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断片

 さっきガイドさんはなんて言ってた?

 ……憤怒って言ってたか? 憤怒と言えば人の罪の根源。七つの罪源の一つのあれか?

 でも何で今そんな言葉が出てくるんだ?オークの俺に対しての怒りがその憤怒だという感情だったということか? だからってそれが何でスキルの取得に繋がるんだ? 訳が分からない。

 ……あれ? そういえば、少し前にどこかで憤怒という言葉を耳にした記憶があるような。どこだ?確か、まだこの世界に来る前だったような……。

 ――そこまで思い出した瞬間に、憤怒という言葉を起点にして、頭の中に断片的な記憶が蘇った。

 ……何だ、この記憶は? 誰かの声が聞こえる。これは、俺の声、か?

 それは酷く歪な激情により塗りたくられた、怨嗟の慟哭、嘆きの咆哮、怨恨の呪詛。

 怒りが、恨みが、憎しみが、暴力的なまでの感情の波となり漆黒の空間を満たす。

 その何もない空間には、唯一人俺だけが存在している。いや、違う。もう一人誰かが居る。少女だ。漆黒の空間の中に浮かび上がるような白い少女。その姿はどこまでも白い。透き通るような白い髪、穢れを知らぬ白い肌、だが対照的にその瞳はまるで血のように濃い赤だ。

 膝を突き頭を垂れる俺の正面に少女は立ち、俺を見下ろし、その形の良い唇から囁くように言葉を紡ぎ、そして、俺に手を伸ばす。

 俺は少女の手を取り、立ち上がる。

 その時の少女の印象的な表情と言葉を何故今まで忘れていたのだろう。今でも脳裏に焼き付いて離れない、少女のあの、不気味なまでに歪んだ笑みと、「見ぃつけた」という言葉を……。





 「……マ!……スマ!……ちょっと、アスマッ!」


 後ろから自分に掛けられた声に、はっとする。あれ? 俺、今何してたんだっけ?

 そう思ったが、魔剣を掴んだ手と、オークの死体を支える腕を見て現在の状況を思い出す。

 ……いや、思い出すも何もないだろ。そう、今はこの死体ごと木の幹に突き刺さった魔剣を回収するためにこうしてそれを引き抜こうとしてたんじゃないか。

 だが、とりあえずそれは置いておいて、俺に声を掛けてきたセシリィの方に振り返る。


 「何だ?」

 「いや、何だって言うか、さっきからじっとそのまま止まってるからどうしたのかと思って声掛けたんだけど」

 「あー、いや、ごめん何でもないよ。何かちょっとぼーっとしてただけ。やっぱ疲れてんのかな?」

 「大丈夫?疲れてるのなら私が代わろうか?」


 心配そうな顔でそう申し出てくれるミーティアに大丈夫だよ、と返し、顔の前で手をヒラヒラと振る。

 さすがにそこまで他人任せにするわけにはいかない。この魔剣は俺が貰って帰るって言ったんだから、せめてこのぐらいは自分の手でやっておきたい。

 魔剣を握る腕に力を込めて全力で引く。

 だが、想像以上に深く突き刺さった魔剣はびくともせず、抜ける気配が感じられない。

 と、そういえばスキルの効果が切れてるんだった。

 一度魔剣を握る腕の力を抜き、意識を集中させ闘気を発動する。そして、再度魔剣の柄を力一杯握り締め、気合いを込めた咆哮で更にスキルを発動させ、それと共に一気に引き抜いた。

 引き抜いた瞬間に魔剣の重みで体が後ろに持っていかれそうになったが、すんでのところで堪えて、その切っ先を地面に刺し自立させる。

 そして、片腕で木に押さえつけるように支えていたオークの体から手を放すと、その体は自重に負け前のめりに地面へと崩れ落ちた。

 一息吐いたところで闘気を解除する。

 そして、忘れないうちにオークの首から首飾りを外し取り、革袋の中に仕舞い込む。さっきまで完全に忘れてたけど、最初に手に入れたやつはあの時にオークを挑発するために使ったから、回収しておかないとな。

 その後両手で魔剣を地面から引き抜くが、闘気を発動させていない状態だと、思った以上に重く、正直、これを担いだまま街まで戻ることを考えると何度か小休止を挟まないと無理なんじゃないかと思う。

 まぁ、夜遅くになると街の門が閉じられているから、結局は朝一まで門の前で時間を潰さないといけないし、丁度良いのかもしれない。


 「よっと」

 「随分と重そうにしてるわね。そんなんで持って帰れるの?」

 「あぁ、まぁ何とかなると思う」


 今の状態ではとても戦闘で使えたもんじゃないけど、持って帰るだけだからな。もし魔物と遭遇しても、一度手放して戦闘後に回収すればいいだけだ。

 と、そこで地面に倒れたオークの死体が目に映り思い出す。


 「あ、そういえば。この大量の死体の処理どうしようか?」


 そのままにしておくと病が蔓延したり、アンデッド化したりするみたいだし、このままにしておくわけにはいかない。


 「あぁ、それならアタシたちがやっておくからアンタはもう帰ってもいいわよ」

 「え? いや、でも」

 「魔力切れで魔術ももう使えないんだし、アンタは十分働いてくれたんだからこのぐらいはこっちに任せなさいって」

 「うんうん。後のことはお姉さんたちに任せて!」

 「……うん」


 確かに、これだけ大量の死体を処理するのに魔術が使えない俺が居てもあまり役には立てそうにないか。


 「そっか。ならお言葉に甘えようかな。じゃあ悪いけど、後のことは任せるよ」

 「えぇ、それじゃあね。今日は助かったわ、ありがと」

 「ありがとうアスマ。絶対また来てね。バイバイ」

 「……また、ね」

 「あ、そうだ、帰り道分かる? 外まで送ってく?」

 「いや、たぶん大丈夫だと思う」

 「そ?じゃあまた今度ね」

 「うん。じゃあまた」


 魔剣を片手で引き摺るように持ち、別れの挨拶と共にもう片方の手を振る。

 そして、踵を返し死体を目印にして元来た道に引き返していく。エルフ娘たちとはしばらくのお別れだ。随分とあっさりとした別れだが、またここに来ると約束しているし、来ようと思えばいつだって来られるんだ。変に長引かせるより、別れ際は潔いぐらいが丁度良いだろう。

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