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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File3:信じるものは掬われる
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7.こちら超常現象対策捜査局関東支局也

 業務が加速し、帰宅できなくなってから三日が経とうとしていた。


「ちくしょー。おれもさすがに昨日は帰れると思ってたんだがな」


 平田が愚痴をこぼす隣りで、目の下のクマを作りながら山崎ひかりがタイピングをしている。その作業がふと止まったかと思うと、素早くデスクの傍に置かれた不撓(ふとう)不屈(ふくつ)ドリンクを手に取った。

 かつて庚が山崎の愛飲対象を見て、「ザキヤマ先輩って不撓不屈派なんすねー」と言ったことがある。そしたら彼女の返事は次のようなものだった。


「翼が生える方が、好きじゃないの」


 健康的にはどっちもカフェイン過多でからだに過負荷を掛けるものだとは思うのだが、それでも好みというものはあるのだろう。

 かく思う庚は目薬が欠かせなくなっており、二時間に一回は差している。あんまり濫用すると眼球に響くとは言われるのだが、どうしても使わざるを得ないから、防腐剤の入ってないものを愛用している。


 愛用? 濫用というべきか。


 そんなことをポタポタと三滴目玉に垂らしながら、庚は思った。デスクのティッシュペーパーを抜き取り、涙のように溢れる目薬を拭い取ると、霞みかけた視界が一瞬だけ輪郭を強く描くのを見てとる。

 わたしはなんでこんな仕事を選んだのか──


 別にむかしから何かの役に立ちたいなんて思ったことはなかった。

 むしろこの世の中なんてクソ喰らえと思っていたし、家族も学校も信じてなかった。時は平成初期の頃、少年犯罪とゆとり教育が交互に暴走し、リストカットといじめとひきこもりが全国ニュースの冒頭を飾ったあの時、庚は自分の血筋がもたらしたその力を、ただひたすら持て余してすらいたのだった。


 親元を離れて上京したのも、そこで一切連絡を取らずに好き放題やってきたのも、それまで受けてきた父母の厳しい教育への反動だったから、とも言える。

 しかしあの日──三年前に出現した怪獣事件はこれまでなんとなく続くと、これからもなんとかなっていくと思ったはずの現実を、ことごとく壊してしまった。


 甲府の怪獣──さる筋の機関からは〈黒曜怪獣:ヤタガラス〉と名付いたその異形の巨獣は、あとに続く妖怪変化・怪獣災害を世に知らしめた第一歩となっていた。

 それはある種の恐竜時代の再来であると同時に、哺乳類がネズミ大のサイズで怯え逃げ惑っていた時代の再現でもある。灼熱の太陽に炙り出されたコンクリート・ジャングルに肩身を寄せ合う生命は、いともたやすく刈り取られてむなしく花を散らせた。


 甲府より二ヶ月後、二〇一五年七月。東北からいにしえの怪異が出没。のちのコードネーム:アラハバキが新宿へと南下し、それに呼応してか大量の怪異・怪物が出現した。

 この〝百鬼夜行〟はあまたの被害者を出し都市部への破壊も尋常ではなかった。時の政府は復興責任を取って数ヶ月後に総辞職し、のちの内閣も「復興か経済成長か」という際どい二択問題を失敗してたびたび首をすげ替えられて来たのだった。


 その施策の行き違いに苦しむ人の話題がSNSやニュースで炎上するたび、当時大学生だった庚は不気味なぐらいの居た堪れなさに何かをしなきゃと焦ってすらいた。

 しかし焦れば焦るほど、彼女は自分の生まれと育ちの良さを呪うことになる。なにせ地元じゃ立派な巫覡(みこ)の家系、(くなど)の一派と言えば、神の言伝にかこつけて親戚縁者の権力の座席をどうとでもできた、そんな政治結社の大幹部なのであった。


 たとえどんなに父から厳しくされて苦しかったとはいえ、たとえ母が早くに病気に斃れて亡くなったとはいえ──庚の来歴は優良・裕福・正常のレッテルでがんじがらめになった瓶詰めのようだった。

