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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File2:鼠と龍のパーフェクトゲーム
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10.肉を切らせて骨を断つ

 麻宮はむかしからゲームセンターで遊ぶのが好きだった。家庭が貧しく、テレビがない食卓だった。話題もないから学校のグループにも入れない。運動ができたわけでもなければ、決して顔が良かったわけでもない。

 そんな彼が得意だったのは、ゲームと数学だけだった。マシンと計算式は平等主義の権化だ。立場や気分に関係なく、正しい操作さえできれば、結果を勝ち取れる。だから誰にも割り入る隙を与えない、絶対の居場所でもあったのだ。


 麻宮徹はなけなしのお小遣いを貯めては、できる限りゲームセンターに入り浸った。両親の不平を黙らせるために、成績は絶対に落とさないように気をつけた。

 するとある日気付いてしまったのだ。この世はゲームでできているのだ、と。


 図らずも麻宮の生きた時代、勉強が全てだと思われていた頃があった。だから成績が高いと少なくとも大人たちの評価が伴った。同級生や先輩からのやっかみは少なからずあったものの、それは仕方ない。同じゲームの舞台に立った手前、馴れ合うことは許されないと感じていた。


 世の中の難しさをゲームだと捉えてしまえば、意外と簡単だった。ルールをきちんと読み、その規則を違反しない範囲で勝つ。大抵の人間は勝つことをゴールだとは思っていない。だから迷う。人生を敷かれたレールだと思うと絶望するかもしれないが、言い換えれば勝ちがわかりやすい勝負なのだ。わかりやすいものは頑張りやすい。努力の仕方は麻宮にとっては習うまでもないものだったから、むしろその方が気楽だった。


 しかし、努力や経験ではどうにもならないものがあった。金だ。


 その気になれば当時最難関と言われた私立大学にも入れたはずだった。しかし学費が払えないということで、仕方なく公務員になれる学校を探した。奨学金をもらって海上保安学校へと進み、海の警察になった。(ほこ)れる仕事だ。こうして両親も麻宮徹という個人を認めてくれるようになったのだ。

 卒業後、彼は何度も海に出た。そこで彼は個人が生きるより大きなスケールで展開する国家間の陣取り(グレートゲーム)を目の当たりにするのだった。


 某国の工作船や不法な漁船。多くの不法行為を取り締まるも、国家の都合でみすみす見逃す羽目に陥る。

 ここに麻宮はさらにままならない巨大なゲームの盤上に立ったことを知った。


 政治に興味を持ったとたん、投票箱がアーケードゲームの筐体(きょうたい)に見えた。

 この箱に紙を入れた途端、主権者は個人ではなく数値に変換される。一と〇の狭間でたゆたいながら、立候補者の得点に還元され、複雑怪奇な選挙のルールに則って、立法府のゲームに吸い上げられてしまうのだ。知識人はつねに選挙に行くことが政治に参加する権利だとは言ってきたものの、それは個人が自分であることを捨てて、数字として得点板のパーツになる以外の何物でもなかったのだ。


 そこには独自のルールが蔓延り、さながら世間の課題などは存在しないかのように振る舞われる。派閥抗争という名のチーム戦が、しかも奇妙なローカルルールで展開するだけなのだ。

 不毛だった。麻宮はついに知る。自分はこの一番大切なゲームのプレイヤーではないということを。そして、テレビで時折中継される立法府の人間さえも、決して本質的なゲームのプレイヤーでないことを。


 現代社会に生き続ける限り、人は社交と経済のゲーマーであることを要求される。やり込んだ人間には勝利の女神が微笑み、蹴落とされたその他大勢は貧乏神との妥協を余儀なくされる。麻宮は根っからのゲーマーだった。だから妥協は許されなかった。


 ──見せてみろよ、この大昔から続いてきた生存の(サバイバル)ゲームの一番面白い展開を。


 負けが続いたとき、麻宮は奥歯を食いしばるクセがある。ぎりぎりと音を鳴らさんばかりで口角を歪め、それでも声色は変えず、集中力が高まっていくのだ。


「さて、クライマックスですよ。ほんとうに見えない敵を相手に、どこまでやれるか、見ものですね」

「麻宮ぁッ!」


 叫んだのは、石室だ。麻宮は目尻を下げ、不気味な笑みを浮かべた。


「そんなことしてる場合ですか?」


 言ったとたん、石室の背後からヌッと狗龍が飛び出した。あわてて庚が右腕を盾に突進し、石室を押し飛ばす。

 身代わりになった彼女の前に、かの底知らずの大口が開いていた。庚はとっさに右腕で牙をガードし、左脚を軸にして回転蹴りを喰らわせた。


 その怯んだところに、山崎ひかりの水曜刀が振り下ろされる。


「助かりましたッ!」

「でも、あなた、怪我してる」


 アームカバーをしているとはいえ、けだものの牙を立てられて無傷の腕ではない。


「三発撃ったら気絶するシロモノなんで、むしろ使えないほうがいいんですけど……」

「さすがに、万事、休すよ」


 ひかりが言うと洒落にならない。庚は苦笑した。


「さすがにもうダメかも。生きて帰れる気がしないですよ」

「いや、手はある」


 振り向いた。耳を疑いたくなった。


「いまなんていいました?」

「同じこと、言わせないで」

「でも、どうするんですか?」


 ひかりは涼しげな顔で、言った。


「勝てないゲームに、乗る理由、ある?」

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