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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File2:鼠と龍のパーフェクトゲーム
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9.チェックメイト(詰み)

 そのときだった。まったく思いがけない方向から、呼びかけるものがあった。


 一同はその人物を見て、目を疑った。特に石室は動揺を隠しきれずにことばで裏を取ろうとさえした。

 麻宮、と。彼の口はそう動いた。


「生きてたのか」

「あれ? 気づかれてなかったなら、こんなやり方で出てこなくても良かったかなあ」


 彼は面白そうに口角をあげると、ゆっくりと歩き出す。その脚は、ハッチを挟んで向こう側から、宙を踏みながら、かの巨大な肉塊の天辺へと向かっている。

 明らかにふつうの立ち振る舞いではない。


「お前……」

「まあ、そういうことですよ。ゲームにはレフェリーがいるでしょう? ぼくの役割はそれなんですよ」


 麻宮はその見かけに合わない大きな声で、あっさりと白状する。そのあまりにも呆気ない種明かしに、庚は眉を(ひそ)めた。

 まだもうひとつ裏があるように思えたのである。庚はあえて挑戦的な姿勢で、麻宮に問いかけた。


「ふうん。じゃあレフェリー的には、このゲームの結果はどう見る?」

「ゲームオーバー、と言いたいところですけど、助っ人のおかげで残機一って感じでしょうか。もっとも、そろそろラストステージになるんですが」


 知ってますか、と麻宮は片眉をあげた。


「シューティングゲームには、〝弾幕〟という概念が存在します。ラスボス手前で文字通り隙間なく敵の弾が飛んできて、ひたすら避け続けるという時間があるんです。いまからあなたがたにやってもらうのはそれです」


 庚が血相を変えた。


「終わったらすぐラスボスですよ。この海坊主(ウミボーズ)(まゆ)を叩きのめして終わりです。シューティングゲームのラスボスは抵抗しないことで有名ですから、弾幕さえ越せば楽勝ですよ」

「あんたはッ! そうやってヒトのいのちを弄んで何がしたいんだッ?!」


 庚が身を乗り出す。麻宮は冷静だった。


「──この国の正義が信じられなくなった。それだけですよ」


 淋しげに微笑む。それじゃあ、始めましょうか──麻宮がぱちんと指を鳴らすと、雷獣がまた反応する。

 狗龍たちがふたたび具現化を始めたのだ。庚は麻宮のことを一瞥(いちべつ)するものの、素早く身をひるがえし、戦いの場に飛び込んでいった。


 果たして麻宮の言った通り、狗龍は雨あられと降るように突進してきた。


 まず最初に、狗龍は海上保安官のひとりの眼前で具現化し、その大きな口で出迎えた。不意を突かれたおとこは悲鳴をあげる間もなく喉を通過し、狗龍の歯が刺さるのも厭わず脚をじたばたさせる。しかし動けば動くほどからだは喉を滑り落ち、丸っとひと呑みされてしまった。

 これを視野に入れたもうひとりは恐怖のあまり逃げ出そうとした。すかさず物陰から飛び出た口に右腕を噛み砕かれる。そこから何度も押し寄せる波のように、狗龍が群がり生きたまま解体されてしまった。


 さっそくふたり、脱落した。


「吉田、なんか良い手はないの?」

《無理言わないでください! こっちもちょっと立て込んでるんですよ!》

「え、そっちにも?」

《違いますよ! ここどこだと思ってるんですか? 天下に名高い悪所、竜角海域(ドラゴン・トライアングル)なんですよ! もうじき曇り空を抜けて元の世界に戻るんで舵取りに苦労してるんです!》


 そういえば、そうだった。庚はいつどこから出てくるか知れない狗龍を警戒しながらも、ふと舳先の向こうに広がる曇天の、その先を視界に捉えた。

 図らずも、向こうの雲の切れ目から差し込む天使の梯子(エンジェル・ラダー)が、幾つもの筋となって降りているのを見たのである。


「やるじゃない!」

《なんのことかわかんないですけど……て、ああ、狗龍ですか。わかりました。全力で海域抜けますから、それまで我慢してくださいよ!》


 影に生きるものは、陽の光のもとで生きる術を持たない。だからこそこのニュースは、庚たちに希望を与えた。


 あとの時間はひたすらの持久戦だった。物陰を離れるようにしていても、狗龍自身は自由自在にそのからだを滑り込ませる。あわよくばというところで庚が身を翻し、ひかりが刃を一閃する。この繰り返しだ。

 もはや彼らの生命線は雷獣になっていた。この生物はいつしか獲物を狩ること以上に人間を守ることにやっきになっているようにも見える。四体、五体とその牙が狗龍を(ほふ)っていくうちに、そのまなこに知恵のある輝きが灯っていくのを、彼らは見た。


 じっさい雷獣も妖気を吸って飢えを満たしていくうちに、少しずつ記憶が蘇っていた。そこには後ろ脚で歩き回る種族がいて、雷獣やその他の眷属(けんぞく)を飼育し、可愛がり、野に駆けていたのである。

 みずからの主人である種族は、はるか昔流れ星が大地に降ったときに地上からいなくなったのだと思い込んでいた。そのとき彼の主人である存在が、撫でてくれたのをよく憶えている。その感触が終わったとたん、彼は海の底に沈み、永劫の時間を孤独と空腹とに(さいな)まれながら、過ごしていたのだ。


 いま、ふたたび後ろ脚で歩く種族が傍らにいて、雷獣は主人が迎えに来たのかと考えた。それにしてはことばが違うものだから、ほんとうのことはわからない。しかしあの頃と似た雰囲気はあった。叶うことなら、この気持ちの正体を知ってからでも遅くはないだろう。なぜなら、それまであまりにも長い時間、測ることもできないほどの時間、待たされていたのだから。

 だんだん視界が狭くなる。ふと気になって振り向くと、彼らは光のあるほうを見て喜んでいる。そこではたと思い至ることがあった。彼らと自分とは違うものを視ている。ひょっとすると自分はただ利用されただけなのか、と。


 あの記憶の中の世界はとうに滅んでいて、自分はたった一匹だけで見知らぬ世界に取り残されてしまったのではないか、と。


 ぐるる、と不穏な電流がからだの中を逆巻く。ところが疑いが彼の内側に閃いたまさにその瞬間、雷獣のからだを貫くものがあった。麻宮がどこからともなく取り出した拳銃の弾丸が、首筋を貫通したのだ。


「ちょっとイレギュラーを放置しすぎましたね。もともと内側で何かひっくり返るかなと思って、そのままにしてたんですけど、ここまで都合の良い存在になると、排除した方がゲームとしてはもう少し面白くなる」


 雷獣は立とうとするも、全身が痺れて動けない。


「──特製の魔弾なんです。妖怪の力をすり減らし、一気に弱体化できるシロモノで、特駆群や米軍が使ってるやつですよ」


 得意げに解説する。しかしその口元は歯ぎしりで歪んでいた。

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