ハイトは約束を違えない
「あのぉ〜私も厨房、使っても大丈夫ですか?自分のご飯を作りたいんですけど?」
「お前。料理作れるのか?最強騎士なのに?」
「まぁ、人並みには」
本当にティファって初めから可笑しかったです。
「えーと、じゃあハイト!暫くコイツに付いて色々教えてやってくれ!頼んだぞ?」
「よろしくお願いします。ハイトさん」
「・・・よろしく、したくない」
嫌だと思ったのに、強く抵抗出来なかったんです。
この時はギャドが強引に押し付けたからだって思ってました。
「皆んなで使うスペースは、この食堂と玄関、廊下にトイレにお風呂ですね?後お庭もありますね?」
「君は、何の目的でここに来たの?」
「あの〜私捕虜なので、目的とか言われましても。指示されて来ただけですので」
何か企んでくれていた方が僕としては楽だったんだけど、見事に期待を裏切られました。
「あ。氷冷庫見ても良いです?誰か食材入れてますかね?」
「いいけど、皆んな入れっぱなしで忘れてるから結構凄い事になってると思う」
「じゃあ、ダメになりそうな食材貰っちゃっていいですか?捨てるの勿体ないですから」
「いいけど。本当に作るの?」
ティファが料理を作ると言って僕は内心ドキドキしていたと思います。多分、それは予感だったのかも知れないです。
「・・・わぁ」
「凄いでしょ?皆んな詰め込む癖に片付けないから」
「うーん。どこからどこまで使って良いのか分かりませんね?一度皆さんに確認しに行かなければ」
「あ。それなら左側は使っちゃって大丈夫だよ。ゴミの日は決まってるから、使わなくなった食材はそっちに入れてあるんだ」
僕がわざわざ捕虜を気にかけることなんて普段ならないんです。でも、なんか放ってけなかったんですよね。
「では、こちらは私が使わせて貰います。食費も浮きますしね?」
「・・・君。最強騎士なんだよね?」
思わず聞いたら呆れた様な困った様な顔をされました。
女の子なんだから料理が作れてもおかしくありません。
でも、聞かずにはいられなかったです。
「え?その香辛料使うの?それ、商人から美味しくなるからって買ってきた奴が騙されたって怒ってたやつだ」
「そうなんですか?使い方を間違えたんじゃないです?直接かけちゃ駄目ですよ?刺激が強すぎるので漬け込むのに使います」
ティファが肉を綺麗に切り分け香辛料などを入れているのを眺めながら、僕、かなりソワソワしてました。白状すると作ってる途中から食べたいと思ってました。
「・・・・・君。手際がいいね。もしかして、料理得意?」
「はい。私実は料理人目指してたんですけど、飢饉でそれどころではなくなってしまって兵士になったんですよねぇ」
「・・・・・え?」
「あ?内緒にして下さい。また、騎士の癖に〜とか言われそうなんで?」
料理人を目指していたなら、さぞかし味はいいんでしょうが、きっと僕は味を感じないんだろうなぁ、と絶望感を感じながら少しくらいならと期待を持っていました。
「あの〜お暇でしたら何処かで時間を潰しててもいいですよ?」
「でも、それじゃ監視の意味がないよ?毒を盛られるかもしれないし」
「え?どこの世界に自分のご飯に毒を盛る人がいるんです?」
え?くれないの?
「これ、全部一人で食べるつもり?」
「え?そうですよ?朝昼晩私はここでご飯を作って食べますので」
いや、どうせね?
味なんてまともに感じないんだから別に食べる必要なんてないんです。でも・・・・。
今ティファが潰して丸めたお芋を焼いたやつ。
めちゃくちゃ美味しそう。
「・・・あのさ。それ、どうするの?」
僕諦めが悪いですかね?しつこい?
「こうやると、香ばしくてとても美味しくなるんです。食べたことないですか?」
「・・・ない。初めて見た」
僕の顔をちらり見て、少し考えた後ティファ僕にそれをくれました。僕はとてもウキウキしてました。はい。
「どうぞ、出来たてですから火傷しないように」
少しでも味を感じれたら儲けものです。
まぁ、彼女騎士なので期待を裏切られる可能性は高いですが。
「じゃあ。いただきます」
ハフッ。アツ・・・うっ・・わぁ!!え?な?
