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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File1:怪獣が目覚める時
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8.黒曜怪獣、再び現る

 平田啓介がヘリコプターで富士山麓に到着したとき、怪獣出現の報告があった。


「──二匹?」

《はい、PIRO(パイロ)のデータベースと照合したところ、片方は原鰐(げんがく)怪獣:ラガル。古い文献では剌加而大(らがるた)とも呼ばれるそうです。もう一匹は黒曜怪獣──》

「わかるよ、ヤタガラスだよありゃ」


 PIROとは、妖怪・怪獣を調査・監視、ときに駆除するNPO法人である。国が補助しているとはいえ、民間組織であるため、ときに学生のアルバイトも雇っているとのこと。

 怪獣災害が表沙汰になる以前は、多くの怪異事件や霊障の捜査は〝探偵業〟としてPIROの仕事だった。しかしいまとなっては民間組織では手に負えない事件も多く、ましてや霊能者自身による犯罪などは管轄外だった。だから公安警察として平田のような人間がいるのだが。


「クソ野郎ども、まだあんなん飼いならそうと努力してやがったのか……」


 テロリスト・グループに情報が漏れたことよりもそっちのほうが国を(うれ)いるに値する。一度起きた災害から学ばない。学んだのかもしれないが、その危険の本質を理解していない。だから何度も何度も、同じことが繰り返される。記憶の爪痕も癒えぬままに。


「どうにかしてとっちめねえと、〈甲府の惨禍(さんか)〉の二の舞だぞ。どうしてくれんだよ、まったく……」

「──しかし、あれは国の管理しているものでは?」


 ヘリの副操縦席にいるおとこが、失礼を承知で質問した。


「〝国〟って誰だ? 住所と電話番号でもあるのか?」


 平田にとっては売りことばに買いことばだった。

 おとこは苦い顔をして沈黙する。と、そこに無線で連絡が入った。


《全員所定の配置に付け》


 それから、こうも続けた。麻酔弾と妖力妨害煙幕を用いて、可能な限り殺さず、捕獲せよ、と。

 平田は勢いよく無線を奪って、啖呵(たんか)を切った。


「おいおいおいおい、そりゃお大臣さまのお達しか?」

《平田か。ご明察だよ》

「怪獣ってのは、ヒト様の迷惑になるから怪獣なんだよ。内緒で飼ってたのはまあいい。良くないけどな。だが首輪が取れたら連れ戻せってのは、ちょっと虫が良すぎるぜ。ワンコロ世話してんのとわけがちがうんだよ」

《これはわたしの個人的な意見に反するんだが、先方は〝貴重な生物〟をむざむざ人間の都合で排除することに難を示しておられる。先日も国際環境会議から非難の声があったばかりだ。おそらくそういうことなんだよ》

「しちめんどくせえな。ニホンオオカミとかトキとかと、あいつらは同等の扱いってことになんのかよ」

《少なくとも、いまわれわれが対面しているのはそういうことになる》


 おそらく三年前だったら、そうも言ってられなかっただろう。人里に降りたクマを駆除するのと同じだ。やむを得ず、実力を行使する。でなければ平田の言う通り、死傷者の数が後を絶たない。

 ところがある時期を過ぎたころから、「怪獣がかわいそう」だという声があがるようになった。クマだってぬいぐるみになれば可愛く見える。世論が変わりつつあったのだ。麻酔弾を使ってなんとかならないのか。互いに共存する方法はないのか。そもそも怪獣をむやみに殺害することがほんとうの問題解決なのか、と。


 SDGs、などいうことばも、当時から世に発信されるようになっていた。そのため怪獣の出現をヒトの行き過ぎた経済活動の、抑止力として捉える向きもあったのだ。

 このあまりにも多すぎる問題に対して、人類はまだ答えを見いだせていない。きっとこれからも、納得のゆく解決を期待することはできないかもしれないのだ。


《──辛気臭い顔をしてんじゃねえよ。万が一となれば、わたしが始末書を書けばいいだけだ》

「……おまえ」

《飼い慣らせば利益があるが、事故ればその十倍以上のしっぺ返しになる。そんなろくでもないモノなんざ、いままでさんざん見てきただろ。けどな、からだを張るのはわたしたちだ。だから、やれることをやれるようにするしかないんだよ》

