トレント2
「用意するって、どうやって!」
突発的に走り出した彼に遅れまいとその後に続くが、相手もそれを見逃すわけはなく、俺たちの接近を阻止しようと高速で枝を振るってくる。
「かっ! 俺とお前にできることなんざ、たかが知れてんだろうが!」
迫りくるそれを打ち払い、蹴り落とし、その内の一本を掴みながらこちらに顔を向けたガルムリードは、牙を剥き出しに笑い、親指でトレントの真横を示す。
「とりあえず、俺を向こうにぶん投げろ!」
「え? あ、おう!」
おそらく、ガルムリードはそうして自分を目立たせることにより、囮としての役目を果たそうとしているんだろう。
なら、ここからは速度が重要だ。
相手がこちらの手を読む前に、速攻で終わらせる。
「乗れ!」
駆け寄ると同時、そう言って手を差し出すと、彼は待ってましたとばかりにそこへ飛び乗ってくる。
その重みをしっかりと握り締め、即座に《力の収束》を発動。
狙いを定め、全力で腕を振り切った。
「おぉぉらっ!」
風切り音と共に、みるみるうちに遠ざかっていくガルムリードの後ろ姿。
その状態で彼は一瞬だけこちらを振り返ると、目でこちらへ「行けっ!」と訴えてきた。
了解とばかりに頷いて返し、俺も自身の役割を果たすために、全速力で走り出す。
「っ!」
さすがに意識のすべてをあちらへ向けることはできなかったのか、トレントの枝がこちらの接近を妨害しようと迫ってくる。
だが、それでも先ほどまでに比べれば、その数も精度もまるで大したことはなく、最小限の動きで迎撃と回避を行い、どんどんと距離を詰めていく。
──と、その時。
不意に、視界の端で動く何かを捉え、そちらへ視線を飛ばしてみると、その地点から唐突に無数の土槍が飛び出すところだった。
そして、その槍が伸びる延長線上には、ガルムリードの姿があり、位置関係により、それを回避することはおよそ不可能だ。
「ガル……っ!!」
意味もなく彼の名前を叫んでいる間にも、鋭利な直槍が止まることはなく、ついにその身を貫こうと、切っ先がその肌に触れようとした──瞬間。
こちらからでも、はっきりと分かるほどに獰猛な笑みを浮かべてみせたガルムリードは、その手に掴んでいたトレントの枝を力強く引き、まるで空中を滑るようにして、紙一重で土槍を躱わしてみせた。
「まじか!?」
行使された精霊術よりも内側──どうしても到達できなかったその場へとたどり着いたガルムリードに、驚きと称賛の混じった気持ちが込み上げてくる。
だが、俺以上に敵は衝撃を受けたようで、こちらへ向いていたわずかな攻撃が完全に止み、一拍の後、すべての攻撃リソースが彼へ向けられることになった。
「今、だっ!」
とてつもない波状攻撃に晒されているガルムリードには悪いが、それを好機と受け取り、間合いまでのあと少しの距離を一気に詰めていく。
一歩、二歩、三歩。
着実に互いの距離は縮まっていく。
もう少し、もう少し、あとちょっと!
「よしっ!」
ここからなら、いける!
目算で距離を測り、一足で確実に相手の下へ飛び込めるところまで、ついに到達した。
だから、あとは覚悟を決めるだけだ。
ほんの数瞬、あの嫌な感覚に耐えるだけの、ちっぽけだけど、精一杯の覚悟を。
「────」
一つ呼吸を置き、緊張と焦りからくる動悸を抑え込む。
そして、必殺の一撃を決める準備をしていたところで、それに気づいた。
「魔力?」
それは些細な変化だが、トレントが魔力を高めている。
精霊術を行使するのに、魔力を高める必要はないはずなのに。
なら、魔術を行使しようとしてる? この状況で?
そのような疑問が浮かび上がるが、確実にろくでもないことなのは直感で理解できる。
だから、敵がその何かを発動させる前に決着をつけるため、自身に回復魔術を施して生命力を活性化させ、その上でスキルを発動させた。
『アクティブスキル《死気招来》発動』
「ぐっ……!」
直後に襲い来る嫌悪感に歯を食い縛って耐え、それを吐き捨てるように地面を踏み鳴らし、全力で跳躍する。
地を這うように低く、最短で、すべてを置き去りにするような速度で、あっという間にトレントの目前に移動を果たし、相手の根元付近にそのまま剣を突き刺した。
「ふっ!」
激しい音と共に、何の抵抗も感じず、幹の半ばまで埋まった剣身。
さらに、地面を蹴りつけ、その場で跳躍することにより、頂点まで斬り上げ、相手にとって致命的な何かを断つような感覚を手に、止めとばかりに蹴りを放った。
「おぉぉっ!」
ただの蹴りとは思えないほどの炸裂音が鳴り響き、木片を撒き散らしながら、トレントは勢いよく横倒しになった。
「……ふぅっ」
蹴りの反動で少し離れた位置に着地して、スキルを解除すると共に、肺に溜まっていた熱い息を吐く。
体の調子に異変はなく、なんとか無事に戦いを終えられたことに安堵し、ガルムリードと合流するため、彼の下へ向かおうとし──そこから見えたものに戦慄を覚える。
「……は?」
おそらくそれは、俺の知らない魔術か何かなんだろう。
倒れているトレントの真上、そこに、直径10mはありそうなほど、大きな岩の塊が浮いていた。
その岩を覆うように、トレントから伸びた枝が幾重にも巻きついていき、それは巨大なモーニングスターとでも言うような様相になっていく。
……いや、だがそんなことよりも。
「やっちまった……!」
完全に止めを刺した気になって、気を抜いていた。
まずい、あんなものを振り回されでもしたら、俺はともかく、別の場所で戦っている他のみんなに危険が及んでしまうかもしれない。
そんな焦りを抱えたまま、どう行動するべきかを思案していると。
「──ガァッ!!」
そちらから、耳をつんざくようなガルムリードの咆哮が轟く。
そして、次の瞬間、空中に浮いていたその岩塊は急に支えを無くしたかのように落下し、こちらまで破片が飛んでくるほどの衝撃で、真下に居たトレントを押し潰してしまった。
「……うわぁ」
その光景を唖然として眺めていると、こちらへやってきたガルムリードが、何をやってんだとばかりに「馬鹿が」と言って、俺の頭に拳骨を落とした。