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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File1:怪獣が目覚める時
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6.死霊たちの樹海

 庚たちが甲府に到着したときには、もう夕暮れが空を染めていた。

 すでにあちこちには自衛隊による道路封鎖が行われていて、富士山麓──特に青木ヶ原樹海から本栖湖に差し掛かる区画一帯は一般人の立ち入り禁止となったのだった。


「こりゃすごいですねえ」

「感心してる場合かよ」


 ずらりと並ぶ、自衛隊員たち。その肩書きは〈特殊害獣駆除作戦群〉もとい、特駆(とっく)群。

 数々の怪獣災害を経て、すでに国は対怪獣用に組織を動かせるようにしていた。その精鋭は、いまや道路封鎖と近隣民家の避難誘導とを行なっている。その動き方たるや、もはや富士山が再び噴火するとの予報があったかのようである。


 その傍らを、身分証とともに通り過ぎる庚と吉田ではあったものの──


「状況は?」

「すでに第二班までが突入して、連絡が取れません。何者かの妨害を受けている模様」

「対呪術装備は?」

「霊視バイザー、妖力妨害煙幕、催涙ガス弾、および結界破砕弾──これぐらいです」


 庚がうなずくと、受け答えしていた自衛隊員のひとりが苦笑いをする。


「もっともわれわれは人間相手に訓練してませんからね。申し訳ないですが、ここから先は頼みます」

「大丈夫。そのために私たちがいる」


 ごりっ、と拳を鳴らす。その右手から肩まで、唐草文にも似た紋様を刻んだアームカバーが覆っていた。


「今回はNPO法人の出る幕はないよ」


 野蛮な笑みだった。


 彼女はそのままさっそうとバイクにまたがり、道路封鎖の向こう側に走り出した。

 その傍らに鴉のかたちをした紙──式神が舞う。吉田のものだ。彼は庚に同行せず、自衛隊の陣の一画を借りて、相手の張り巡らせた結界の探知を行う。


《もともと、この辺りは霊気が強いですから、天然の結界にも気をつけてくださいね。ダテに霊峰なんて言われてませんから》

「ご忠告、どーも」

「あい、ドーモ」


 アー、と鳴く音に混じっての会話だ。


 とは言っても、バイク──もとい、虎落(もがり)丸が唸りながら進む道中だった。緑の躯体がアスファルトを突っ切って、飼育施設にもっとも近い路上で駐めようとしたのだ。


 そのときだった。


《左から霊気の波動があります!》

「待ち伏せかッ!」


 横殴りのあられのごとき衝撃が、まばらに連打する。

 庚はブレーキを掛けつつ、強引にハンドルを傾けた。途端、躯体が土煙をあげて九十度回転する。その向いた先は、ちょうど霊気が放たれた場所になった。


 アクセルを掛ける音と、第二射を目視するのは同時だった。


 前輪を高く上げる。馬のいななきのごとき轟音が、霊気の弾丸を蹴散らした。庚は速度を抑えつつも、樹々の方角に向けて、攻撃する敵のすがたを探し求めた。

 ところが、その仮説は外れた。人影はおろか、霊気を集中させている気配もない。あるのは攻撃的な怨念の塊だけだった。


「やばッ」


 庚はとっさにバイクから身を引き剥がした。虎落丸が間抜けな声を上げると、その躯体を看板にぶつける。ぐえっ。アヒルを踏んづけたような悲鳴が、庚の耳に刺さった。

 しかし謝るいとまもない。彼女は身を翻すと、樹々の影に身を隠した。


「……吉田、これはどういうこと?」

《樹海の怨霊がときどきあふれてヒトを襲うという話を聞いたことがあります。けど、今日は特別な日付じゃないから、その線は薄いかもです。なのであるいは──》

「もったいぶってないで教えなよ」

《はあ。敵の術かも、と》

「こんな大掛かりな? それに、中央道で見た術と全然別物じゃん。術者は三人なの?」


 いままでの捜査から、霊能者にはいくつかの分類と制約が判明している。そのもっとも重要な要素とは──


 一、術者の適性に応じて偏りが出る

 二、その偏りは性格や人間性に由来する

 三、適性外の術は基本不可能である


 庚の場合、身体能力の強化および五感の拡張がその霊能の最たる要素だ。遠くを視て、些細な音を聴き、匂いと味を察して、触れて物を知る。その脚力と腕力、スタミナは、集中力の続く限りで超人の域に達しうる。怪我の治りだって抜群に早い。

 しかしいっぽうで、吉田のように式神を使役することも、他者の感覚を借りて物事を分析することもできなかった。思考が鋭くなるわけでもない。あくまで自身の身体能力の限界が、人よりも幅広いだけだった。


 今回のターゲットに関しては、いままでの攻撃パターンから、少なくとも二種類の系統が判断できる。

 式神を作り、使役する術式。そして相手の感覚を麻痺させ、幻覚を見せる術式だ。


 しかし怨霊と式神は別物だ。妖怪・鬼神と怨念とでは、動物と人間なみに扱い方が異なる。ペットを飼うような心得では、ヒトの怨念は従わせられないのである。

 だから庚は術者の数が想定よりも多いと踏んだのだ。


 ところが──


《ちがうと思います。中央道で戦ったのは、おそらく一人です。そしてその人は津島ではない。いま戦っているほうが津島である可能性が高いと踏んでます》

「どうして?」

《考えてもみてください。津島自身のプロフィールには、際立った個性がありません。こんなこというとアレですけど、あの経歴からさっきの式神や幻術が可能だと思います?》

「……あなた、ときどきわたしよりも毒舌になるわね」

《事実を述べたまでですよ》

「ふーん、あっそ。じゃ、結論だけ教えてくれないかなあ」

《それはですね──》


 吉田の説明を受けて、庚はなるほどとうなずかざるを得なかった。

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