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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File3:信じるものは掬われる
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8.怪獣出現速報!

 夜。新宿──歓楽街の喧騒と目がくらむばかりの看板、客引きが行き交う中を、庚と飛鳥はふたり歩く。


「む~……」


 庚を見上げた飛鳥の眼光に、羨望の色がやどる。


「せいたかノッポのぼんきゅっぼん……」


 身長差が視線の斜辺を引いた。

 わりと、鋭角に。


 心の声が洩れてますよ、お嬢さん。とは、まさか言えない。相手はいちおう怪獣・怪異を狩る本場のプロ。PIROと呼ばれれば、ああ、と頷くほどの、それなりに長く歴史と成果を持ってる組織の一員なのである。

 おまけにこの東海林(しょうじ)飛鳥(あすか)なる人物、二〇一五年五月に始まる一連の怪獣事件に直接関与し、ただならぬ活躍をしたという。当時高校生であるからして、戦歴・実力は庚のそれを上回る。喋れば喋るほど真偽のほどは藪の中へと退いていく気がしないでもないが、天性の勘のようなモノが冴えているのは、しろうとではない庚にはおのずと知れた。


 ときどき、ラプ太と名のつく自身の式神と会話している様子がうかがえたが、当のラプ太は姿を見せない。吉田のように、式神と遠隔で会話する術を心得ているからだろう。

 しかし会話の雰囲気から、長きにわたって信頼してきた相棒であることはわかる。


 庚にも式神はいた。バイクの形状をした付喪神の一種──正しくは鎧侠霊(がいきょうれい)と呼ばれる──で、名を虎落(もがり)丸と言う。人型カマキリみたいな格好に変形し、格闘し、飛翔する。しかし妖力の消耗が激しいのか、ふだんはせいぜいしゃべるバイクといったところだ。

 そんな彼女の式神は、用があればすぐにスマートフォンで呼び出せるよう、近場に待機している。妖力ではなく公共の電波と電力を使っているところがこの相棒の面倒な点だった。おかげで庚の電気代が一向に減らない。


 さて、余計なことを考えるのはここまでにして──と、庚は考える。


「それで、この辺りなんですか?」

「んェ?! あッ、ハイ! そうです!」


 ギクシャクしている。

 さっきからずっとこんな調子だった。


 そもそもの話をしなければならない。


 きっかけは平田・吉田調べに基づくある一連の情報網──飛鳥含む一同で、執務室でおこなわれた会話を思い出す。


『あたらくしあが妖怪ハンターを募集してる?』

『そうだ。扶桑(ふそう)速報! なる掲示板サイトがあるんだが、あそこから怪獣出現デマやエロサイトへのバナーに混じって求人広告が貼ってあった』


 平田いわく、見かけは本当に大したことないビジネスサイトに飛ばされるのだが、特殊な経歴でないと申請処理ができない仕様に組まれているらしい。

 とにかくそのサイト経由で採用された〝ハンター〟は、独自の連絡網から日々怪獣出現予報のようなものを受け取り、賞金稼ぎよろしく狩りに興ずるという。


『少なくともおれたちの月給よりも支払いは良いらしいぞ。安全保障手当も全額出るし経費も申請できる』

『へえ……』

『案外悪の秘密結社ってのは、残業代も出て福祉もしっかりしたホワイト企業なのかもしれんな。でないとコソコソ隠れて悪事なんて働けない。文句もなければ自ずとみんなの口も塞がる。うらやましいよ、ホントに』


 東海林飛鳥はそこに割り込む。


『でもッ、その人たちがやってることッて、〝悪いこと〟……なんですよね?』


 平田はため息をついていた。


『まぁ、な』


 平田にしては歯切れの悪い。あの時は、なんとなくの違和感だったが、いま思うと奇妙なことだった。


『とにかく、ふたりにはこの〝予報〟なるものをもとに怪獣を確認してもらいたい。あわよくば、〝妖怪ハンター〟どもも、だ』


 そういう次第だった。


 予報には時間の指定もあって、その時間までにはまだ余裕があった。

 だからいったん二人で軽くお茶でもしようということになった。もし仮に現場に〝妖怪ハンター〟がいたとしても、それが誰かを特定することは難しい。それよりは、新しいパートナーと信頼関係を築いたほうがいい。そういう判断だ。


 新宿歌舞伎町の近辺で、カフェに入る。そこでふたりは紅茶を頼んだ。

 

