夜
読みにくい文章だとは思いますがよろしくお願いします。
自分の世界を少しでも覗いていただければと思います。
明けない夜はない。どんな人にも必ず夜明けは訪れる。そして必ず日は暮れ、また夜が来る。
坂口宗一は優秀であった。警察官の父と母の間に生まれ幼い頃から文武両道であれと教育を受けたおかげか勉学も成績優秀、小学生から続けている剣道においても多くの大会で好成績を残していた。
宗一には年子の弟宗二がいた。宗二は兄と比べ勉学はいたって平凡、兄と共に始めた剣道でも兄に勝つということはほとんどなかった。
両親もどちらかというと宗一に大きな期待をし、いつか自分達のような立派な警察官にと考えていて、宗一も自らの可能性を信じて疑わなかった。
宗二はそんな期待をされている優秀な兄にコンプレックスを抱くこともなく、むしろ尊敬して兄を誇らしく思っていた。宗二は自分は取り立てて優秀ではないぶん周囲から疎まれることも多かった宗一を支え、周りをなごませる存在であろうとしていた。
すべてがうまくいく。この先の人生もう間違いが起こるなどありえない、そう信じていた。
どうしてこうなった。返ってくるはずのない質問をまた繰り返す。どこで間違いがあったのか、と聞かれてもまったく心当たりはない。だが今こうなってしまっているのは確かな事実だ。
宗一の部屋には夜が来ない。部屋が暗くなると自分が本当に惨めな人間なのではないか、自分の存在価値はなんだという考えが頭のなかで渦巻く。一人は嫌だ、誰かに評価して褒めてもらわねば自分という存在を確立することができない。だが一度失敗してしまったことで再び失敗するのを恐れている、だから立ち上がることもできずに親から与えられている六畳の部屋に閉じ籠り夜を恐れ生きている。
最大にして唯一の誤算は自分が警察になるための試験におちたことだ。なぜこうなったのか自分ではまったく検討もつかない。
たった一度おちただけ、たった一度だったが膨らみきった自信という風船を割るには大きすぎる挫折だった。
さらに追い討ちをかけたのは宗二の翌年の現役合格だった。その年宗一は試験を受けることができずにいたがどこかで宗二も落ちるだろうという根拠のない思い込みがあった。
優秀な自分でもおちたのだから勉学も運動も自分に劣る弟が合格するはずない、肥大した傲慢さを打ちのめすかのように宗二は合格したと嬉しそうに報告してきた。
両親も宗一がおちたときはできるだけ早く立ち直ってもらおうと試行錯誤していたし宗二も兄がおちるのなら自分も駄目だと思うなど家庭の中心は宗一のままだった。しかし宗二が合格したその時から中心は宗二になった。
両親から心から祝福され幸せそうな顔を見ると余計に自分が惨めに感じてしまうのだ。
自分に落ち度はない。面接官の見る目がないだけ、自分をおとしてしまったことを今頃後悔しているだろう。もはや手遅れだ、頼まれたってもう二度と受けてやらない。俺はそんなに自分を安売りしてたまるか。俺は弟と違う。俺はできる人間だ。
夜の来ない部屋で宗一は静かに眠りについた。
少し空が白けてきたころいつものように散歩に出かける。人にできるだけ会いたくない。家で連休中も休めないだとか仕事がなかなか大変だなどという話も聞きたくないから早く出て早く帰り自室にこもることにしている。
せっかく警察官になったとしても役に立ってないのであればただの税金泥棒だ。それならば自分の方がましだろう。こうして町の様子を見て回っているいわば自警団だ。そう思えば少し誇らしい気持ちもわいてきた。そんなことを考えていると少し離れた高級住宅街の方まで来てしまっていた。まったくこの辺りは不用心な家も多く空き巣被害もたまに出ていると聞く、仕方ないこれも自分の仕事だと足を進めていると少し様子がおかしい男がいた。少し周りの様子を気にしながら家に人がいるかいないかと確認しているようだった。たしかに今は旅行に出ている家庭もあるだろうなとぼんやり考えていると男の姿が消えた。いや、消えたのではなくどこかの家に狙いを定め侵入しにいったのだろう。一瞬してガラスの割れる音、そこまで大きくないため普段なら気にしないだろうが男の姿を確認しているぶんハッキリと聞こえた。小走りで駆けつける、鼓動は自分のものとは思えないほど激しくなっていた。