 だから蓋を開けるまではその中で渦巻いているものが誰にも分からない。庚は必死になればなるほど、「お嬢様育ちに何がわかる」と鼻で嗤われ、世間知らずを罵られ、どうせ使うなら親のコネでも財力でも使えばいいのにと僻みの一発も喰らってきた。


 いまの仕事に志願したのは、思えばたまたまだったのかもしれない。

 自分の来歴。スキル。それから異能。そのすべてを活かし切る場を考えていたその時、警察の関係者が庚の素質を見込んで声をかけた。そのおとここそは平田啓介──いまの直属の上司でもある。


『世の中をギャフンと言わせる仕事がある。普通の人間じゃできないことだが、普通の人間には耐えられないブラック企業だ。それでもやってみるか?』


 なんであの時、首を縦に振ったのか……思い返すと後悔しかない。

 なにせ私生活なんてあってないようなものだし、黙秘事項も多いし、せっかくの休みも前日までの超過勤務で疲れ果てて、寝て終わることも多々ある。世間一般では月百九十時間あたりを超えると法的にブラックらしいが、かくいうそれを取り締まる国家機関はというと、この世で最もドス黒い。


 まさに毒をもって毒を制す、だ。


『マッ、公民の教科書みたいにはうまくいかないよ、お国の話はね』


 平田個人はその辺はあっけらかんとしている。その白々しい態度の裏で一番働いてるのも、なんとなくバレてはいるのだけれども。

 そんな平田当人が、ふとスマートフォンを手に通話を始めた。「おれだ……アア?」と言ってからは声を低くして部屋の隅に行く。「ウン……ウン」と頷く声だけがハッキリ聞こえる。それから通話を切ると、眠気に埋もれたデスクを振り返って、言った。


「少し席を離れる。作業は進めてろ」


 山崎が無言でひらひらと手を振った。


 平田が部屋を去ると、庚は山崎とふたりきりだ。吉田はというと、別件の張り込みで現場に出向いていた。


 庚のツテからあたらくしあの動きが判明してから、急きょ組織内の極秘調査を連打していた。もし冬堂井氷鹿の密告が本物だとすれば、すでに望月サヤカの情報網は政府首脳の耳もとでささやくほどまでによく出来上がったものであり、うかつに手は出せない。

 だからこそまず平田が手を打ったのは、誰がどっち側なのか、ということをできる限り洗い出すことだった。


 少なくとも、内閣調査室の主要なメンバーは望月サヤカに首ったけだった。

 おまけに公安調査庁のほうにも縁があるらしい。「二股掛けるヒトはさすがにどうかと思うけどなぁ」と感じたところで、さらに無数の組織に関連の手があると判明し、いよいよ目が細くなった。


 政府諜報、企業、警察上層部──


 この情報網の広さは尋常ではない。もはや政府を裏で操る人形遣いと言ったところか。

 しかしこの(いびつ)とも、あり得ないほど完成された体制は、庚の家族が所属する政治結社の一派であれば不可能ではない。なにせ戦前から続く霊能者の集まりであり、歴史にあえて名を載せないことで影響力を担保してきた組織である。


