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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File2:鼠と龍のパーフェクトゲーム
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12.山猫は決して眠らない

 後ろ脚で歩く種族が立ち去り際に語りかけたのは、猫さん、という愛称だった。


 その呼び名で雷獣が思い出したのは、仙狸(センリ)という、猫又(ネコマタ)の祖先とも呼べるような妖怪の存在だ。ここでいう()とは、ヤマネコの意味である。彼を飼っていた古代の文明種族は、当時幼生だった雷獣のことを猫又の子供と勘違いして迎え入れてくれたのだ。


 かつて、怪異の存在はヒトが両脚で立つよりはるかむかしからこの世に生まれ出た。いっときは恐竜と言われ、その仔細をめぐって原始哺乳類とも、魚竜とも呼びならわすこともあったという。

 その一部には、雷獣を飼育するような小柄な知的種族の存在もあった。いまではムーやアトランティスと呼ばれる幻の大地にあって、その存在は遠い過去の伝説となってしまったが、雷獣はその文明種族とともに暮らしていたのだ。


 しかし、彼らは雷獣の尾が裂けてこないことに疑問を持った。それで初めて、彼は仙狸ではなく雷獣だと知らしめられたのである。


 ──そんな遠い遠いむかしのことを、よもや思い出すとは思わなかった。


 雷獣の耳は、長い放浪の時代を経てもなお、古代の文明種族が遺したことばの残滓(ざんし)を聞き取っていた。そこに正確な意味は汲み取れなかったかもしれない。だが彼は後ろ脚で歩く種族の放った音声が、自分に呼びかける名前であったことに気づいた。


 脚に力を込める。妖力は弱ってはいたが、まだ尽きていない。

 雷獣がようやくそのまなこをこじ開けたとき、船が揺れた。視界の端でおんなが巨大な肉塊に飛び込み、金剛鉄拳を食らわせた瞬間だった。


 ぐらりと揺れるさなか、雷獣を襲ったあの破裂音がふたたび彼の耳を揺さぶる。それで初めて繋がった。あの後ろ脚で歩く種族の一匹の手のひらから放たれたものが、いまもなお雷獣から力を奪い続けているものの正体である、と。

 怒りが、(うず)いた。心臓がキリキリと締め付けられるように痛み、首からとめどなく流れ出している。それでもなお立ち上がり、復讐(ふくしゅう)の一撃を加えるべく、強襲の姿勢を取った。


 狙いを定める。そこはおとこの心臓を一気に貫き、その向こう側に海坊主の繭をも見据えていた。

 そして渾身の力を振り絞り、全身を稲妻に変えて、空を走った。



      ※



 ばちん、と空気が爆ぜる音がして、横に電流がほとばしったかと思うと、麻宮徹が船倉部の底に転落した。

 庚がなにごとかと電流の向かった先を振り向くと、海坊主の(まゆ)に黒々とした焦げ付きと、生肉が焼けていくときの苛立たしい悪臭とが漂い始めている。


 とたんにぐらぐらとまた別の微振動が船体を揺らすと、ついに繭の向こう側から、ギョロリと魚類の目が動く。

 ついに海坊主が目覚めたのだった。三千万年もの眠りを超えて、その身に妖力がみなぎったのである。


 まるで内側から梱包(こんぽう)を破って出るかのように、(まゆ)を引きちぎりながら、海坊主の巨体がこうべを持ち上げる。その皮膚は乾きながらも焼きただれ、ときに腐臭を帯びつつも、生まれたての赤ん坊のごとく四つん這いのまま周囲を見回した。

 庚はいつになく自分の身に危険を感じた。八十(ヤソ)(タケル)崩鎚(カムナヅチ)の最後の一発を撃てば、いまの海坊主は退治できるかもしれない。しかし狗龍を駆逐できていない手前、うかつに行使できるわけではないのだ。


「まじでやばいかも」


 庚は思わず自嘲する。この世がもしゲームでしかないとするならば、盤上を降りることはまた別の盤上に立つことを意味する。逃げたと思えば鉢合わせ、すれ違ったかと思えば結局同じトーナメントに巡り会う。

 結局勝ち負けがすべてなのか。庚は自分の終わらない戦いを、ここで初めて予感し、恐怖した。彼女たちが戦うのは犯罪者だけではなく、人類より長大な歴史を誇るあまたの生命の始原の世界そのものだったのだ。


 海坊主の寝ぼけまなこが、庚の存在を捉えた。目が合う。先ほどまでは余裕のあった彼女も、今回ばかりは表情を強張らせた。


 と、そのときだった。


 ハッチから海坊主に向かって飛び立つもうひとつの影があった。その影はひらりと舞い降りながら、右手に握った刃を──霧幻朧長船を振り下ろし、海坊主の顔に縦一線の傷を作ったのである。

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