前日
一日前。
西の森で起きた騒動を何とか切り抜け、無事に帰還した俺を待っていたのは「おかえり」というミリオの出迎えの言葉と、しがみつくようなクレアの抱擁だった。
俺の腹部辺りに顔を埋めたクレアは、その小さな体を震わせ、決して俺の体を離すまいと精一杯の力を込めて取り縋ってきた。
「おっと。ただいまクレア」
勢いよく抱きついてきたクレアと共に倒れてしまわないように足に踏ん張りをきかせ耐える。そして、その瞳から涙を溢し続ける彼女の背に手を回し、もう片方の手を頭に乗せ優しく撫でる。
「ごめんな、帰るの遅くなって」
髪を手ですくように撫で、約束を破ってしまったことに対する謝罪をしていると、シャツをくいっと引っ張られた。これはクレアが俺に思念会話を繋いでほしい時にする合図だ。
未だに魔力は完全回復には程遠いが、あれからある程度時間が経っているので少しの間なら思念会話の使用も問題ないだろう。そう思い、クレアと、ついでにミリオにも思念会話のチャンネルを繋げる。
すると、魔力の糸が繋がったような感覚がした後、頭の中に直接クレアの声が聞こえてきた。
『……心配、したんだよ。夜には帰ってくるって言ってたのに、帰ってこないから、アスマ君に何かあったんじゃないかって思って』
どうやら俺が想像していた以上に心配を掛けていたみたいだ。すごく罪悪感を感じる。
「本当にごめんな。出先でちょっとした騒ぎに巻き込まれちゃってな、戻ってきた時には門が閉まってたから開くまで中に入れなかったんだよ」
「あぁ、それは災難だったね。でも怪我もないようだし、無事で何よりだよ。ほらクレア、僕の言った通りアスマは大丈夫だったでしょ」
俺の言葉に対し、労いの言葉を返してくれたミリオは、その後クレアに聞かせるように声を掛ける。
どうやら俺が帰ってくるまでの間に、俺のことを心配して待っていたクレアに、ミリオが何か言い含めていたようだ。
『……でも。お父さんと、お母さんは、帰ってこなかったもん』
「え?」
クレアの発言に疑問を覚えた俺は、ミリオに視線を向け説明を求める。
「うん。その、この家には今僕らしか住んでいないのは、アスマももう知ってるよね?」
「あぁ、まぁ」
何となく気になってはいたが、聞いたらまずいかと思って俺からは何も聞かず、今まで有耶無耶にしていたことだ。
「でも当然、元は両親とも一緒に暮らしていたんだよ。でも、冒険者だった僕らの両親は、五年前、任務に向かった先から、今も帰ってこないんだ」
「……それは、出先で事故に遭ったとか、そういうことで?」
「分からない。ギルドに問い合わせても結局何も分からなかったし、二人から便りが届くこともない。生きているのかどうかも分からない」
生死すらも分からないというのは辛いな。少し残酷だが、死んでいるのならそれはそれで諦めもつくというものだ。しかし、生きているかもしれないという曖昧に希望を残している状況は、残された側からしてみれば途方もない苦悩だ。事故に遭い身動きの取れない状況にあるのだとしても、連絡がなければその状況を知ることもできない。
そして、一番最悪な想像は、捨てられたかもしれないという疑念だ。いつまで経っても帰ってこず、連絡の一つも寄越さないとなればそういう考えが浮かんでしまうこともあるだろう。
いったいこの二人の両親は何をしているんだか。亡くなっているのなら申し訳ないが、もし生きているのだとすれば、二人にそんな苦悩を植え付けたことの責任を取って早く帰ってきてあげてほしいものだ。