(くなど)さんは……ええと、なんで警察に入ったんですか?」


 飛鳥は紅茶に砂糖とミルクを容赦なく淹れながら、訊いた。


「そうね……なんでだろう。たぶん、その方が〝何かできる〟って感じたからだと思う。東海林さんは──」

「飛鳥でいいですよォ。年下ですし。ちょっとヨソヨソしいですって」

「あー、うん。飛鳥さんは……PIROはなりゆきで入ったんでしょう? 経歴、調べちゃったんだけど」


 庚はストレートのまま紅茶を飲んで、それから続けた。

 飛鳥は目を丸くしていたが、いろいろと察したのか、あえて何も言わなかった。


「だからある意味、似たようなものじゃないかな」

「うーん。どーだろ。わたし、いまやってることには誇り持ってます。いまはもうそうじゃないけど、怪獣とか妖怪って、それまで誰も知らなかったか、知っててもヨソごとだと思ってたんです。わたしもそうだった。でも、関係ないって思ってたら、巻き込まれて、友達巻き込んで、メチャクチャになっちゃったりしました」


 今度は庚が目を丸くする番だった。


「そういうのって、ひとりで頑張ったってなんにもならないかもしんないけど、でもわたしが頑張れば一人ぐらいは助かるかもしれないんです。うちもチィちゃ……アッ、えと、友達に、助けられたんです。だから今度は……わたしがそうやっていくべきかなッ、てそう思ってやってますです」


 向き合った少女の目がしたたかに輝いた。そのまなざしが、妙にまぶしい。


「そっか。しっかりしてんだね」


 絞り出すように、応えた。その真意などつゆ知らず、飛鳥は照れてごまかす。


 当たり前といえば当たり前の話だが、テレビやネットで起こった事件には、当事者がいる。現場に居合わせて、直接的にも間接的にも被害を受けた人がいる。いま庚が相対しているのはまさにその当事者だった。そして、当事者でいながら、実践者でもあった。

 庚はいままで自分がいる社会の変化や事件の数々に対して、仕事上、そこそこまじめに取り組んできたつもりだった。事件を調査し、プロの技術を知り、事件の犯人たちと直接対峙してきた。しかしどこかで自分は当事者ではないような、そんな浮遊感もあった。


 その理由がいまわかった。身近に被害者がいないこと。それである。


 親。親戚。兄弟。恋人。あるいは友達、同僚。誰だって誰かと関係を持っている。友達の友達だってひとつの関係だ。

 庚は一度としてそうしたものを損なったことがなかった。親への反発だってしょせんは反抗期でしかないし、友達だって距離は離れてもどこかで生きているとわかってる。


 しかし、東海林飛鳥は──目の前の少女は明らかに喪失を知っていた。

 だから経歴だけを見て、うっかり自分と似たようなものだと思った自分が恥ずかしくてならなかった。


 わたしにはそんな資格はない。

 庚はそう思った。


 それからは他愛もないことばかり喋った。友人関係、恋人の有無、上司の話……そのどれもがバカらしくて、細かいことは覚えてられなくて、その場限りで盛り上がった。その振る舞いは、果たして本当に凄惨な事件の経験者かと思えるほどに。


 ふと、時計を見た。もうじき頃合だ。


「行きましょう。現場の点検も必要だし」

「はーい!」


 すっかり打ち解けた感じである。というより、飛鳥自身が飛び込んで垣根を壊すタイプだったというのが、実際のところ。


 いちおう歳上だから、という理由で庚が会計を持つ。会計を見ていつも庚は不思議に思う──紅茶二杯ってこんなに高かったっけ。

 お釣り込みで財布から千円札二枚出そうとする。そんな時だった。


 Booo! Booo! Boooo!


 異様なアラーム音が、空間を席巻すると、耳を塞いでも聞こえてきそうな重低音がとどろいた。アラーム音の正体はあえて口にしなくてもわかってる。

 怪獣出現速報だ。気象庁やPIROの技術協力によって作られた怪獣観測装置が、巨大な妖力波動を探知した瞬間にその出現を予測する。避難指定区域に選ばれた地域に、位置情報を持ってる端末が一律でアラームを鳴らすよう設定されているのだった。


 Booo! Booo! Boooo!


「飛鳥ちゃん!」

「ガッテン了解です!」


 お釣りは要らないと啖呵(たんか)を切って、庚は後から追いかけ、店を出る。


 歌舞伎町前の路地に出ると、早速スマートフォンで式神:虎落丸を呼び出した。


《アイ、庚サマ、出番?》

「早くしろッ! 聞いたろさっきのアラート!」

《ガッテンラジャ!》


 聞きながら、どっかで耳にしたフレーズだな、と思ったが、たぶん気のせいだろう。

 動揺し、上ばかり見て怪獣を探す人々をかき分けて、庚はレーダーを参照する。出たのは東新宿の大通り。ビルに接触せず、大通りを南下する形でゆっくりと進行中。


 いよいよだった。庚はふだんの仕事道具を──神を(もど)くための特殊装備を装着しながら、昂る興奮を抑えきれずにいたのだった。

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