれ。あーでもあれか、轍が崩れるからやっぱいいや。俺だけでやる」

「そんな失敗しませんけど!」

「まあまあモモ、ここは前衛に任せよう。僕達は周囲の警戒をしなければね」


 チャージディアは近くの林から抜け出して、街道のど真ん中に突っ立っていた。

 顔だけをこちらに向け、逃げるでもなくじっと見つめている。こういう生態は前世の鹿と真逆なのが少し面白いな。


「では、私も前衛として前に出ましょうか」

「は? ヴァンダールさん前衛かよ? 魔法使いじゃないのか?」

「ああ、ええ、はい。よく間違われますが近接役です、私……」


 枯れた木立のようなヴァンダールが黒いマントをはだけさせ、その中よりうっそりと……無骨な籠手を伸ばして見せた。

 しかもただの籠手ではない。五指全てに大きな鎌のような刃が付けられた、凶悪極まりない巨大な籠手だ。

 暗殺ギルドの方ですか? 入るパーティー間違えてない?


「!」


 チャージディアがヴァンダールの方に駆け出し、鋭利な角を向けて襲ってきた。


「えー、じゃああれなんとかなるの?」

「そうですね、ええ。お任せください……“鉄壁(フォートレス)”」


 ヴァンダールの目が赤色に光る。近接役がよく最初に習得するという、自身の体幹と強靭さを一時的に上昇させるスキルだ。

 暗殺系のスキルばかり持ってそうな見た目してタンクかい。


「キッ……!」

「いけませんねぇ、人の前に出てきては……圧撃(スマイト)


 鋭い爪の伸びた腕で角を掴み取ったヴァンダールは、そのまま角を圧し折りながら頭部を握り潰した。

 クッソ力技だなオイ。俺が言うのもなんだけど。


「ああ、角が壊れてしまった……まぁ、皆無傷だったので良しとしましょうか」


 驚くべきはこのヴァンダールの体幹の強さだろう。チャージディアの突進を真正面から受け止め、しかも角を片手で圧し折り、頭部を破壊してみせた。一朝一夕で出来ることではない。何より……。


「スキルの傾向がサングレールの軍属っぽいな」

「!」


 ヴァンダールが俺に驚いた顔を向けるが、そこまで意外な反応をされるようなことでもない。

 ちょっとサングレールの軍隊とやりあえばわかることだ。


 “圧撃(スマイト)”は向こうの兵士の得意技と言って良い。

 ハルペリアじゃメイス、モーニングスター、ウォーピック、ハンマーなんてそうそうお目にかからんしな。


「ああ、別に探りを入れてるわけじゃねえよ。サリーが認めてるなら出自も今は綺麗なんだろ? 説明はいらねえよ」

「……ええ、説明が難しく。できれば、夜に酒を嗜みながらお話できれば」

「そうか。……よし、じゃあひとまずこいつを解体しようか。皆は先に行っててくれ」

「よろしいので?」

「すぐ追いつくさ。いらない内臓を纏めて林に捨てるだけだしな。……ひょっとして“若木”じゃやらないのか?」

「……ええ、まあ。あまり稼ぎにもなりませんので……」

「かーっ、一流パーティーは違うねぇ」


 全く、普段どれだけ稼いでいるんだか。


「ほれ、さっさと先に行ってくれ。こいつの処理はやっておく。すぐに追いつくから」

「ああ。それでは任せたよ」

「おう」


 馬車の一団を見送り、俺はその場で解体を始めた。

 ……角はへし折れ、頭部は完全に拉げている。すげー力技だな。

 ヴァンダール、元々はサングレールの兵士だったんだろうな。騎兵じゃなく歩兵か。モーニングスターを使わないのは今の環境に適応するためってのもあるだろうが、さて。


「まぁ肉は回収しておくか。……うぇ、せっかくの舌が千切れてら」


 俺は不要な部分をその場に捨て置き、林の細木から天秤棒を作り、護衛対象の下へと駆け出した。

 追いつくのも難しくはない。馬車の動きに合わせて歩くほうがむしろストレスだしな。

 数分走ってれば、すぐに最後尾へと追いついた。




「……モングレルさんもサングレールの血があるのでしょう」

「ああ、あるぜ。ヴァンダールさんほどわかりやすくはないが」

「ええ、私は純血ですから。……街の雰囲気が悪くなると、我々の立場は実に危うくなりますね」


 お互いに白髪持ちなこともあり、会話には仲間意識がある。

 少なくとも向こうからは感じられるな。俺の方からはどうだろう。そう繕えていれば良いんだが。


「ヴァンダールさんも戦争の雰囲気を感じ取っているのかい」

「私だけではないですよ。他の皆もです」

「聞きましたよ。戦争が起こるそうですね」

「僕の予想ではトワイス平野だね。箔を付けるには良い機会なのだが」

「……戦争。お、恐ろしいですね……」


 この時期になるとさすがに誰もが勘付くか。

 ……やっぱ起こるか、戦争。面倒くさいな。トワイス平野だぞ? 勝てる戦じゃないんだから諦めればいいのにな、サングレールも……。


「サングレールは圧撃(スマイト)を使いこなしています。私もかつてはその一員でした。……今の私は、篭手による使用ですがね」

「モングレル、ヴァンダールさんはですね、」

「打撃武器使うと悪目立ちするからだろ? わかるよそんくらい。ハルペリアじゃ珍しいからな」

「……わかってるのですね」

「モングレルさんも、かつては打撃武器を?」

「いや? 俺は最初からこのバスタードソードだよ。こう見えて生まれも育ちもハルペリアだしな」

「そうでしたか……では、馴染みやすかったのかもしれませんね」


 まぁ実際は国境間際で怪しいところではあるんだけどさ。

 馴染んでいたかで言えば全然馴染めていなかったし。


「近いうちに、サングレールと戦争が起きるでしょう。きっと収穫後、すぐに」

「だろうなぁ。ギルドでもそういう話は出てるしな」

「モングレルは兵站かい?」

「そうだな。場所はまだ決まってないが、積み下ろしを中心にやろうと思ってる」

「おお、それは心強いね」


 積み下ろしを高速でやれる人員は希少だしな。そうやっておだててくれるとこっちもありがてぇよ。


「……気をつけてくださいね、モングレルさん。サングレールの血が混じっている人は……」

「わかってるって、ヴァンダールさん。むしろ後方の俺よりも、前線に行くヴァンダールさんの方が心配するべきことだぜ、それは」

「……そうですか」

「経験したことないだろ。気をつけろよマジで。前線のサングレール人はひでぇ差別に晒されるからな。自陣を歩く時も、トイレに行くときもパーティーの仲間と一緒に動いておけ。そうじゃないと事故に巻き込まれる」

「……肝に銘じておきましょう」


 これは大げさな脅しではない。真っ当なアドバイスだ。

 戦争中の人の心に理を求めちゃいけない。それが普段は通るようなことであっても、戦時中は通らないことが沢山ある。


「なんだったらヴァンダールさんも俺と一緒に兵站に回るか? 多分向いてると思うぞ」

「いやぁ、その……」

「モングレル、僕らの希少な近接役を勝手に配置換えしないでもらえるかな」

「駄目か」

「もちろん駄目だとも」


 残念だ。力仕事をこなす人員が一人増えると思ったんだが。


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― 新着の感想 ―
サリーはずっと僕だった気がするけど修正済? たまにボクとか私にでもなってた?
[気になる点]  まぁ、戦争は口減らしも兼ねてるしね。
[一言] 四度目は嫌な死属性魔術師を思い浮かべたのワシだけ?
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