やきもち
家に帰ってくると、いつの間にかミリオも帰ってきていた。
「おかえりアスマ」
「おう、ただいま。帰ってたんだな」
「うん。ついさっきね」
さっきってことは、俺がギルドに向かったのと入れ違いぐらいか。
「細工屋に弓の調整と矢の補充に行ってたんだよ。ある程度は自分でもできるんだけど、やっぱり本職に任せた方が具合はいいからね。その後少し訓練場で試し射ちしてたらこんな時間になっちゃったよ。アスマは?」
「俺は昼頃に起きてから、鍛冶屋に行って修繕してもらう装備を預けたり……。ってそうだ朝言ってた魔石なんだけどさ、あれすっげぇ高く売れたんだよ」
「そうなの? 高価だっていうのは聞いたことがあるけど、そんなに?」
「ちょっと耳貸してみ」
何となく内緒話をするような心境で、手招きをしてミリオを傍に呼び寄せ、耳元でごにょごにょと内訳を伝える。
「え? 本当に?……すごいね、それは」
「だろ? んで、その金でちょっと新しい装備を整えて、その後南門にある薬屋でこれ買ってきた」
ポーチの口を開け、その中から赤い液体の入った小瓶を、革袋から金を取り出してミリオに差し出す。
「ほい。大分遅くなったけど、あの時の借りを返すよ」
「ん、これって回復薬? それにこのお金は?」
「前に返すって言っただろ? 回復薬と装備代だよ」
「あぁ、そういうことか。でも、装備代はともかく回復薬はこっちが勝手に使ったものだから別に返してくれなくてもよかったのに」
「いやいや。ミリオがいいって言っても、それじゃあ俺の気が済まないんだよ。ずっとモヤモヤしっぱなしだったんだからな。受け取ってくれないと泣くぞ」
「泣かれても困るんだけど。まぁ、そういうことなら受け取っておくよ」
「おう。いやぁ、よかった。これで肩の荷が少し下りた」
ようやくいくつかある大恩を少し返すことができた。一時期は本当にそれを返せるかどうか分からなくなって焦った時もあったけど、何とか金関係はどうにか返せてよかった。
目標の目処が立ってきたのは良いことだ。目的が決まっているのならとりあえずはそれに向かって邁進すればいいからな。それを達成したらどうするかはまだ明確には決めてないけど、それはその時に決めればいい。今はとにかく自己研鑽を続けるとしよう。
そして、ミリオとの話が一段落した頃。クレアが部屋から出てきた。
さっきから良い匂いがしていたから分かっていたのだが、いつの間にか夕飯の支度は終わっていたようだ。
クレアは調理が済んでいる料理を皿によそうと、食卓にそれを並べていく。
「じゃあ食事にしようか」
「あぁ」
それぞれがいつも座っている席に着き食事を始めたが、何となく空気が重い。
最近は食事の時間と言えば、その日あった他愛ない出来事なんかを話したりしながら和気あいあいとした時間を過ごしていたはずなんだけど、すごく、無言だ。
いつもの通り思念会話は繋いでいるし、話そうと思えばいつでも話せるんだけど、いつも会話の口火を切っていたクレアが何も話そうとしないので、正直ちょっと困っている。まだむくれてるんだろうか。
ここは何か俺から話し掛けるべきか。よし。
「あー、クレアさん? 今日はずっと家に居たみたいだけど、何かしてたのか?」
『別に』
「そ、そっか。あー、今日もクレアさんの料理は美味いなー。何か特別な味付けとかしてんの?」
『別に』
「そ、そっか」
下手くそか! 自分がこんなに会話を振るのが下手くそだとは思っていなかった。いや、普段ならもう少しマシだとは思うけど、何か話し掛けづらいというか、何というか。
ミリオはそっとしておこう、と言っていた通り、傍観を決め込んでいる。
でもな、こういう空気苦手なんだよな。無言でいること自体は平気なんだけど、無言にも種類があって、これは苦手な方の無言だ。
何か取っ掛かりはないかな?……あ、そうだ。
「そういえば、今朝話してた獣人の村なんだけど、近々皆で行ってみないか? 俺とミリオとクレア、あとアンちゃんも誘ってさ。俺もまだほとんど見て回ってないから、楽しみにしてるんだよな。ほら、知り合いになったエルフっ娘たちがいるから案内もしてもらえるし、な」
これでどうだ。獣人の村だぞ? わくわくするだろ? もふもふだぞ?
『……私はいい。三人で行ってきたら。ごちそうさま』
素っ気なくそう言い残して、クレアは部屋に戻っていってしまった。
あ、あれぇ?
「……アスマ」
「な、何?」
「やきもち焼いてる相手にあれはないよ」
「……お、おぅ」
……しまった。完全に失敗した。何やってんだよ俺。




