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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File2:鼠と龍のパーフェクトゲーム
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7.闇を視るまなざし

 ブリッジから甲板に出て、船倉部へ行く。たったそれだけ。にもかかわらず、これほどまでに危険と難関に満ちたミッションになると、誰が思ったことだろう。


「おい、まさかあの化け物って一匹だけじゃないのか?」


 海上保安官のひとりがうそぶくなり、空気が澱み出す。


「どうやらそういうことみたいだな」


 石室は苦々しげに応答する。それでふたたび一同にためらいが生まれてしまった。


 庚がふと捜査班の面々を見る。ひかりは相変わらずマイペースだし、吉田は何か言いたげのくせに目が泳いでいる。仕方ない。小さくため息を吐いてから、口を開いた。


「石室さん、あんまり言いたくはないんですけど、行くのも行かないのも、そんなに変わらないと思いますよ。どっちせよ、この竜角海域(ドラゴン・トライアングル)を出るべくいまわたしたちは舵を切ってるわけだし、奴らが本気ならわたしたちを殺しに来るはず」

「理屈はわかるんだ。ただ、感情としてはそうもいかない。相手の素性も特性もわからないのでは……」

「わかる」


 山崎ひかりが、唐突に割って入った。


狗龍(いぬりゅう)については、文献だけだった。でも、いままでのことから、けっこうわかる」


 彼女に拠ると、こうだった。


 狗龍がまったく唐突に現れるのは、ふだんは物質として存在しないからだ。彼らは光の背後──物陰に文字通り潜むことができ、その肉体を霊子(りょうし)に還元している。それが特定の条件を満たしたとき、自身の肉体を物質として再構成する異能なのだ。

 霊子という概念は、怪獣災害以降に顕在化した超能力や呪術的現象を半ば強引に科学に引き寄せた結果できたものだ。その呼び名の通り量子(りょうし)力学の理論を類推的に当て嵌めながら、未知の領域の物理学として解明が急がれている分野でもある。


 実はひかりはその分野に通じたひとりだ。だから専門的とは言え、説明して伝えることはできる。


「だがそうだとして、どうすれば良いんだ? あなたがたの目で視ることができる、と言うことになるのか」

「いいえ。人間の目は、光のスペクトルしか、受容しない。わたしたちも、その理論からは、免れてはいない」


 でも、とひかりは雷獣を指し示す。


「この子は、たぶん、ちがう」

「光、ではなく、闇を視ていると?」

「そう。この子は、狗龍を、誰よりも早く、感知できる」

「なるほど……」


 半信半疑のまなざしだった。ひかりはいちおうの解説を添える。


「闇の、スペクトルが、霊子を視るかどうかは、わからない。ただ、光の中では、視えないものが、この子にはわかる。いまは、その希望に、賭けたほうが、いい」


 人間はしょせん光の中を歩む生き物でしかない。闇を直視するようにはできていないのである。

 それでも幾千幾万の夜を超えるために、異なる感覚を駆使して、ときには獣を飼い慣らしながら、自分たちの世界を拡げてきた。その知恵を使わずして、どうして生き延びることが叶うというのか。


 要約すると、彼女はこう訴えていた。


 石室の腹はまだ決まりきらない。しかし消去法の論理が、判断を迫っていた。


「やるか、やられるか、か」


 独りごちる。そして、うなずいた。


「腹を括るぞ」


 その一言で、全員が動いた。障害物の少ない通路を、密集して進む。影が重ならないように分散するよりは、あえて狭く固まって動くほうが無難であると考えたのだ。

 先鋒は吉田のネズミ型の式神が走り回っている。その視界を借りて、狗龍以外の怪獣ないし術者がないかを探知するのが目的だ。


 この式神を繰り出すとき、雷獣が異様な反応を見せていた。目をらんらんと輝かせ、追い回そうと背を低くする。すかさずひかりが制止しなければ、例の目にも止まらぬスピードで式神を食い殺していたことだろう。

 しかしこのことから、吉田の式神に傷を負わせたのが雷獣だとわかった。式神を経由して妖気を軽く奪われてもいたのだった。


「まあ、いいですけどね」


 いま、彼は操舵担当と不服そうに操舵室で留守番をしている。船倉部に向かっているのは、庚とひかり、石室ほか、二名。そして横山智と合計で六人である。

 甲板に出ると、いつのまに大雨が止んでいた。代わりに風が吹き荒れている。万が一に備え、庚たちは救命胴衣を着けての出動だったが、この有り様では歩き回るのだって容易ではない。


 おまけに夜と見紛うほどの曇天だ。狗龍にとってこれほど動きやすい場もない。


 しかしそれは雷獣にとっても同様だった。


 いままで光が多く、落ち着かないところをそれでもヒトの手に導かれてきた。それが急に視界が開け、溢れ出んばかりの妖気で充ち満ちている。興奮しないわけがない。髭を立てて、必死に周囲を探知する。

 ところどころ荒れ狂う海同様に妖気の渦が波を立てる。しかし一瞬現れては消えるということが続くため、獲物となるべき妖怪の気配がうまく掴めない。


 それどころか、ときどき大きな波動で霊的磁気の観測が歪むのだ。


 ぐるる、と唸る。それがひかりには警戒の鳴き声に聞こえた。


「……いる」


 その一言で、全員の顔が強張った。しかしひかりは冷静だった。自分と雷獣だけで、船倉部のハッチカバーを開くために先行した。

 まだ狗龍は出てこない。緊張しながらの時間が飴のように薄く引き伸ばされているように感じられた。


 ひかりが油断なく船倉部へ向かう。いわふね丸の船倉は船頭、船中、船尾側の三つの区画に分かれており、横山いわく、怪しい大きな塊は船中──すなわち第二貨物倉に積み込まれたという。

 彼女と雷獣は、船倉のハッチを開閉する操作レバーまで近づいた。周囲に狗龍の実体化が進んでいないことを確認すると、庚たちも移動するようにハンドサインを出す。それから一同は横山の指示に従い、ハッチを開けるための作業に移った。


 そのときだった。雷獣がまったく唐突に、虚空に向かって()えた。雷鳴の響きがしたかと思うと、稲妻が視界を覆い尽くし、一瞬だけあまたもの狗龍の影を映し出したのである。

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