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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File3:信じるものは掬われる
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54.シン世界転生(下)

「くそっ」


 高層階のビルに身を打ち付けられた岐庚は、瓦礫と一緒に神虫の遺骸を払い除ける。

 さいわい擬神器の一発を使わずに済んだが、墜落した神虫のせいでせっかく登ってきた道のりが無駄になってしまった。


 見上げたところに位置するその頂きは、あり得ないほど高い。


 神虫が集まっては散るその陣形も、今となっては単なる撃っては逃げて(ヒットアンドラン)へと堕している。それも悪くないのかもしれないが、すでにあまりにも多い数の遺骸が撒き散らかされており、もはや戦略も戦術もないようなものになっている。

 おまけに、よく目を凝らすと、神虫の中にも黒いオーラをまとった妙なものが混じっている。それは同士討ちとも思えるような行動を取って、かえって味方の群れに噛み付かれて墜落している。


 庚は深く考えていなかったが、それこそは積陰月霊大王の妖力で蘇りその力で洗脳された神虫の反撃だった。


「あーもう」


 土埃に咳ばらいしながら、それでも庚は〈首のない巨人〉の頂きを目指す。遮二無二に、ひたすらに。



     ※



 槍の穂先から血が滴る。平田啓介のうめき声が赤い池に波紋を落とした。

 左腕がだらしなく垂れ下がる。抹香臭さが混じった硝煙が上がるが、その弾丸はどこも貫いていなかった。


「なんでだ」


 大国忍が冷たく尋ねた。ヘッ、とニヤついた笑いを浮かべた平田啓介──


「ばからしくてできないね、こんなん」

「ばからしい?」

「べつにおれぁ、お前が自分の人生に後悔してるとか、そんなん聞いてもどうとも思わねーよ。大人の〝後悔〟なんて引っ張り出したらキリがねえしよ。何かのきっかけで人生やり直そうだなんて、別に誰が思っても悪いなんて思わないさ」


 だがな、と平田啓介はおもむろに顔を上げた。


「生前の記憶があるから、今世ではもっと()()に生きられるだなんて、そんな自惚れちゃあいけねえよ。てめえは()()()()()()()()()()()()()()のくだらねえ人間に他ならないんだ、そうじゃねえのか?」

「…………」

「なーにが、他人のために生きてきた、だ。結局自分が気持ち良くなるためにヒトの世話焼いてきただけじゃねえか。だったら真逆に生きてみろ。今度は『あーあ。おれは自分勝手に生きてきた愚かな人間だ。せめて家族には優しくしてやりゃ良かった』て言うだけの人生しかしねえだろうが」


 平田啓介は痛みに堪えながら、ため息を吐いた。


「極端な結論はやめろや。つまらんし、聞いて呆れる。おれが心の底から尊敬していたお前は、そんな奴じゃなかったぞ」

「そんなことは、ない」


 火遁槍を投げ捨てる勢いで、振り払った。空を斬る。虚しく風切り音がする。


「おれは──そんなにいい奴じゃない」

「そうだよ、家族に尽くそうとして家族にフラレ、元同僚には過大評価されて意味もなく貶され、後輩を慈しんでいながら鬱陶しがられて、挙げ句の果てには顔も名前も覚えてもらえねえ、ダッセェ、だっせえおっさんじゃんかよ。すね毛も剃らねえ、腕毛もボーボー、鼻毛も伸びててアホ丸出しだ」

「……そこまで言うか?」

「だが、だせえのと尊敬に値するのは、両立するだろ」

「…………」

「べつにおれはへこたれねえお前を尊敬してるんじゃねえし、我慢して〝いい人〟ぶってたてめえが気に入ってたわけじゃねえよ。ただ一緒に仕事してるのが気分良かっただけだ。酒飲んでくだらねえ話するのが好きだっただけだ。作業指示をいちいち細かく出さなくていいから楽で良かっただけだ。だから尊敬できると思ったんだ。それ以上、何が要るんだ?」


 大国忍は、初めて怒りに顔を歪ませた。しかし怒り慣れてないのか、それは泣いているようにも見えた。

 やがて、力無く槍が垂れ下がった。


「……わからない。だが、それ以上の何かが欲しかった、と思う」

「そうか。それこそ、意見の違いだったな」


 切り傷を浴びた平田啓介は、それでも両脚で踏ん張って歩く。

 足が動くたびに腹筋に連動して激痛が迸る。くそっ、と平田啓介は思った。このところ傷付いてばかりだ。上からは無茶難題を押し付けられ、下からは愚痴と文句の雨霰。現場仕事の末端は、こんな人間関係の地獄なんて知りゃしないだろう。だからみんな自分のことを棚に上げて好き放題言いやがる。


 たいていの人間は、自分を押し上げる棚だけが大きくて頑丈にできている。それはもう神棚みたいに荘厳で立派な出来栄えだ。


 そういう棚を見てると、平田啓介は、多少あこがれの念を抱く。なんでそうも自分だけをきれいに例外にできるのか。お前がそうでなかったとなぜ断言できるのか。可能なことならそれぐらい疑いなく他人の言葉に一喜一憂して気ままに生きる人生ってやつが、おれも欲しかった。

 だから、大国忍もきっとそういう人間だろうと、どこかで期待していた自分が許せなかった。自分もどこかで疑いなく信じる幻想を夢見ていたのだ。或る少年漫画雑誌の三箇条、友情・努力・勝利……