 太陽を背にした三本足の(からす)──その象徴を背負ったその組織は、庚や冬堂井氷鹿、望月サヤカをこんがらがった運命に結びつける赤い糸に他ならない。

 いよいよもって事態は馬脚をあらわにしていた。だが、わかったからと言って、どうやって手出しをすればいいのか。


 そのところを、先日から平田は方々の部署を歩き回って画策しているのだった。


「ザキヤマ先輩。今日は平田さん、どこに行ってんでしょうね」

「さあ」

「……案外そっけないですね」

「そうね。正直、どこ行ってても、平田さんなら、変わんない」

「ま、まあそうですけども」


 とはいえ重要情報を報告したのは庚自身であるからして、状況がいまどうなっているのかは気になってしまう。


 しぶしぶ手元の端末に目を戻す。現在着手しているのはあたらくしあの支部と過去の怪異事件との関連性をマッピングする作業だ。

 しかしやってみてわかったのは関連組織が有する怪異事件のデータベースの中に、ある保留付きの事件簿があるということだった。


『なーんかこのあたり、〝要検証〟とか〝不確実性高シ〟とかあるけど……』


 その事実の裏取りに、怪異事件の専門集団たる超常現象対策捜査局(PIRO)に問い合わせる。すると返事は次の通りだった。


『アー、これね。通報とか、検知はあったんだけど、接敵しなかったやつなの』


 支局長から直接対面で聞いたことなので、間違いはないはずなのだが。


『接敵しなかった?』

『そう。レーダーに反応はあったんだけど、見る前に消えちゃってて。現場を点検しても痕跡ナシ。出動した分骨折り損だったのよ』

『はあ……』


 それが、ここ数か月で増え続けている。


『わたしたちの方でもこの件、調べてはいるんだけど、霊能者の事件性があると厄介だし、怪異事件だけならむしろ人手が足りないくらいだから』

『いちおう、そのために私たちがいます』

『助かります。すぐに過去の怪異消失事件のデータをお渡しします。それから、次に対応しやすいように、この手のカンが鋭い子をそっちの班に送って共同捜査するっていうのはどう?』

『有難い申し出ですが、後者はいったん持ち帰らせてください。決定権は私にないので』

『そう。お互い大変ね』


 この時もらった資料が、いま画面上にマッピングされているデータである。


 場所は関東圏内にまばらに点在する。甲府から前橋、横浜から船橋まで。とりわけ都内二十三区は無数の点描を取りつつも、その時系列に合わせてもあまりに散らかっている。

 それでもある程度の規則性は見えた。富士山麓の村から都内まで、一ヶ月のスパンでプロットしてから散らかるようなかたちで、データは何かを物語ろうとしている。


 その最初の点は、二〇一八年五月の半ばを指している。ということは──


「富士山麓《HOUNDS》襲撃事件……」


 怪獣を「大自然の怒り」と目してその解放を訴えかける環境テロリスト集団、《HOUNDS》。彼らが起こした富士山麓の怪獣研究施設の襲撃事件で、施設から脱走した怪獣は、庚が現場判断で殺害したヤタガラスの幼生と、再捕獲されたラガルを含むと、六体。残り四体は痕跡すら明らかではない。

 しかし施設で保護されるほどの巨獣である。それらがうかつに場所を移ろうとすれば、周辺の土着の妖怪も黙ってはいない。その騒動が、怪獣の移動と共にもみ消されてきたのだとすれば……


 ただ、問題はこの線とあたらくしあ、望月サヤカの動静とが、まだ確実に繋がらないということ。


 いちおうの報告資料は作成したが、どうにも仮説が前列に立ち過ぎていて、確証に欠けることは請け合いだった。平田はそのことで無碍にするような人ではなかったが、もっと確実な情報を取りに行かないと、検挙にまでは至らない。


 ため息。また目薬とカフェインが欲しくなる。


 その時だった。


「戻ったぞー」


 ふらっと平田が戻ってきた。ふと時計を見ると、十五分かそこらしか経ってない。


「あれ? 早かったですね」

「まあな。お客様がお越しだ」

「お客様?」

「おう、入んなよ」


 それで、セミロングの黒髪にヘアバンドをリボンのように巻いた、文字通りの体育会系女子大生を絵に描いたような存在が、平田の背後からやってくる。

 彼女はそれこそ、ヒョコッと擬音をつけたくなるような小ぶりな身のこなしで前に出ると、「お疲れ様ですッ!」と場違いなほど元気な声であいさつをした。


「超常諸件捜査対処局(PIRO)より参りました、東海林(しょうじ)飛鳥(あすか)です。よろしくお願いします!」

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