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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File3:信じるものは掬われる
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33.棄てられた者達の年代記

 二〇一八年、七月十九日。

 午前十時。上野。平田啓介は科学博物館へと足を踏み入れる。


 さまざまな生物が並ぶ常設展示──微生物に始まり、爬虫類や鳥類の標本を並べるさなかに、突如として現れる「怪獣」の項目。その先から広がるのは、過去出現し、拿捕されたり、駆逐されたりした怪獣のうち、比較的無事なものの骨だけが展示されている。


 かつて人類は多くの生物と競争した。この途方もない時間をかけた障害物レースはいまもなお続いているが、そのどこまで進んだところで、人類と微生物が──その原初の生命と最先端の生命だけが最も数を増やしているという不可思議は、ここ百万年ほど揺らいでいないというのが実態だった。


 だが平田啓介に用があるのは、ここではない。途中の回廊を何度か経由し、彼が向かった先には特別展示があった。そこに目的の人物がたたずんでいた。


「どうも」


 冬堂井氷鹿である。相変わらずのロングコートだった。

 汗だくの平田が嫌そうに目を細めた。


「おまえ、ほんとに羨ましいよ」


 井氷鹿は肩をすくめた。


「体質なので。逆に冬はダメなんです」

「冬眠でもするのか?」

「まあ、そんなところですかね」

「岐もそうだが、自分の身体でカミ様祀る血筋ってたいへんなのな」


 背広を片手にぶら下げて、エアコンの風が向く先を求めてプラプラ歩く。

 それを見守るようにしながら、井氷鹿は涼しい顔で微笑む。


「そういうあなたも他人事ではないですよ。篤胤(あつたね)の一族は、国家祭祀の立役者ではないですか」

「その話はよそうや。俺ァ出来の悪い息子なんだそうだ」


 平田は途方に暮れたように、特別展示を端から端まで見渡した。


 瓦礫の山があった。


 原始時代の火打ち石に始まったこの展示は、釘とハンマー、鍛冶道具、破城槌、振り子から鉄工所の装置へと続き、近現代史に向かって加速していく。

 二〇世紀に入ったとたんにそれは無数の機械と人工物の無残な姿に移り変わり、無機質な年号と死傷者の列挙になっていく。


 一九四五年。

 一九六二年。

 一九九五年。

 二〇〇一年。

 二〇一一年。

 そして、二〇一五年。


 ここにはたくさんの衝突があった。弾頭の衝突。核分子の衝突。東西の衝突。地殻の衝突。宗教の衝突。文明の衝突。飛行機の衝突。自動車や列車の衝突。海と大地の衝突。

 そして、予期せぬ生物との衝突。

 衝突のたびに何かが炸裂し、何かが亀裂を起こした。そのなかで無数の生命が火花として散り、次の戦火の火種となった。諍いが、争いが、そして戦いが繰り返された。


 災害と事故(アクシデント)の展示会。


 ここには人類の失敗の歴史がある。歴史の亡霊たちの慰霊碑。あるいは、声にもならぬ声たちが追悼される霊園。

 その秘められた叫びが、無数の残骸となって、記憶に残ろうと足掻いている。


「……あの()はとんだダークホースでしたね。内閣調査室(うち)霊能者調査(とりしらべ)でも、その存在を見いだせていませんでした。もっとも、もし見つかっていたらこのようなことにはならなかったはずですがね」

「才能、か」

「はい。隔世遺伝かなにか、とにかく特定の遺伝子の組み合わせで、血筋と関係なく突如発現する霊能というものがあります。結社はそういう人物がないか、つねに血眼になって探し回っているんですよ」

「んじゃあ、結社も老眼になったんだろうよ。こんなにやらかすほどの逸材を、鼻先にぶら下げながら気づかなかったなんてな」


 ははっ、と井氷鹿は乾いた笑いを上げる。


「違いない。そろそろ結社も世代交代が必要です。いくら戦前生まれが少なくなったとはいえ、昔ながらのやり方が通じにくくなっているのを、まだわからない人は多い」

「……あんた、組織が違わなかったらいい酒でも呑めたかもしれねえな」

「ありがたいお話です。が、すみません。私は酒もダメなんです」

「そうか、残念だな」


 んで、と平田は一度逸れた会話の軌道を元に戻した。


「〈あたらくしあ〉の調べはちゃんとできたんだよな?」

「その辺は抜かりなく。宗谷紫織のことも、加入後どんなことをしていたのかも書かれてます」


 差し出されたのは、彼自身でコピーを取った極秘資料だった。

 それを受け取り、軽くめくる。その中身を見て、平田は眉をひそめた。


「ひでえな。『特殊プログラム』って言ってるこれはなんなんだ?」

「かつて米軍が用いた超能力(P.S.I)開発研究の延長線上にあるものです。死者が出たことがあるので封印されていたとのことでしたが」

「おいおい、望月サヤカはそこまで繋がりがあるのかよ」

「おそらく、《HOUNDS》グループからでしょう。あそこは向こうの政治家が色々握っているとのことですから」

「全く、環境保護(クリーン)団体も口先ほどきれいじゃないのね」

「慈善団体の全てがクロだとは言いませんが、組織的に何かをやろうとした時、奇妙なつながりがその本質を捻じ曲げてしまうことはよくあります。〈あたらくしあ〉も《HOUND》も、そうした意味では前線で無邪気にはしゃいでる子供に過ぎません。悪い奴を見つけて叩きのめせば万事解決するだなんて、子供向けのお話の中だけでしょう?」

