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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File2:鼠と龍のパーフェクトゲーム
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1.赤黒い破壊者

 獲物を求めて雷獣(らいじゅう)彷徨(さまよ)う。藍色の闇の中で過ごすようになってから幾星霜(いくせいそう)の月日が経ち、自分以外の種族を見かけなくなってからも久しい時間が流れている。それでも、雷獣は諦めずに水掻きのある脚を動かし続けた。


 光が無くても問題はなかった。彼のまなこは闇のスペクトルを通じて色を識別する。青から次第に水色、緑、黄緑、黄色へと近づいていくグラデーションをもとに、彼の環世界は構築されている。

 だから、むしろ闇こそが彼の希望の輝きを伴う道しるべだった。


 その闇が次第に色づいている。


 雷獣はゾッとして歩みを止めた。このままでは自分の生息圏の外側に出てしまう。光のあるほうではダメなのだ。そこには彼の求める妖気(ようき)は存在しないのである。

 ふと雷獣はその(ひょう)のごときからだを(かが)めて、細くて長い巻き(ひげ)をアンテナのように張り巡らせた。自身に蓄積された気を電磁波に変換して、周囲の霊的磁気の探知を始める。


 その原理はソナーに似ている。発信した気配が他の生命体にぶつかって、共鳴を起こしてねじ曲がる流れの変化を素早くキャッチする仕組みだった。

 しかし霊的磁気は一直線に進んだまま、返ってこない。ずっとこんな調子だった。


 むかしはこんなことはなかった。もっと黒に近い色が(あふ)れ、暗鬱(あんうつ)で心地良い闇に満たされていた。いまとなっては獲物の気配のあるところはすべて光で覆われている。稲妻とともに移動するこの妖怪にとって、光に接近することは自身の首を絞めることになりかねない。

 ゴロゴロと(のど)を鳴らす。その音は奇しくも雷が雲で光る瞬間に伴うあの音に似ていた。


 うなだれて、うずくまった。


 往年の鋭敏さと力強さが、自分から失われたことをついに自覚せざるを得なかった。霊的磁気もなだらかな流線を描き、一切変化がないままだ。それがあまりにも長く続いたために、空間を捉える感覚すらおかしくなってきている。

 尻尾を巻いて、こうべのほうに向けた。その先端はいまなお一本。雷獣はふと、混濁(こんだく)しつつある記憶から、どうして自分の尾が二つに裂けないのだろうかとふしぎに感じたことを思い出した。どうしてそんなことを思い出したのかすらわからなかった。しかし一度気になると意識の外側に追いやることができなくなっている。


 尻尾の先端をなでようと、前脚を伸ばす。おそるおそる伸ばした爪先がようやっと届こうかというところで、尻尾が下がった。

 その分自身のからだが前に乗り出しているだけなのだが、雷獣には尻尾が逃げたように見えた。もう少しで届きそうだとさらに前脚を伸ばすと、さらに尻尾が後退する。そして徐々に我慢が効かなくなって、ぐるぐると追いかけ回すことになる。そうしていつまでも時間と退屈を弄ぶところだったのだが──


 突然、からだを強張らせた。


 眼下の世界にグッと闇が垂れ込め、雷獣の視野が広がったのである。その視野の先に白波に()まれる鉄の箱があったのだ。

 その箱は独特な形状で、両端の幅が狭くなりながら湾曲している。しかし全体としては直方体に近く、多くの四角い箱を積んでいるようだった。雷獣の視線は、たまたま暗がりに揺れ動くその存在を捉えると、今度こその気持ちで、髭のセンサーを起動させる。


 雷獣はしばらく驚いたような目をして箱を見つめていたが、それから身を起こし、臨戦態勢を取った。気持ちが(たかぶ)る。数えきれない年月、待ち続けた獲物がそこにいるという確信が、彼を勇気づけたのだった。

 その(おびただ)しい妖気の渦は、あまりにも唐突で雷獣の胃袋をかえって激しい痛みに(さいな)んだ。しかしなけなしの理性でこれを押さえつけると、雷雲から稲妻のごとく飛び出して獲物の喉笛を討ち取るスナイパーの心得を思い出す。


 まだ野生の勘は鈍ってない。雷獣の狩りはこれから始まろうとしている。

 ゴロゴロ、と喉に響く雷鳴が、眼下の船舶に不穏な影を落とした。

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