魔族
三人と別れた後、薄暗い森の中を少し歩いた辺りで行く手に森の切れ目が見えた。出口だ。
このぐらいの距離なら迷う程ではないとは思っていたけど、どうやら無事に辿り着けたみたいでよかった。
何だか森の外に出るのが久しぶりのように感じるが、実際にはそこまでの時間を過ごしたわけではないのに不思議な感覚だ。
そして、あまり光の届かない森から、月明かりに照らされた外の世界へと足を踏み出そうとしたその時。今までにない程の大音量で危険察知が頭の中に鳴り響く。跳ねられたように背後を振り返ると、そこに居たのは白銀色の髪が特徴的な青年だった。
だが、その髪以上に強烈な印象をこちらに植え付けるのは、こめかみの上辺りから左右対称に生えている角だ。
……角の情報は聞いた覚えがないけど、白銀色の髪、あれはセシリィが言っていた魔族の特徴。
「やぁ、良い夜だね」
青年はまるで友人と接するかのように気さくな態度で話し掛けてきた。
だが、それに対して俺は何の対応もできない。
獣人たちの村で、村長と向き合った時に感じた以上の威圧感をその青年から感じ、指先すら動かせないほどの恐怖が全身を支配している。
「あれ? 反応がない。どうかしたのかい?」
俺が何の反応も示さないことを疑問に感じたのか、青年が小首を傾げ無造作にこちらに近づいてくる。
青年からはこちらを害するような敵意は感じられないのだが、そのあまりにも強大過ぎる力を脅威と感じたのか、彼が一歩足を進める度に危険察知の警戒音が段階的に大きくなっていく。
このままじゃ駄目だ。何か返事を返さないと、彼の不興を買えばその瞬間に俺は殺されるだろう。間違いなく、確実に。
そうだ、村長の威圧感に呑まれて無様を晒したあの時に決意したはずだ。この経験を糧にして強くなろうと。恐怖などというものは俺の心の弱い部分が感じているだけの負の感情だ。だから、心を強く保ち、奮い立たせ、強い意志を示せ!恐怖なんて曖昧な感情にいつまで囚われているつもりだ! 強くなるんだ、今ここで! 乗り越えろ、目の前の壁を!
「……ぃ、や」
「ん?」
「ぃ、いやぁ、すみません。いきなり声を掛けられたもので、少しびっくりしてしまって」
顔に精一杯の笑顔を張り付け、なるべく相手を刺激しないようにへりくだった態度で頭を下げながら言葉を絞り出した。
「あぁ、それは悪いことをしたね。下手にエルフと事を構えると後々厄介なことになるから君が一人になる機会を窺っていたんだ」
「え?」
俺が一人になるのを待っていた? つまり、こいつは俺たちのことをどこかから見ていた、ということはやっぱりあの騒動はこいつが引き起こした可能性が濃厚になってきたな。
「とりあえず君に聞きたいことがあるんだけど、構わないかい?」
「あ、はい。どうぞ」
聞きたいことか。こいつがあのオークを使役していたのだとすれば、狙いはあの人だろう。
「君、この森で銀狼族の獣人を見なかったかい?」
「銀狼族、ですか? いえ、見てませんね。銀狼族どころか獣人自体を」
「ふむ、やっぱりここもハズレか。あれだけの騒ぎを起こしても出てこなかった以上そうなんだろうね」
「騒ぎを起こしたって、もしかして、さっきのオークやゴブリンは貴方が?」
「あぁ、そうだよ。私があれらを支配してやらせたことだ。私自身がやるとどうしても被害が大きくなりすぎてしまい、アレに私の居場所がばれてしまう可能性があるからね」
……やっぱりあの騒ぎの元凶はこいつだったのか。村長さんを狙っている魔族。こんなのに付け狙われているなんて村長さんも災難だな。
「そういえば、君の戦い方あれは中々に良かった。オークを煽動して、自分の手を汚さずにゴブリンを始末する。あの手腕は実に悪辣で大変好ましく感じたよ」
「……そうですか? ありがとうございます」
あのような手段を取ったことを褒められても全く嬉しくはない。それどころかあんなことをした自分を思い出して気持ちが落ち込んでくる。
「それじゃあもうここには何の用もないし、次に行くとしようかな」
是非ともそうしてほしい。正直これ以上こいつと関わり合いたくないし、あの人たちともこんなやつと関わってほしくない。
どこかへ行くというのならどこへなりともさっさと行ってほしい。
「と、それよりも最後に君に一つお願いがあるんだけどいいかい?」
「お願い、ですか?その、内容を聞いても?」
お願いだと? 何だ? こいつが俺に、何を?
「その剣なんだが、私がオークに貸し与えていたものでね。よければ返してもらってもいいかい?」
……何だ、そんなことか。魔剣を手放すのは惜しいが、ここで返さないという選択肢はない。そんなことをすればその後の結末なんて分かりきっている。素直に渡そう。
「あ、あぁ。はい、そういうことならもちろんお返しします。どうぞ」
話している間剣先を地面に刺し、片手で支えていた魔剣を引き抜き、魔族の青年に手渡す。
「悪いね。その代わりと言ってはなんだが、君にこれをやろう」
そう言って彼が懐から取り出したのは微かに魔力を帯びている掌に収まる程度の大きさの石片だ。
「オークとの戦闘で武器を破損していたようだったからね、その魔石を売却し、修理代に充てるといい」
「あ、ありがとうございます。助かります」
「それでは縁があればまた会おう」
そう言い残して魔族の青年は森を抜けると、そのままどこかへ飛び去っていってしまった。
……はぁ。緊張した。
でも、意外に話が通じる相手で良かった。人を誘き寄せるために森に火を放つようなやつだからどんなやつかと思ってたけど、案外理知的なやつだったな。
何にしても、どうにかやり過ごせた。本当に今日はもう散々だ。早く帰ろう。




