薬屋
昼食を食べ、食器を洗い終えた後。
聞いているかは分からないが、家の中に向け「行ってきます」と一言挨拶をし、家を出る。
向かうは南門近くの薬屋。
そういえばこの街には半年以上滞在しているのに未だに南門の付近には行ったことがなかったな。
まぁ、今までそっちの方には特に用事はなかったし、基本的には鍛練の日々を送っていたから余計な散策なんかはしたことがなかった。俺の行動範囲は大体街の半分から上だけで、ギルドや市場、鍛冶屋ぐらいにしか立ち入ったことがない。宿屋や酒場なんかの店の前を通ったことはあるけど、そもそも宿屋は行く意味がない。酒場は金があれば一度行ってみたいとは思っていたが、一人で行くには難易度が高いので、今はまだ見送ろうと思っている。
街の真ん中にある十字の大きな通りを南門に向け歩き始めて少しした頃。前方に何か奇妙な物を発見した。
遠目にそれを目にした時は、ただ人が何かを抱えて店の前に立っているだけだと思っていた。だが、そこに近づくにつれて顕になってきたそれの正体は、等身大の人形だった。
人型をしているが、それはおよそ人とは程遠い不気味な見た目をしていた。まず、関節の位置が明らかにおかしい。肘や膝が本来あるべき場所よりも上だったり、下だったりして、しかも左右で非対称になっているからなおのことだ。見ているだけで不安になってくる。
顔の造形に関しても子供の落書きのように乱雑としたもので、目が妙に大きくて、鼻はなく、口が頬に当たる部分まで裂けていて、単純に怖い。夜道でこんなのに出くわしたら間違いなく悲鳴を上げてしまうだろう。
そして、そんな独特な人形が、片手と片足を上げ独特なポーズをとっているのだから更に不気味だ。
そんな人形の首からは、紐を通した板が吊り下げられていた。どうやらそれは看板のようで、そこにはこう書いてあった。
〈☆世界最強の魔術師シャーロットちゃんの魔法薬販売店☆〉
「……」
……帰ろっかな。
正直、何かもう色々とやばすぎて、何と言えばいいのか分からないけど、絶対普通の店ではないよな。
何だよ世界最強の魔術師シャーロットちゃんって。ここの店主はちょっと頭がアレなんだろうか。看板の文字が読めるようになったことを今初めて後悔したわ。さすがにこれはちょっと、駄目なやつのような気がする。
実は俺の探している薬屋はここじゃない可能性を考えてみるが、ドンガルさんが薬屋は南門近くの独特な店構えをしている店舗だと言ってたし、ここなんだろうなぁ。
でも店構えが独特って言ってたけど、この人形がアレなだけで、店構え自体は……。うん、おかしかったわ。人形のインパクトが強すぎて気づいてなかったけど、建物の見た目からして変だった。
正直、言葉では表せないこの奇怪なものはいったいなんなんだろう。見ているだけで精神が侵されそうになってくる。こんな店を大通りに建てて大丈夫なのか? 日常の風景にこんな異物が混じってるのってすっげぇ嫌なんだけど。
でも、確かに毒薬とかの普通では手に入らないような物が置いてありそうな気配はビンビン伝わってくる。本当はこんな場所に入りたくはないけど、仕方ない。これも一つの経験だ。最悪駄目だと感じたらその時点で回れ右して帰ることにしよう。
よし、それじゃ行くぞ。
覚悟を決めて扉を押し開くと、中から薬の独特な匂いと、冷気が漂ってきた。
匂いは分かるけど、何でこんな肌寒いんだ? 温度管理でもしてるんだろうか?
店の中に足を踏み入れ、左右を見回してみると、色々な形状のガラスでできた器が所狭しと並べられていて、それ以外にもよく分からない植物や何かの角に、鱗のようなものがひしめいていた。
だが、奥のカウンターにも、それ以外の場所にも人の姿が見当たらない。鍵が掛かっていなかったし、留守ということはないだろう。とりあえず声を掛けてみることにしよう。
「すみません! 誰かいませんか!」
……反応がない。あれ? 留守なのか?
そう思った時、上の方から扉の開閉音が聞こえた。どうやら店主は二階にいたようだ。なら降りてくるのを待っていようと思い、音のした方向に視線を向けた瞬間、突如として、目の前に何かが落ちてきた。
一瞬身構えたが、危険察知は発動していない。つまり害意はないということだ。
構えを解き、落下してきたそれが何か調べようと近づいたその時、その何かが動きを見せた。
屈んでいた姿勢から立ちあがるようなその挙動は、正に人の動きだ。
まぁ、何となく分かってはいたが、人が二階から飛び降りてきたということなのだろう。その人物は全身を覆うローブを身に纏っていて、フードの中からは血のように赤い目が覗いていた。