 ああくそっ。虚構だから楽しいと思ってるものを、真に受けていたと思い知らされる時ほどくだらなくてめんどくさい瞬間はない。


「まあ、べつに意見が違った程度で親友終わりやしねーよ」


 吐き棄てるように、言った。


 ところがその時を狙ってか、平田啓介に向かって放たれたものがあった。

 大国忍がはたと気付いて身構えた。それを平田は一瞬、自分への攻撃かと錯覚しそうになった。


 金属と、ぶつかる音。


 跳ね返されて落ちたものは、蛇の伸び切った矢のようなものだった。

 平田の眉が狭くなる。火遁槍の穂で隠されたその先を見遣る。


「まさか……」

「その、まさかだよ!」


 白髪と赤い眼。そして下半身の邪悪な蛇。おまけにその背中からは不気味にさまざまな遺体と接合し、蛇の鎌首のごとく九本の腕となって花開いている。

 憎々しげに見開いたその双眸は、平田啓介と大国忍、ふたりをともに捉えていた。


「お前、まだ──」


 言いかけて、気づいた。あの泥の中に埋めたのは完全に失敗だったということか。

 土師清巳は九つの腕でさまざまな瓦礫──特に鉄素材の先端の鋭利な部分を選りすぐって手に取った。


「ちょうどいい機会じゃねえか。おまえらまとめてぶっ殺してやる!」



     ※



 御苑は悲惨だった。


 さんざん石や金属バットで殴られて、歪んでしまった装置がある。おまけに爆発物を持ち込んだのか、焦げ臭い匂いも漂う。

 自衛隊員が装置の修復を急いではいるようだが、それよりも一般市民の避難を優先するべくあちこちに出払っている。おまけに椹木信彦三佐を始め指示を出せる人物も怪我を負い、単純に人が足りない。


 少なくとも、無線で聞き知った状況とはそのようなものだった。


「そんな場所にボクたちが着いて、何がやれるんだろう……?」


 寿遼の言葉は、非難というよりは純粋な疑問形である。

 誰も答えない。答えようがない。

 ところがその時、思わぬ方向から呼びかけがあった。


「ちょ、ちょっとすみません」


 言われて振り返ると、二メートル近い巨人がふたりどんと立っている。

 うわっ、と声を漏らして尻餅をつく少年少女だったが、顔を上げた先には、肩に腰掛けた一人の弱々しい見かけの男性がいた。


「民間人がなんでこんな危険なところ……あ、マキさん」

「あ、あなたは、吉田さんでしたっけ」

「そうそう!」


 下の名前は忘れたけれど、そんな余計なことを言っている場合ではない。


「何やってんの。避難した方がいいですよ」

「避難避難、てみんな言いますけど、どこ行けば安全なんですか?」

「え、あ、まあそれもそうか」


 振り向いて、〈首のない巨人〉の立ち姿を見る。あまりにも大きすぎて、時が止まったように見えるがその一歩は途方もない距離を一跨ぎしている。

 すでに新宿駅を跨ぎ越えた現在、時間の余裕はない。


「ならいいや。急いで御苑へ。ぼくが結界を張り直しますから──」

「ほんと?!」

「まじすか!」


 安代麻紀と榎本輝は互いに顔を見合わせてハイタッチした。

 吉田恂はひとまず右近に指示を出し、さらに先へと向かわせようとするが、ふと思い出して、左近の両腕に抱えた人物を降ろさせた。


 弓削倫子だった。


「この人、重要参考人ですので、保護をお願いします」

「わかりました」


 女性自衛官が敬礼する。

 吉田恂も敬礼した。

 少年少女はよくわからず頭を下げた。


「行きます」


 とりあえず急がなければ──


 護法童子をふたり伴ってさらに加速する。その背中を追うように、少年少女一行はさらに進もうとした。

 ちなみに弓削倫子は女性自衛官が背負うことになった。やや安代麻紀に心配されたものの、「なんとかします」と言われてしぶしぶ認めるしかなかった。


 しかしその途中で、彼らはまだ困難に出くわすことになる。


 あたらくしあの信徒が、まだ自殺もしておらず、フラフラと彷徨っていたのである。彼らはもう世界の終わりを確信し、血走った眼で、それでもまだ自分に価値があることを信じようと、金属バットを片手に歩き回っていたのだ。その音を聞きつけた時にはすでに遅く、両者は遭遇していた。


「しまったッ!」


 目が合ってからの叫び声。あわてて踵を返そうにも、女性自衛官は弓削倫子を背負ってしまっている。

 重要参考人である。たとえこれが組織の人間であるからと言って信徒の暴走を前に置いていくことはできない。それこそがこの国の本来あるべきルールと在り方だ。


 しかしそれが時に生存判断を鈍くする──


 こんなところで、と悔しい思いが四人の脳裏に浮かびかけたときのことだった。

 緑色のバイクが著しい音を立てて横切った。べつに轢きはしなかったが、そのバイクからメガネを掛けた女性がひとり、飛び降りた。一見するとひ弱な外見である。しかしたちまちにして信徒ふたりを転倒させた。


「うわ、かっこいい!」


 思わず口から出る安代麻紀であった。


「大丈夫?」


 山崎ひかりである。彼女の背後で急に人型になった虎落丸が、「サア、サッサトオ縄ニツケ!」と叫んでいる状況も状況だったが、女性自衛官は困惑しながらも感謝した。


 これで当事者一同が徐々に東新宿の側に移動していることが明らかになっただろう。

 そして事態もいよいよ収束せんと、大詰めを迎えようとしている。


 先にたどり着いた吉田恂は、椹木信彦三佐と対面し、状況を聞き知る。そして修復のための知識を軽く教えると、呪符を手渡して配線の修復に用いるよう促した。

 五分程度の時間があった。そしてその間に、安代麻紀含む少年少女、山崎ひかり、虎落丸の一同が御苑にたどり着く。


 大きな結界石装置の、その陣形の周囲にドーマンセーマンの印が白墨で引かれていた。


「頼む。治っててくれ……!」


 祈るように、吉田恂が結界術を展開した。

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