「そうか? おれは、そういう意味でも少年漫画が好きだけどな」

「そうですか。人の好みに口出しはしませんが……」


 井氷鹿の冷ややかな目線に、平田は素知らぬ顔で続ける。


「悪い奴がいるから懲らしめる。これは、人類が昔から持ってる物語/歴史(ストーリー)の典型だよ。それは国境を超えるし、世界的にわかりやすい。だからと言ってそれを頭ごなしに否定するのは、性欲を否定して性教育をさせないのと同じぐらいアホくせえと、おれは思うんだがね」

「…………」

「大事なのは知ることだよ、もちろん。だが、知る以前にそれが〝面白い〟と感じてしまうことも受け容れないと話になんねえ。頭ごなしに『アレはいけねえ、コレはいけねえ』ってやられてきて、結局何していいのかよくわかんないまま育ってきた奴らもたくさん見てきた。自分が何したいのかわかんないから、自分が助けて欲しいのかどうかも分からない。そんな調子で悶々と過ごしている人間こそが、いざって時に事件を起こすもんじゃねえのかい」


 まるで自分がそうだったみたいな含みを持って、平田は語っていた。


「〈あたらくしあ〉みたいなよくわからん新々興宗教がのさばってるのも、結局のところ、世の中を担っていくべきおれたち自身が、ほんとは自分がどうしたいのかを、自分が何を大切にしていきたいかを自覚しないまま生きてきた、その長い忘れ物の果てにあるんじゃないのかね。自分でわからんものをヒトに教えることなんてできないし、教わってこなかったものは自分が痛い思いするまでわかりっこないんだからさ」


 そう言いながら、また平田は特別展示の無残な姿を眺めていた。

 これは力を使い損ねてきた人類のうぬぼれの歴史でもある。


 ふと、平田は井氷鹿に向かって問いかける。おまえはどうなんだ? と。

 青年は、ロングコートの襟を立てて、口元を隠した。


「……()()()、力なんてない方がマシだといつも思ってますよ。だから望月サヤカのやり口は気に食わない」

「そうかい。いい心掛けじゃないか」


 沈黙があった。無数の廃墟、そのレプリカの中を男ふたりで歩きながら、悲惨の背後に隠れた声を聞く。運命のいたずらによって死んだもの、他者の傲慢によって人生を途絶したもの、天災に巻き込まれて日常に消えない傷痕を残したもの──

 暗然とした展示空間を照らす白い照明は、さながら一個の月だった。


「……そういえば、そちらの方の調べでは、宗谷紫織の痕跡はどこまで辿れたんです?」

「ん? ああ、〈あたらくしあ〉に入るまでだ。それまでは、まあ、あまり見ても楽しくない苦労人の人生って感じだったな」

「しかし、親御さんはいたはずじゃあ」

「母親は三年前に怪獣災害で死んでる。それで補助金が出てた。父親も、失業するレベルの大怪我だった。死んだのは二年ぐらい前だったかな」

「お気の毒に。それは、やはり怪我がもとで?」

「いや」

「では、何が?」

「餓死だよ」


 井氷鹿の足が、止まった。


「聞き間違いじゃねえよ。娘の介護虐待で、そいつは死んだんだ。発見された時、娘が失踪していたから捜査としては未解決事件になってたが、少なくともベッドに革ベルトでぐるぐる巻きに固定された遺体を、〝不幸なこと〟とは言えないよな」

「……」

「同情するつもりだったんなら、もうよしておけ。あれは、もう戻れない人間になっちまってる。未成年とは言え、きちんと法の裁きを受けなきゃいけない」


 冬堂井氷鹿は、ゆっくり首を振った。


「もう慣れたはずなんだけどな」

「そうだな。こういう事件見ると、おれたちは何を守ってるのか、まじでわかんなくなっていくよな」

「ええ」

「お互い苦労するな。上層部のめんどくささについては、さすがにおれも同情する」

「どうも」


 肩をすくめる。

 平田啓介は初めてここでほおを緩めた。


「文化的な時間をありがとう。憲法二十五条万歳って感じだ。あとはこっちでどうにかするから、そっちはそっちの好きに動いててくれよ」


 そう言って、ふたりは別れた。同時行動するなんてヘマはしない。

 博物館を出て、天を仰ぐ。南中する太陽を透かし見ながら、そこに見えないはずの月を睨み付ける。


「さて、どう出る?」


 その問いは、虚空に消えた。

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