帰還
森を抜け出し、草原へと足を踏み出す。
その瞬間夜風が俺の頬を撫でる。その風は戦闘で火照てり汗が滲んでいた肌に心地よく、体に溜まった熱を取り除いてくれているように感じられた。
「っん~。あー、気持ちいい風だな」
月明かりの下で体を伸ばし強張った筋肉をほぐす。
魔剣を手放すことになったのは少々残念だったが、休憩を挟みながら移動したとしても、あの重量を担いで数時間の道のりを踏破するのは割と重労働ではあったので、今の疲れた体には相当応えたはずだし、これで良かったのかもしれない。代わりに魔石をもらっちゃったし。どれぐらいで売れるのかは知らないけど、代わりと言って渡してきたものなんだから最低限の価値はあるだろう。……たぶん。
まぁ、そもそも駆け出しどころか未だに冒険者ですらない俺が魔剣を持ってるなんておかしい話だし、最悪質の悪い連中に目をつけられて奪われる可能性もあったんだし、すぐさま売り捌ける魔石を手に入れられただけよしとしておこう。
「行くか」
辺りを見渡して人が踏み均したことで草が生えなくなっている道を見つけ、それを目印に街までの帰路を辿る。
森の中にもこんな分かりやすい道があれば楽だったんだけどな。馬車も森の向こう側に行く時は迂回して行くみたいだし、本当に森は初心者に優しくない。慣れればある程度場所が分かるようになるらしいけど本当なのかね。
益体もないことを考えながら足を進め続け、遂に視線の向こうに街の門が見えるところまで戻ってきた。
相変わらず暇な道程だったし、とっくに暗闇には目が慣れているがそれでも光源が月ぐらいしかないおかげで周囲が暗く、遠くを見通せないため、急に何かが飛び出してこないように辺りを警戒しながら歩いていたので疲れた。
それから少ししてようやく門の前まで辿り着き、門番をしている二人の兵士に手を上げ声を掛ける。
「ども、お疲れ様っす」
「あぁ、そっちもな」
「任務の帰りか? こんな時間までご苦労なこって」
「ははっ。あのさ悪いんだけど、門が開く時間までここで待たせてもらってもいいかな?」
「構わないぞ。なんならそこの隅で寝ててもいい、時間になったら起こしてやるから」
門兵の一人が自分の立っている後ろの門と壁の隙間を親指で示してそう言ってくれた。
「え、本当に? ありがとう助かるよ」
「礼なら現物でしてくれ。昼ならだいたい兵舎にいるから、金に余裕がある時に酒か食い物でも持ってきてくれ。あ、俺テッドな、そっちのがアストン。持ってきてくれんなら兵舎でどっちかの名前出してくれれば助かる」
人懐こい表情を浮かべたテッドがそんな要求をしてくるが、まぁそれぐらいならそのうち持っていってもいいかな。ただ親切にされるよりそっちの方が分かりやすくていい。
「俺はアスマだ。あぁ、分かったよ。そのうち適当なものでも差し入れに行くよ」
「お、物分りがいいな。気に入った。んじゃ、どうぞこちらでおくつろぎくださいよ、冒険者様」
演技めいたおどけっぷりに思わず笑ってしまう。変なやつだな。まぁ、こういうやつは嫌いではないけど。
テッドの横を通り壁際に座り込み一息つく。時計なんてものがないから朝までどのぐらいの時間があるかは分からないけど、特にやることもないし、門番の二人には悪いけど一眠りさせてもらうことにする。お休み。
どのぐらい眠っていただろうか、目蓋に光を感じ目を開く。
辺りはまだ薄暗いが、もう日は出ているみたいだ。壁に背をもたれ掛けて眠っていたので体が痛いので、その場で立ちあがり体をほぐし始める。
その気配に気づいたテッドがこちらに振り向き声を掛けてくる。
「よぉ、おはようさん」
「あぁ、おはよう」
そのやり取りでアストンもこちらに気づき、その顔ににやりとした笑みを浮かべる。
「いい時間に起きたな。もうすぐ開門の時間だぜ」
その直後に街の中から鐘の音が鳴り響く。日に三度鳴る鐘が朝を報せているのだ。
そして、それと同時に少しずつ時間を掛けて門が持ち上がり始め、街の様相が目に入ってきた。
「ふぁ~あ。ようやく交代の時間か、あーくたびれた、早く代わりのやつ来ないかな」
あくびを一つして、疲れた表情を見せるテッドは門の中に視線を向け交代で来る人間を探している。
それを尻目に俺は開いた門をくぐり、街の中に入っていく。
「それじゃ、悪いけど俺は一足先に行かせてもらうな」
「おう、差し入れ楽しみにしてるぜ」
テッドの言葉に返事は返さずに正面を向いたまま歩みは止めずに、手をひらひらと振り、その場を後にした。
そして、共用の水場で装備についた汚れをある程度落とし、布で拭い去り、その後ようやく家の前まで辿り着いた。
……長かった。丁度昨日の今頃ここを出発して、丸一日経った今、やっと戻ってくることができた。
色々あったけど、五体満足で怪我もなくこの場に立っていられるのは森で出会った人たちのおかげだ。感謝しないとな。
でも、夜には帰ってくるって約束してたのに破っちゃったから、クレア怒ってるんだろな。謝って許してくれるといいけど。
まぁ、いつまでもここで立っているわけにもいかないし、潔く許してもらえるまで何度も謝ろう。
覚悟を決めて扉に手を掛け開き、家の中のどこに居ても聞こえるような声で一言。
「ただいま!」
と声を掛けた。
とりあえず一章完結です。
ここまで読んで下さった方に感謝を。
引き続き二章を開始しますのでどうぞよろしくです。




