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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File2:鼠と龍のパーフェクトゲーム
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11.大番狂わせ

 山崎ひかりの提案は、すごく簡単に要約すると、こうだった。

 この誰が仕組んだかわからないゲームそのものを、破壊する。すなわち麻宮が管理している盤──いわふね丸という舞台そのものをひっくり返すことだった。


「くだらない、ルールは、壊せば、良い」


 そういう理屈だった。庚は思いがけず笑みを浮かべる。


「先輩言ってることめちゃくちゃですけど、そういうの、わたしは好きですよ」


 手順は非常にわかりやすい。ひかりが狗龍たちを退けているあいだに、船倉部で眠っている海坊主を力づくで叩き起こす。この起こす役割は、庚が適任だった。

 庚が所持する擬神器:〈八十(ヤソ)(タケル)崩槌(カムナヅチ)〉は、五行思想でいうところの(ごん)の気に当たる。(もく)()()(ごん)(すい)で割り当てられる、東洋独自の自然哲学からなるこの五つの属性は、その名付けられた順番で他の属性を強化する法則を持つ。俗に五行相生(そうじょう)と呼ばれるものだ。


 海坊主は、その名前からして水の気に当たる怪異だ。だとすれば、いまは休眠状態にあっても、金の気によってその力を増幅させれば活動を再開するかもしれない。その可能性に賭けるというのだ。

 もちろんそれによるリスクはあまりにも大きい。船が横転する可能性も込みで、ひかりは吉田と相談し、吉田は苦笑いでそれに応じた。その間わずか三十秒程度。


 山崎ひかりは、眠ったかのように横たわる雷獣をそっと撫でて、何事かをささやいた。それから立ち上がると、石室を最後尾にした三人の隊列を組む。


「じゃあ、救命ボートはよろしく頼みますよ、ザキヤマ先輩ッ!」

「まかせて」


 こうしてふたりの行動は、分かれた。


 とっさに二手に分かれたところで、麻宮もどうしたものかと判断に迷ったらしい。一瞬だけ生まれた隙が、庚にとっては好都合だった。彼女はハッチの縁に足を乗せて、自身の常人離れした身体能力を解放すると、麻宮徹の立つ肉塊に向かって飛び出した。

 おそらく背後では狗龍たちとひかりが激闘を繰り広げているのかもしれない。しかしいまはそれに構っている余裕はなかった。信じるだけだ。彼女はただ、自分の為すべきことを為さねばならなかった。


 麻宮がようやく魔弾を込めた銃口をこちらに向ける。しかしすでに遅かった。庚のこぶしは自身の妖力を凝縮させ、〈八十剛崩槌〉の先端へと昇華する。

 気合の発声とともに、肉塊に金剛鉄拳が撃ち込まれる。


 その衝撃は圧倒的だった。


 先に狗龍の首を千切ったものとは比べものにならない。この擬神器は、二十四時間以内に連続で三発撃つことで装着者を強制的に気絶させてしまう。それは行使するたびに指数関数的に妖力の消費が──それに伴って敵に与えるダメージが、増大していくというこの武器の特性を鑑みてのものだった。

 いま、二発目が放たれた。その威力は怪獣と徒手空拳で対等に渡り合えるレベルの腕力と衝撃とを実現する。


 船倉部の床がへこむかの勢いで、がくんと船が揺れ動く。麻宮は慌てて肉塊から離れたところに足場を移すが、その顔には驚きを禁じ得なかった。

 というのも、庚の妖力がそのこぶしを通じて海坊主の(まゆ)へと吸い込まれていくからだった。


「……正気ですか?」


 その問いに応ずる声はなかった。しかし答えるまでもない。紛れもなくこのおんなは怪獣を起こそうとしている。


「やめろッ!」


 麻宮は歯を剥き出しにして、銃口を繭に向けた。たん、たん、たん、と手持ちの残弾をすべて繭に撃ち込む。一発当たっただけで雷獣の活動を抑制させたほどの威力があったそれは、庚の全力には及ばずとも、海坊主の覚醒を遅らせる程度のことはできるはずだ。

 実際、彼のひとみに視える海坊主の妖力はまだ活動再開には及ばない。しかし蘇生術を施された人間の顔が徐々に赤みを取り戻していくかのように、妖力の波動が強くなっていくのはわかる。


 くそッ、と麻宮は怒鳴りながら、魔弾の入った弾倉を取り替える。

 こういうルールを無視する連中がむかしから嫌いだった。規則と条件を理解した人間こそが一番になるべきなのに、いつまで経ってもそうはならない。だからこそ自分はこの役割を──ルールを守らせる役割を引き受けたのだ。

 しかし、彼女たちはやすやすとそれを乗り越えてくる。同じ法を守る職業としては、あるまじき行動だった。


 ふたたび銃を構える。


 その銃口は繭ではなく庚のほうに向いた。もはや違反者は排除しなければならない。そう思い詰めたところに、彼女がこちらに振り向いた。

 目が合う。しかし銃を向けられたことに、まったく怖気付いた様子はなかった。


 代わりに口が動いた。ばーか。


 麻宮は怒りに駆られて、引き金を引こうとする。ところがその瞬間に、麻宮の視界がフリーズした。そのまま次第に暗がりに落ちていくなかで、彼が最期に見たのは、自分の心ノ臓から海坊主の繭に向かって(ほとばし)る稲妻の輝きだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 麻宮くん、すごくおれです。
2022/05/14 08:42 退会済み
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