問題12
「……えっと。ディラック、さん?」
急な状況変化についていけず、絞り出すように口にした言葉にも、彼は反応していないように見える。
そんな、息を吐くことすら躊躇う緊張感に襲われている中、その盾になるようわざと大きな足音を立てて、ガルムリードが間に入ってきた。
「かっ。敵意なんざ向けてんじゃねぇぞ、てめぇ。なにに腹ぁ立ててんのか知らねぇが、今こいつに手ぇ出すのは筋違いってもんじゃねぇのかよ?」
「そうだぞ、ディっ君! 喧嘩は帰ってからって、いつもミー君が言ってるんだからね!」
そこへアンネローゼまでもが加わり、ディラックさんを止めようとしてくれている。
まぁ、仲裁というよりは、やるならあとにしろ、という感じではあるが。
「……はぁ。いや、そうだな。そいつが悪意を持って言ったわけじゃねぇのは分かってんだ。俺が過剰に反応しちまっただけだよ。すまんな、アスマ」
バツが悪そうにぽりぽりと頭を掻き、謝罪を口にした彼に、「あ、うん」とだけ返す。
というか、未だになにが癇に障ってしまったのかが分からないので、気の利いた台詞の一つも出てこない。
「おーい! どうかしたかぁ!」
俺たちの足が止まっていることを不審に思ったのだろう、小走りでこちらまでやってきたガトーさんが、心配気に声を掛けてきた。
「ううん、大丈夫。ちょっとした行き違いがあっただけだから、なにも問題ないよ」
「そうかそうか。ま、そんなこともあるわなぁ。ほんなら、俺は戻るからな。みんな仲良くするんだぞ」
まるで近所のおじさんみたいな柔らかな物言いで、諭すよな言葉を残して、自身のパーティへ戻っていく彼の大きな背を見送る。
「さぁ、気を取り直して行くよ。アスマも、ディラックさんも、言いたいことはあるだろうけど、それは一旦忘れて、目の前のことに集中してね」
手を叩いて注目を集めたミリオは、有無を言わせないように一息で言い切ると、先頭をガルムリードに任せ、ディラックさんと並び立つようにして、行動を再開した。
「いたぞ。鉄蟻だ」
それからしばらく歩いた後、先頭パーティから伝令としてやってきたドリスさんが端的にそれを報せてきたので、《思念会話》で後続とも情報共有し、できる限りで物音を立てずに先へと向かう。
そして、先頭にやってきたこちらを一瞥したフェイリアスさんに促されるように、通路先の空間へ目をやると、そこにはたしかに複数体の巨大な鉄蟻が存在していた。