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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File2:鼠と龍のパーフェクトゲーム
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2.海に浮かぶ棺桶

 昼下がりのことである。あっ雨だ、と誰かが言い出すや否や、たちまちにして開き直ったかのような豪雨がやってきた。


 甲板を調査していたメンバーはブリッジに戻るよう指示があり、(くなど)(かのえ)はそそくさと屋内へ駆け込んだ。あとから吉田もやってくる。


「あーあー、ひどいわこりゃ」


 シニヨンにまとめた髪に湿気が溜まり、気持ちが悪かった。庚は頭皮に爪を立てて(かゆ)いところを掻くと、それでもなおむずむずするのを堪えながら、操舵室に向かった。

 操舵室にはすでにメンバーのほとんどが戻っていた。


「さっきヘリから連絡があって、海自は海底鉱山(プラント)の方に移動するそうだ。まあこの豪雨じゃ仕方ないだろうが──」


 そう言ったのは、石室(いしむろ)英樹(ひでき)一等海上保安正だ。海上保安庁の実行部隊のひとりで、今回のミッションにおけるリーダーの役回りを担っている。


「──ひとり、足りないのでは?」


 しまった、と思った。慌てて口を開く。


「すみません。〈超常捜査班(うち)〉の人間が、独自で調査を進めてますので……」

(くなど)さん、できればお連れの方にブリッジに来てくださるよう、改めて連絡してほしいのですが」

「はい、すぐに、ただちに」


 吉田の式神を通じて、連絡を取る。


《……なに》

「あ、ザキヤマ先輩。あの、ですね。石室さんからブリッジに来てくれと」

《そう》

「……」

《それで?》

「いや、言った通りです。調査打ち切って戻ってください」

《だめ》

「いや、あの」

《未確認生物の、反応は、依然として、存在する。要するに、ここは、危険》

「でしょうね」

《いま、調査を打ち切ったら、索敵(さくてき)しようが、ない。だから、わたしは、戻れない》

「はあ」

《じゃあ、また》


 ぷつん。こういう一方的な切られ方も慣れたものだった。庚はときどき、いまの職場での常識人は自分と吉田だけなのではないかと思うことがある。

 大きくため息を吐いた。


「すみません。気がかりなものがあるらしく、いま手が離せないそうです」

「われわれには独自の連絡網があるので、伝達事項があればこちらで伝えられます。なのでお構いなく続けてください」


 吉田も加勢する。


「そうか。ならそちらでよろしく頼む。全員、状況を振り返るぞ」


 石室は操舵を部下に委ねると、船内図を貼った壁に歩いていった。その傍らに縦長の紙があり、そこには時系列順に起こったできごとが書き込まれていた。


 二〇一八年六月二十八日午前五時四十二分、深夜に突如として南鳥島の海上自衛隊基地へ緊急連絡があった。船籍は(すめらぎ)重工の所有船:いわふね丸。撒積貨物船(バルクキャリアー)の一種で、主に鉱石を取り扱う貨物船だ。

 南鳥島沖で高濃度の希土類(レアアース)を含む泥が発見されたのが二〇一三年のことだった。スマートフォンやハイブリッドカー、LEDなどにも活用される重要な資源だ。近年の調べによるとこの泥には大量の魚の骨の化石が含まれており、おおよそ三四五〇万年前に大量発生していた魚類のものと推定されている。それほどの時間がこの海底の鉱床を生み出したのだ。


 この海底の鉱床に目をつけたのが、ちょうど怪獣対策で先駆的な技術開発を担いつつあった(すめらぎ)重工だった。戦前からの歴史を負うこの企業は、国内大手自動車メーカーやメガバンク、政府系投資銀行などの支援を得て、大規模なレアアース鉱床の採掘計画を立案し、海上移動型プラント〈多々良(たたら)〉の試験運用を開始した。

 その成果は目覚ましいもので、世界需要の数百年分にも及ぶ鉱床の発見も伴って、隣国以上のレアアース産出国となるべくもっか稼働中なのだった。


 いわふね丸は、その海上プラントの成果物を輸送する船なのである。


 緊急連絡の内容はこうだった。


《船籍不明の不審船が襲撃。小型怪獣や銃火器、呪術を伴う攻撃あり》


 ただちに海自から海上保安庁へ、そして〈超常捜査班〉こと公安第十一課に呼び出しが掛かった。そこで庚と吉田、そしてもうひとりの三名が海上保安庁のサポートという名目で緊急出動し、午前十一時四十九分に空路で現地入りしたのだった。


「悪いけど、おれは行かんぞ」


 出動指令を出した上司:平田啓介はきっぱりと言い切った。


「なぜなら、おれは船酔いするからだ」


 そこまで堂々と言わなくてもいいのに、と庚はそのとき思ったものである。しかし代わりに出動した班員:山崎ひかりは、第十一課において実力面で一目置かれる存在だったのは間違いない。ゆえに、平田の判断は有り難かった。

 ただ、庚自身も彼女と共同で任務に取り組んだことがなく、いまその傍若(ぼうじゃく)無人(ぶじん)っぷりにすっかり肝を抜かれていたのだった。


「では、ここに着いてからのできごとを整理しよう」


 石室はそう言うなり各自の報告事項をまとめて書き連ねていく。


 一つ。通報以後いわふね丸からの通信履歴はないと判明している。これは通信機器の故障とも考えられたが、乗船後の調査で排除された。あくまで通信そのものが為されておらず、機器を扱う人間が消えたためと推測可能である。

 二つ。前述部分と重複するが、船員二十四名すべてが行方不明である。血痕らしきものはそこかしこに散見されるものの、死体はなく、依然捜索中とのこと。

 三つ。現場に向かう途中、怪しい船は見かけることはなかったということだ。


「仮に、鉱床の利権をめぐる某国の工作船だったとしよう。しかしだとすればいわふね丸ではなく海上プラント〈多々良〉のほうを狙うのがより的確だと思われるし、そうでなかったとしても、貨物船の船員を全員消すことがその目的だったようには思えない」


 石室は事実と推測を切り分けながら、推論を重ねていく。刻々と変化しうる状況へのシミュレーションも兼ねているのだ。


「ある程度の幅を持たせて考えてみよう。まずAのパターン:いわふね丸を襲撃した船の目的はすでに果たされている場合。こちらはなんらかの時限装置ないしは工作員の潜入が想定できる。

 あるいは、Bのパターン:襲撃者の目的が未遂、かつ撤収(てっしゅう)せざるを得なかったという場合も考えられる。こちらは襲撃者の組織的、または想定外の現象によるトラブルがありうる。こちらはわれわれも巻き込まれる可能性があるかもしれない」


 どちらにせよ、警戒が必要だった。


 ごうごうと風が唸り、黒い雨雲がブリッジの窓に飛沫(しぶき)を叩きつける。ときおり一面にぴかっと激しい光が視界を覆うと、あとから獅子の咆哮(ほうこう)のごとき雷鳴があたりに(とどろ)いた。

 庚が話を聞いている傍らで、さっきから吉田がそわそわしていた。


「……どうした?」

「いえ、その、ひょっとすると僕らもここから離れたほうが良かったかもしれないと思ったんです」

「どうして?」

「先輩は気づかないんですか? この妖気のうだるような濃度──間違いないです、僕たちは竜角海域(ドラゴン・トライアングル)に入ろうとしてます。襲撃者はきっとこれを恐れて船から離れたんですよ」


 吉田は小声ながらも、真剣な表情でそう言った。その気持ちを後押しするかのように、雷光が窓から差し込んだ。

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