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問題22

「それでは、拠点まで戻るとしよう」


 そう提案したのは、先頭を切っていたフェイリアスさんだった。

 鉄蟻の一群を撃破してから、さらに数時間程度が経過していたので、各自の消耗や、暗所での活動ゆえの疲労具合などを憂慮しての決定だ。

 反対意見など出る訳もなく、この日の探索はそこで打ち切られることとなった。





 ――夜。

 ディラックさんから声を掛けられ、二人で外の空気を吸いに行くことになった。

 かなりの時間を土の中で過ごしたこともあり、外へ出たところで感じた風が、冷たくて心地良く、深呼吸をして肺一杯にそれを取り込む。


「……ふぅ。あー、やっぱり外の空気はうまいなぁ」

「そりゃ、鮮度が違うからな。夜ってのもいい。夜は空気が澄んでるからな」

「ん。あぁ、そうだな」


 空気の鮮度ってなんだろ? とは思いつつも、いちいち突っ込むほどのことではないのでスルーしておく。


「そういや、お前。鉄蟻との戦闘で魔術使ってたが、なんであん時、わざわざあんな面倒くせぇ真似してやがったんだ?」

「面倒くさい真似? って、あぁ。あれは、正面から返すより、真上に飛ばした方が効果的だって、ミリオが言ってたから」


 まぁ、かくいう俺も話を聞き終わるまでは、そのまま返せばよくない? と思ってたけど。


「なんか尻側は酸に耐性があるみたいだから、ってさ」

「あ? んな情報、ギルドの資料にあったか?」

「いや、フェイリアスさんのパーティーの人が《アシッドショット》とかいう、性質変化の水魔術? で外殻を溶かしてるのを見たんだって。で、そこだけ効果が薄そうだったから、背中側に浴びせるようにしたんだよ」


 あの状況で他のパーティーにまで目を配って、即それを作戦に取り込むところは、さすがとしか言いようがない。


「はぁ〜、なーるほどねぇ。いや、素直に感心したわ。そういうことかよ」

「あぁ、そういうことだよ。頼りになるんだ、うちのリーダーはさ」

「はっ。みたいだな」


 そうして、なんとなく気分の良いまま無言の時間が流れ、そろそろ戻ろうかと思ったところで、ディラックさんから声が掛かった。


「……あー。なんだ、その。さっきは、悪かったな。もっぺん謝っとくわ」

「ん? あぁ、いや、別にもう気にしてないけど。っていうか、もしかしてそれを言うために俺に声掛けたの?」

「ま、そんなとこだ」


 なんともまぁ、律儀っていうか、やっぱり根は良い人なんだろうな、とあらためて思う。

 ……でも。だからこそ、こんな人がなんで急にあそこまで敵意を向けてきたのか、それが気になってしょうがない。


「あのさ。蒸し返すみたいで悪いんだけど、あの時なんであんなに怒ってたのかって、聞いてもいい?」

「……ま、そら気になるわな」

「うん。その、知らないままだと、また失言しかねないからさ。嫌じゃないなら、原因を教えてほしいなって」


 ディラックさんはどう答えるかを考えているようで、胸の前で腕を組んだまま足先で何度も地面を叩いた後、観念したようにため息をついた。


「……【万能(ばんのう)】」

「え?」

「万能だよ、万能! この言葉が、反吐が出るほど嫌いなんだよ、俺は」

「えっと、なんで?」


 万能って悪い言葉ではない、よな?

 あれ? こっちでは意味が違ったりするのか?


「……俺は、少し前まで帝国にいたんだよ。東の帝国・ヴァンクロードにな」

「あ、そうなんだ」


 たしか、めちゃくちゃ強い女帝さんが治めてる、超実力主義の国だったよな。


「で、向こうには【十牙(じゅうが)】っつー、強さの桁が違うやつらがいやがって、その筆頭の二つ名が万能なんだよ」

「へぇ」


 万能、か。

 あー、今そんな話をしたってことは、もしかしてそう呼ばれるのが嫌な理由って……。


「ま、話の流れでなんとなく分かったかもしんねぇが、負けたんだよ俺は。あの万能に、完膚なきまでにな」


 なんとなくそうなんじゃないかとは思ったけど、本当にそうだったのか。


「……完膚なきまでに、か。その人って、そんなに強かったの?」

「ああ、強かった。結局、最後までこっちの攻撃はなんにも通じず仕舞いで、一方的にやられたからな」


 ……うそだろ?

 この人が、あれだけ強いこの人が? 一方的に負ける?

 そんなことが、あり得るのか?


「ってもまぁ、負けたこと自体はどうだっていいんだ。あん時はあいつが俺よりも強かった、ってだけの話だからよ」


 実際、負けたことについては大して気にしていないようで、その言葉尻は軽く感じられた。


「負けた代償に、装備やら財産やら、なんもかんも持ってかれたことも、あの国を追放処分されたことも納得してる。それが十牙に挑むってことだからな」


 なるほど、そこで全部没収されたから火竜相手に普通の装備で挑んだわけか。

 でも、ただ負けただけなのに、処分重くない?


「……それだけのことだったら、俺も万能(あいつ)にここまでの恨みを覚えることはなかったんだ」

「っ!?」


 ぞくり、と背筋に寒気が走るほどに暗く重い声を発して、ディラックさんは苦々しげに続ける。


「戦いってのはよ、なんであれ、てめぇの中にあるデケェ感情のぶつけ合いだろうが! それを、あんな冷めきった目で、こっちの攻撃を淡々と受け流し続けて、反撃すらしやがらなかった!」


 それがよほど気に入らなかったのか、徐々に言葉に熱が入り、こちらまで怒りのほどが伝わってくる。


「俺をぶちのめすことすら、てめぇの意志じゃなく女帝の言葉に従ってやったことだ。ふざけんじゃねぇ!」


 味わった屈辱を抑えるためか、ぐっと握り締めた拳からぎりぎりと音が聞こえてくる。


「挙げ句の果てには、十牙で一番弱ぇやつと俺を入れ替えてやってもいいだと? ……くそが、どこまでも人を馬鹿にしやがって!」


 怒りが最高潮に達したのか、ディラックさんは拳を振り上げ、壁に叩きつける――直前でぴたりと止め、手を開く。


「ただ、それも全部俺の実力不足が招いた結果だ。そこから目を背けるつもりなんざ一切ねぇ。次は絶対に俺が、あいつをぶちのめしてやる」


 彼は開いた手を、もう一度胸の前で握り締め、誓い立てるように力を込める。

 そして、高まった感情を吐き出すように大きく息をつくと、先ほどまでの熱は完全に消え失せていた。


「ま、そっからだな。万能って言葉に不快感を覚えるようになったのは」


 すっかり元通りの、軽い空気を取り戻したディラックさんは、そう言って自身の話を締めくくった。


「そう、だったんだ」

「あぁ。なんで、その言葉は俺の前で使わないでくれよ、ってな」


 彼がどういう経緯で万能と戦って、どれだけの敗北感を植え付けられたのか、それは想像することしかできない。


「うん。わかった」


 だけど、人には誰にでも言われたくない言葉や、聞きたくない言葉はあるものだ。

 なら、もう二度とこの人の前では、この言葉は口にしないように気をつけよう。

 そう、心から思った。

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