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超常捜査官:岐庚 〜アサルト・オン・ヤオヨロズ外典〜  作者: 執筆・八雲 辰毘古/監修・金精亭交吉
File1:怪獣が目覚める時
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1.緊急出動要請

 出動要請があった日時、(くなど) (かのえ)はたまたま非番だった。

「──はい。いえ、別に忙しいってわけではないですけど」


 言いかけて、しまった、と思う。これは仕事を押し付けられる直前にありがちな、前振りのような返事の仕方だった。

 案の定、通話相手の声が少しだけ(うわ)ずる。口角がもちあがるのがありありとうかがえるような、機嫌の良い口調だ。


《そうか。なら休暇は取り消しとさせてくれ。代休は後日取得できるようにはからっておく》

「えッ、ちょっ」

《すでに吉田に連絡はしてるから、状況は彼から聞いてくれ。んじゃ》


 スマートフォンを投げ出したくなった。しかし二ヶ月前に買い替えたばかりの新品である。まだケースも鮮やかな赤色だ。これに最初に付ける傷が仕事の八つ当たりだなんて笑い話にもならなかった。

 力を込めてぐっとこらえると、「あンのクソ上司……ッ!」と独りごちて、さっさと原宿から明治神宮前の通り沿いまで移動したのだった。


 移動中、歩きスマホで手早くメッセージを送信していると、傍らの大通りに覆面パトカーが路上停止した。セダンだ。

 庚はその運転手の顔を認めるなり、助手席のドアを開けて、乗り込む。二、三ありきたりな会話をしたあと、車は発進した。


「今回の件ですが──」


 運転しながら説明するのは、同僚かつ後輩の吉田(まこと)だ。


「製薬会社社員:津島実次(さねつぐ)の身柄の確保、および彼を通じて環境テロリスト・グループ《HOUNDS》の情報を得ること。この二点が焦点です。資料はそこにありますので、いまのうちに読んでおいてください」

「ねえ、あんたひとりでどうにかならなかったの?」

「ムチャ言わないでくださいよ、先輩。ボクの妖力(ようりき)は常に受動的なんです。術者相手にどうこうするのは根本的にダメって、平田さんの判断は正しいですよ」

「生意気な……」


 言いながらも、庚は助手席でホチキス留めの資料をめくる。この仕事を始めたときは車中で読み物をするのは嫌だったのだが、いまでは慣れたものだった。


 津島実次──年齢三十二歳、身長一八五センチメートル、体重七八キログラムの大男。R大学では主に化学を専攻。博士課程まで進んで製薬系の多国籍企業に研究職として就職する。血縁はほとんど鬼籍に入っているうえ、特にめぼしい家系ではない。妖力の発現もおそらく人工的なものだろうとの推定が記載されている。

 顔写真はなんとも言えない。彫りの浅い目元に、低い鼻。全体的に平面的で、影も薄い印象を受ける。庚の個人的な感想は、〝のっぺらぼう〟だった。


「こんな幽霊みたいなの、街中で見つけろってのはムチャでしょ。自動ドアが開かないタイプって言われたら信じるわよ」

「相変わらず酷い言い種ですね……でも安心してください、ターゲットはもう都内を離れてますから、絵本の人探しみたいなことはしないで大丈夫です」


 たしかによく見れば、自分たちの車両は明治神宮をぐるっと回ってから西新宿のインターチェンジに乗るルートを進んでいる。


「これって高速乗るの?」

「ええ、奴は現在甲府方面に向かってます。張り込み専門のひとがかろうじて尾行してますけど、術者じゃないんで追い込みは効きませんよ」

「甲府、ね。なるほど」


 甲府はこの国の現代史的にもなかなか因縁のある場所だった。


 いまからちょうど三年前──平成二十七年五月のことだ。富士山麓から巨大な怪鳥が出現、そのまま甲府市を襲い、都市機能を麻痺させ、かつ多くの人命を奪った。

 この事件は〈甲府の惨禍(さんか)〉と呼ばれている。いわゆる〝怪獣〟による災害の、典型的な一例だ。かつてテレビや映画の中にしかいないと見做されていたその存在は、紛れもない現実として、人類と文明の存続を脅かすに至ったのである。


 だがこれは以来現在まで続く悲劇の序章に過ぎない。続いて東京新宿を始めとする札幌や京都などの都市圏まで及び、果てにはイギリスやアメリカ、中国などの諸外国にも類似の事例が共有されるに至った。もっともその呼び名については、怪獣とか妖怪とかモンスターとか、さまざまだったのだが。


「──いまあそこは怪獣の飼育実験施設があったはず。津島はそれを狙ってるの?」

「さすがです、先輩。いままさにその説明をしようと思ってました」


 新宿各地の工事現場を横切りつつ、車は高速道路に乗った。あとは二時間程度、走りっぱなしだ。

 吉田はバックミラーにちらと目線をずらしてから、ハンドルを握る手を緩めた。


「津島はもともと製薬会社からのつてで、怪獣を飼育するために投与するクスリの情報を調べてました。要するに産業スパイってやつです。《HOUNDS》は表向きは環境原理主義(ディープ・エコロジー)を掲げてますから、太古の自然の権化である怪獣にクスリを打って飼いならそうだなんて人間のエゴだ、て告発する気だったんでしょう」

「それがバレそうになったからって、わざわざ火中の栗を拾いに行かなくても」

「そりゃそうなんですけどね。ぼくにもその辺はサッパリです。環境保護とかよそごとな気がしますしね」


 そういえば、京都議定書からこのかた、いくつか地球環境についての議論はあったものの、いつのまにか自分ごとのように感じられなくなっていた。


「確かに、せいぜいゴミの分別とか、エアコンの温度調整とか、その程度よね。環境を意識するって言っても」


 と言いながら、車のエアコンの設定を確認する。二十二度、強風。庚はそれとなく温度を上げ、風を弱く設定しなおした。


「あ、寒かったですか?」

「……まあそんなとこかな」


 このおとこはわりと肝心なところで鈍感だった。

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