「──そうか。悪かった。ガラもなく熱くなってしまった」

《いいよ。気持ちはわかる》


 無線を切り、あらためて大地を見下ろす。樹海の樹々を押し倒しながら進むラガルの、血みどろの背中がのたうっている。

 そこに向かって、ヤタガラスが覆い被さった。まだ飛翔というほどの高度は取れていない。さながら両端を持って広げた風呂敷のように、翼膜を延ばしてラガルの(こぶ)状の皮膚(ひふ)を包んだのだ。


 しかしそこに慈愛などない。


 つるはしを振り下ろすがごとく、その(くちばし)を叩き込む。ずぶり、と擬音を付けたくなるほど威勢の良い貫きぶりで、その血肉が傷ついていく。間欠泉でも沸いたかのように血しぶきが上がる。さっきからその繰り返しだ。

 もはや樹海ではなく血の海だった。一方的な殺傷。力関係がそのまま社会的な地位へと転換する。まさしく暴虐的なまでの古き秩序の開陳──すなわち、弱肉強食とはこのことなり、とでも言わんばかりだ。


「……あいつらどうなったかな」


 さっきからスマートフォンを鳴らしてはいるのだが、いっこうに返事がない。

 若手とはいえ、かなりの訓練を積み、素養を認めての採用だった。だからこの程度のことで死にはしないとどこかで期待している。しかしPIROもそうだったが、現実として殉職(じゅんしょく)者も少なくなかった。平田は良くも悪くも生き残ってきたほうだったのだ。


 つながる気配もない。諦めて通話を切る。

 とたんに着信があった。


「──なんだ」

《あ、吉田です。大変です、怪獣が──》

「知ってる。いま上から見てる」

《あっ、ハイ》

「……(くなど)は生きてんのか?」

《いえ、それが……式神が全滅して、皆目わかんないです》

「おいおい」


 使えねーな、と言いかけたのを、ぐっと呑み込む。


「……おまえのほうは無事なのか?」

《ぼくは大丈夫です。後方支援なので、いま椹木(さわらぎ)三佐と一緒です》

「なんだてめー使えねーな」


 結局吐き出してしまった。


《……》吉田のため息が聞こえる。

「まあいい。たぶん大丈夫だろ。あいつの妖力は、車に()かれても死なないほどタフだからな」

《ええ、そうですね。そう祈りたいです》

「気安く祈りはささげるな。この国の神様は(たた)るのが業務の一環なんだからな」


 そんなんくそくらえだ、と平田は思う。


「それで、怪獣二体いまそっちに向かってると思うが、どうなんだ?」

《もう動いてますよ。あの二体で勝手に消耗してくれればそれに越したことはないんですが……あっ!》


 背景から喧騒が聞こえるのと、泣き叫ぶがごとき咆哮(ほうこう)が耳をつんざくのは、同時だった。

 とっさに窓から見下ろすと、ラガルの尾根のごとき巨躯が、ヤタガラスのしがみつくのを振り払っていた。それから全身をぶるると奮わせると、文字通りの死に物狂いで、四つん這いになって本栖湖のほうに駆け出した。


《──ご覧の通りです! いったん切ります!》

「おいコラ吉田ァ!」


 ぷつん。平田は盛大に舌打ちした。


「頼むから無事でいてくれよ……」


 すぐさまヘリコプターが旋回する。しかしラガルの動向を追いかけているのは、彼らだけではなかった。

 ヤタガラスが動き出した。その全身に妖気を集中させると、風が次第に巻き込まれる。気流が渦を巻いて螺旋(らせん)状に凝縮(ぎょうしゅく)すると、妖気が引力の操作を始める。ヘリコプターのコントロールが徐々に奪われていくとともに、怪鳥の巨躯も浮上を開始するのだ。


「おいコレ、やばいんじゃ……」


 操縦士が叫び声をあげるなり、ヘリコプターががくんと傾く。平田はまったくの不意打ちで壁にからだを打ち付ける。あわや大惨事になるか──と恐怖のラストシーンが、一瞬だけ脳裏をよぎった。

 ところが、さいわいにもそうはならなかったのだ。


 轟音が、爆風が、妖気の奔流(ほんりゅう)が、ヤタガラスの面貌を張り飛ばすと、樹海の傍らにずしんと沈んだのである。

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