怪我
大の字に倒れたまま空を見上げる。
もうすっかり辺りは暗くなり、完全に夜の帳が下りてしまったようだ。
暗闇の先に見えるのは燦然と輝く綺羅星、こんなに綺麗な星空を見たのは初めてだ。
俺の住んでいた街はそれほど都会という感じではなかったが、それでも田舎とは言い難い街だった。そこから夜空を見上げたところで、街に溢れる電灯の明かりが邪魔をして、星が放つ優しい光を十分に享受することはできず、このような感動を胸に抱くということはなかった。
…そういえば、いつの間にか森で起きていた火災が消え去っている。レイエルが全ての炎をどうにか鎮火したようだ。
と、そこまで考えて、先程の戦闘中に抱いた懸念について思い出して、身を起こす。
そうだ、レイエル!
精霊を通して状況を俯瞰している彼女はゴブリンの群れに引き倒された時、消火のために意識を集中させていたはずなのにもかかわらず、俺のピンチに絶妙なタイミングで防壁を展開してくれた。だが、先程セシリィが危機に晒された時、彼女からの支援はなかった。レイエルの性格、人柄を考えると俺を助けてセシリィを助けないというのは考えられない。むしろ、仲間であるセシリィを助ける方が俺を助けるより優先度は高いはずだ。
なのにそれがなかった。ということは彼女は今危機に陥っているんじゃないかという憶測が浮かび上がってきた。
俺の勝手な想像ではあるが、もしこのオークの上位種に匹敵するほどの魔物がレイエルの側に現れたのだとしたら、一人では危険だ。助けに行かなければならない。
だが、今の俺が行ったところで足手まといになるだけなのは明白で、更に気絶したセシリィをこのような場所に置いていくというのはあまりにも薄情だ。
それに、ミーティアも暴風に吹き飛ばされて姿が見えなくなってからまだ戻ってきていない。彼女もセシリィのように気を失っている可能性があるので、そちらにも向かわないといけない。
どうする? セシリィを担いでどちらかのもとへ向かうべきか? ミーティアが飛ばされた方向は分かる。ミーティアを探すならそちらに向かえばいいだろう。レイエルのもとへ戻るには、ゴブリンの死体を辿っていけばいい。戻るための目印が死体というのは物騒だが、それ以外に戻る方法はない。俺からすれば森はどこを見ても同じ風景にしか映らないからよっぽど特徴的な目印でもない限りは現在地や目的地を把握するなんてできない。
そして、俺がどちらへ向かうかを決めあぐねていると、どこかから草木を踏み分ける音が聞こえる。
その足音はかなりの速度でこちらに音が近づいてきて、木々の合間から何かが勢いよく飛び出してきた。
「って、ミーティア! 無事だったのか」
飛び出してきたのはミーティアだった。その俺の声に反応し、こちらを向いたミーティアは一直線にこちらへ駆け寄ってくる。
「アスマ! 大丈、夫、ってあれ?」
俺の傍まで来たミーティアはそこで、魔剣を腹に突き刺され、木に縫い止められているオークの姿を見て、唖然とした表情を浮かべると、俺に視線を向けてくる。
「…もしかして、終わっちゃった?」
「あぁ、何とかな。そっちは怪我なかったか?」
「あ、うん大丈夫だよ。ありがとう。アスマは?」
「右足をちょっと痛めたけど、それ以外は大丈夫。それより、セシリィを診てやってくれないか?」
「え?」
俺がセシリィの方へと手を伸ばしたことで、背後の木陰にいるセシリィにそこで初めて気付いたのか、慌ててセシリィのもとへ駆け寄っていくミーティア。
「わぁ! リィちゃん、どうしたの!?」
「さっきの暴風で思いっきり背中から木に激突して気を失っちゃったんだ」
セシリィの傍で屈んだミーティアは、セシリィの体に触れずに全身を上から下まで何度も視線を往復させている。その後、首筋や背中に手を当てたり、体勢を反転させ仰向けにさせてから口元や胸に手を当て一通り触診を済ませると安堵のため息を吐き、こちらに向け手を上げてひらひらと振ってきた。
「大丈夫ー、怪我はないみたい」
その返事にこちらも手を振り返し、そちらへ行くために立ち上がろうとしたが、地面に手をつき体を持ち上げようと足に力を込めた時、電気が走ったような刺激が全身を駆け抜け、一瞬呼吸が止まってしまうほどの激痛が右足を襲い、中途半端に起き上がろうとした姿勢のまま前のめりに地面へと突っ伏してしまった。
「えぇ!?どうしたの、アスマ!?」
「お、ぉぉ…」
瞬間的に襲った激痛に声にもならない呻き声を上げ、倒れたまま片腕だけを持ち上げてミーティアに手を伸ばす。それを駆け寄ってきたミーティアが握り、おろおろと慌てた様子でこちらを窺ってくる。
「何、どこが痛いの? さっき言ってた足?」
「…あぁ」
動かしていない今はそれほど痛みを発してはいないが、動かした瞬間の痛みでまだ足が震えている。
「ちょっと診てみるから、ブーツ脱がせるね?」
そう言ってミーティアが俺のブーツの留め具を外していき、ブーツを脱がそうとした場面で脱がしにくいかと思い、脱がせやすいように足を動かした瞬間、足先に余計な力が入り先程よりも更に強い痛みが足を襲った。
『パッシブスキル《限界突破》発動』
本気で痛みにより気を失いそうになった時、限界突破が発動した。
その直後に足の痛みは消失し、痛みにより強ばっていた全身の筋肉が弛緩する。
…死ぬかと思った。