割れた窓ガラスから部屋にはいるとリビングでテーブルに突っ伏している男が目に入った。後ろから首や背中を刺されたのだろう、もう動くことはないだろうなと突然目の前で起きた非日常を自分でも驚くほど冷静に受け入れている。キッチンから出ようとしたところで腰が抜けてしまったのだろう叫ぼうと口をぱくぱくさせた女とそれを見下ろす男の姿があった。すると女がこちらに気づいたのか助けを求めてきた。
「た、、助けてください。この人が、、」
話しきる前に動き出していた。振り返ろうとする男に飛び付くと押し倒しナイフを取り上げ一瞬のうちに征服してみせた。
やはり自分は優れた人間だ、自分の行動こそが正義なのだ。助けを求めてきた人間を即座に助けてやる、これが正義でなくてなんなのか、そう考えたとき今自分の下で必死にもがいている男に対して問いかける。
「なぜお前はこんなことをした、自分のやったことは悪いと思わないのか」
「うるさい。生きていくために仕方ないんだ。本当は殺すつもりなんてなかった。誰もいないことを願っていたのに。」
自分のしたことを正当化して間違ってないと主張する男に対してとても腹が立った。まず正義はこの俺である。それに仇なすこの男は絶対的な悪だ。絶対に許されない。自分の思い通りにならないものなど、とそこまで考えたところで宗一は目の前で男の首から血が吹き出ていることに気づいた。
静かな町に女の叫び声が響く。
「ひ、人殺し、、、。」
なぜそう言われるのか宗一にはまったく理解ができなかった。
「助けてやったんだ、まずお礼が先だろう。俺がこいつを殺さなければあなたが殺されていたんだ。」
ナイフを片手に宗一は淡々と言う。その顔にはうっすら笑みが浮かんでいた。
「嫌だ、来ないで。あなた誰なの。警察を、、、」
「命の恩人に感謝もできず人殺し呼ばわりか、俺がお前を助けたんだぞまずはそこに対して感謝の言葉があってもいいんじゃないのか。どいつもこいつも俺のことを認めやしない、俺がいなければ全員死んでいた。お前が助かったのは誰のおかげだ、俺だろう。俺は正義だ、なぜお前に拒絶されなければならない。俺の思い通りにならない。それは俺の正しさによって死んだ。俺は正しい、俺の思い通りにならないのは悪だ、死んでも仕方ない。お前はどちらだ。」
女はこの男が何を言っているのかわからなかった。先ほどのようにパニックになっているわけではない、 訳のわからない持論を自慢げに、あたかも自分が世界の中心にいる神にでもなったかのような口調で話すこの男が心底理解できないと思った。
「私を助けていただいたことは本当に感謝しています。ありがとうございました。ただ急いで警察や救急に連絡しないと主人が死んでしまいます。連絡させてください。」
男の希望通り感謝を表し一刻も早く警察に連絡しなければ旦那が本当に死んでしまう。焦る気持ちを抑え、できるだけ男が興奮しないように伝えた。しかしそんな女の努力を嘲笑うかのように男は机に突っ伏している男の首を複数回に渡り刺すと振り返り何事もなかったかのように
「大丈夫、もう死んでた。焦って連絡する必要はない。」
「なにが大丈夫なんですか。」
女は思わず口にしていた。すると男は不思議そうに首をひねると極めて落ち着いて言った。
「俺に感謝をしているんだろう。しかしこの男が生きているかもという気持ちから素直に行動に表せなかった。たしかに自分の旦那であろう男は心配だ、だがそれ以上に俺に助けてもらったという恩は大きい。だからまずは警察なり救急なりを呼び、そこから俺への感謝を行動にしようとした。でももう大丈夫だ、死んでいる。まず俺への感謝を捧げたあとゆっくりこれとそこに転がっているのを片付けようじゃないか。」
すると男は自らの衣服を脱ぎながら近づいてきた。女はそこでどういうつもりなのかをやっと悟った。
逃げようと思ったが体はまだ先ほどのショックから立ち直ってはいない。言うことの聞かないからだを無理やり動かし逃げようと試みたが一瞬のうちに取り押さえられ、服も裂かれた。
「お願いします。やめてください。」
泣き叫んで必死に訴えるもうるさいと言わんばかりに殴られ、男の手が首を掴んだ。
男が果てたとき、女はすでに息をしていなかった。
「黙って従っていれば死ぬこともなかったのに、馬鹿な女だ。助けてやったのに命を粗末にするなんて信じられないな。」
服を着始めたところでサイレンの音が近づいてくるのがわかった。おそらく度重なる叫び声を聞いた近隣の住民が窓が割れているのを見てただ事ではないと通報したのだろう。
急いで服を着て家を飛び出して自宅に戻る途中で自分の衣服に血がついていることを思い出した。