「・・・・な、何これ。うま」
「お口に合いました?それなら良かった」
お口に合うどころの話じゃないよ?何この食べ物?
物凄く複雑な味が口の中に広がるんだけど?
こんな、こんな食べ物僕、今まで食べた事ないよ?
「いや、本当に。久しぶりかも、こんな美味しいもの食べたの」
「じゃあスープも是非。それは自信作なんです」
え?嘘。女神?
え?ヤバイ。このスープ凄い。僕泣きそう。
この子の料理、美味しすぎる。
「ハイトさん。ご飯もまともに食べられないほど忙しいんですか?駄目ですよ?どんなに忙しくてもご飯はちゃんと食べないと」
「いや、食べてるには食べてるんだけど・・・そうじゃなくて・・・」
いけないです。もっと冷静を装わないと。この子捕虜なのに。でも、僕の為に作られた物じゃないのに、なんでこんなに味がしっかり感じられるんでしょう?
あ、この料理魔力付与されてます。そのせいなんですかね?
「暫くは私に付きっきりですよね?その間は私のご飯でよければ一緒に用意しましょうか?無理にとは言いませんが」
「え?いいの?」
「はい。そのかわり他の方にはあまり言わないで下さい。貴方が揶揄われたりして、きっと嫌な気分になるでしょうから・・・」
やったああああああ!!!え?じゃあこれから毎日こんな美味しいもの食べられるの?本当に?ここ天国なんですか?それからはもう毎日がパラダイス。
僕はその時、深く考えていませんでした。なるべく長い間彼女の料理が食べられるよう細工して、ここを離れても彼女の料理が食べられるようにティファの住民権の手続きやら貸店舗の物件探しやらを勝手に行い、彼女をここに止まらせる事だけを考えてました。
自分がしてる事がおかしいなんて思っても見なかったんですよ。いや、おかしいですよね?ドン引きです。
「そういえばハイトさんの好物って何ですか?」
「え?僕の好物?」
「オムレツ」
「え?オムレツですか?卵だけの?」
「うん!ふわふわとろとろのオムレツが大好物」
母さんのオムレツは本当に美味しかった。
あれが食べられると思ったら、僕は胸の動悸が治りませんでした。卵をすくって口に入れた瞬間のあの、衝撃。
"ハイトさんが美味しく食べられますように"
じゅわっと広がるまろやかで濃厚な卵の味と、ティファの想いが流れ込んで来たのが分かりました。あんな事初めてで震える身体を押さえながら食べたんです。
たかがオムレツに大袈裟な、と他人は言うでしょうね。
彼女はいつだって食べる相手を想定して料理を作るんです。食べる相手が食べやすいよう常に気を配り料理を進めます。だから、今まで僕の為だけに作ってくれた物は無かったんです。でも、あのオムレツは、僕の為だけのものだった。あんな物食べて平静で居ろなんて無理です。
「・・・・ティファ」
愛しくて愛しくて、どうしたらいいのか分からなかった。
許されるなら強引に彼女を抱き寄せて、思い切り抱きしめてしまいたい。でも、そんな事出来ない。僕は彼女の恋人じゃない。彼女は僕を好きではないから。
「は、ハイトさん?」
ティファが戸惑う。その度に、もう全部言ってしまおうかと思った。でも、失うのが怖い。僕も君と同じだ。
君が僕とずっと一緒にいてくれる。僕と一緒に逃げてくれる。なんて幸せなんだろう。全てを投げ捨ててここから立ち去れば僕は怯えながら過ごす日々から解放されるんだろうか?
[いやだぁぁぁぁぁぁあああああ!!!]
ティファ。
君は頑張ったと思う。
愛する者を失い家族を守る為、兵士になった君を、誰も理解しようとしなかった。
君は心の扉を開けられないまま、それでも本当はいつも人を愛していたね。あの変態王子の事さえ受け入れようとしたんだもんね?君は認めないと思うけど僕はちゃんと分かってるんだ。君の料理を食べていたから。
だから、僕はティファにちゃんと自分自身も愛して欲しかった。自分をちゃんと受け入れて許してあげてほしい。
そうしないと、いつまでたっても苦しいままだ。
「ティファ」
そうだよ。アレは僕なんだ。
「僕を信じて」
救いに行こう。
そして、一緒に帰って来る。
ティファ、君の下へ。