彼と私と傷
『痛っっ!』
視線を下に落とす。
その先には包丁、まな板、血の出ている私の人差し指。
彼との今後を考えながら料理をしていたせいだろう。
流れる血を見つめたあと彼に視線を向ける。
ベッドに横たわりスマホに夢中だ。
私が指を切った事など知る由もないのだろう。
『絆創膏どこだっけ?』
やっと彼と目があった。
『ちょっと待って』
彼は徐ろに起き上がり洗面所に向かう。
トイレに行き、手を洗い、コンタクトを入れる。
その間私はティッシュに滲んだ血を見つめる。
『指切ったん?はい』
絆創膏の入った箱を持ってきてくれた。
『ありがとう』
彼は洗面所に戻っていった。
『大丈夫?』の一言で安心するのに、、
欲しいのはその言葉だけなのに、、
私は彼の特別じゃなくなったのかな。
以前の彼なら、、と考えてしまう私がいる。
私がケガをしたら優しい言葉をかけてくれる。
私の側まで来て心配してくれる。
いつからだろう。
考えれば考えるほど心が沈んでいく。
迷惑のかけすぎで彼の繊細な心にヒビが入ったのかな。
本当はとても優しい人だから。
人の痛みがわかる人だから。
だからもうあの頃には戻れないのかな。
私が『熱があるからご飯作れない』って言っても『うん』しか言わなくなったね。
私が『しんどいから寝るね』って言っても『わかった』の一言になったね。
もともと身体が弱い私だから、長く一緒に居すぎて嫌になっちゃったのかな。
ちゃんと働けない私が嫌いになったのかな。
普通の人と同じように生きる事が出来ないから嫌われたのかな。
ごめんね、負担ばかりかけすぎたね。
私の傷も彼の傷も治せるのはもうお互いじゃないんだね。