「あぁ、まずいな。母さんがわかってくれるといいな。」
気が気ではなかった。まさか自分の息子に限ってそんなことがあるはずない。家に戻り惨状を目にするまでは信じられなかった。
息絶えているであろう自分の妻とその横でテレビを見ながらスナック菓子を頬張る息子。
「これはどういうことだ。今日この辺りで強盗殺人があったがそれについて知っていることはないか。」
受け入れがたい現状を目の当たりにしながら絞るように訪ねるとまったく悪びれる様子もなく答えた。
「空き巣が入っている家があったからその空き巣が持っていたナイフを奪って助けてあげた。旦那の方は死んでしまっていたけど嫁の方は助けてやったんだから感謝を行動で表すようにしたら抵抗して叫んだから首を絞めた。そうしたら死んでた。空き巣は犯罪だから死んでも仕方ない。命を助けてあげた恩人にたいして無礼を働いたんだから女も死んで当然だろう。帰って来て母さんにその服どうしたんだって聞かれたから今の説明をしたら警察に行くって言ったから俺は正義だってなにも悪いことしてないって教えてあげたけど聞かなかったから死んでしまった。仕方ないよね。父さんもそう思うだろう。」
昔から自分本意なところがあり上手くいかないことなどあるはずがない。そういった思想が宗一にはある。気づいてはいたがここまでとはまったく考えも及ばなかった。しかしこうなったのも自分の監督不行き届きだ。だから導いてあげなくてはいけないと考え伝わってほしいと願いを込めて言う。
「どんな理由があろうと殺人は犯罪だ。お前は裁かれなくてはならない。今から一緒に出頭しよう。まだ間に合う。」
「父さんもわかってくれないのか。やっと俺は自分のしたことが人のためになったと思っていたのに、やっと長い夜が明けて少し明るい世界にいけると思ったのに父さんまで見捨てるのか。また暗い世界で一人で過ごさなくてはいけないのか。父さん、俺は正義なんだよ。俺が助けなくてはあの女はすぐ死んでた。俺が助けたから命あったのにその言うなれば正義の味方に感謝を捧げなかった。だから死んだ。悪だったからだ。悪いやつは死なないといけない。わからないのか。俺が間違ってたのか。」
ゆらゆらと肩を落とし近づく我が子を見てとても哀れに思った。
大きな自尊心を持つくせに自己肯定感を持たないために、自分が他人から必要とされなくては生きていけず、自分を認めない人間のことを見る目のない屑だと見下している。
自分の世界がすべてで、他者の世界のことなど意に介さない、自己中心的なこの男が今、打ちのめされ自分がなんなのかという事すらわからない。こんな姿をこんな形で見ることになるとは思わなかった。まずは自分だけでも宗一なりの正義を認め、それから罪を償わせなくては、そう思い抱擁しようと迎え入れた。
「父さん、残念だよ。本当に残念だ。父さんはずっと正義の味方なんだと思っていたのに。」
急に腹部が熱くなるのを感じた。あぁそうか、遅かったか。最後に一言、自分は味方だったと伝えたかったがそれより早く意識が遠退いていくのがわかった。
しばらく走っていると自宅の方に走るパトカーと幾度となくすれ違った。家を出た瞬間から警察の追跡は始まっていた。いやもしかしたらすでに容疑者としてあがっていたが父が最後の望みをかけて自首するように来たのかもしれないな、でも俺は悪いことなどしていない。これからも俺が世の中の悪人を殺して弱いやつを助けてやろう。自分のしていることはなかなか理解されないかもしれない。しかしいつか世界は気づくはずだ。俺という正義があることに。それまでは俺が我慢をしてやろう。
宗一は自分の未来を思い描いていると息も絶え絶えになっているはずなのに笑みがこぼれてきた。やっと自分の存在意義がわかった気がした。
そんなことを考えていたが気づくと辺りは真っ暗になっていた。
「そうか、もう夜か。あれだけ夜を嫌っていたが今ではこの静けさが心地いいな。」
あれだけ夜に怯えて部屋を常に明るくしてた自分を思うと笑いがとまらなくなった。本当にくだらなかった。笑い声が響く町に宗一は再び走りだす。
宗一の行方は誰も知らない。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
自分の世界を文章にするというのはとても難しいですね。次はもっと上手く表現できるように頑張ります。
気づいたこと、感想、ご指摘等あれば優しくお願いします。