赤オーク
先陣を切るのはセシリィだ。その後にミーティア、俺と続いている。
オークの背後から近づく俺たちの足音を耳聡く聞きつけオークが振り向こうとするが、それよりも速くまるで獣のように俊敏な動きでセシリィが駆けつけ、双刃を振りかぶりオークの背に二筋の剣線を走らせた。
だが、その風のように鋭い斬撃はオークの背を薄く斬り裂くだけに終わる。舌打ちを一つ打ち、セシリィはオークの脇を抜けて距離を取った。
「硬っ! 全然刃が通らないじゃない」
今の一撃を痛痒にも感じていないのか、まるでダメージを感じさせない動きでこちらに振り向いたオークは俺の姿を捉えると、怒りを湛えてこちらに突っ込んでくる。
「ガァァァァッッ!」
大重量の巨体が突進してくるその様に思わず怯んでしまいそうになるが、歯を食い縛り気合いを込めることでそれに抗い、オークが振り下ろしてきた大剣を全力で跳ぶことでかわす。
直後に俺が居た場所に叩きつけられた大剣から爆炎が吹き荒れた。
これがあるから寸前での回避はできないが、この戦闘においては攻撃役が俺だけではないので隙を見つけるまでは俺は避けることに専念する。
そして、俺に執心しているこいつの動きは二人からすれば隙だらけに他ならない。だからこそ、背後からオークに肉薄したセシリィの先程より大振りの威力を重視した一撃と、側面から迫ったミーティアによる腰だめの体勢から放たれた長剣による重撃がオークに直撃する。
反撃を顧みない渾身の一撃により、背と腹に傷を負ったオークの巨体が少しぐらついた。だが、傷を見る限りではそれは致命傷には程遠く、体勢が傾いたのも衝撃によるもののようだ。
一撃を放ったセシリィとミーティアがオークから再び距離を取る。
「やっぱり硬いわね。…仕方ないか。ティア、あれやるわよ」
「え?う~ん、しょうがないっかな。でもあれって準備に時間掛かるけど、どうするの?」
「大丈夫よ。あのオーク、アスマのこと大好きみたいだからアタシたちのことなんか眼中にないわよ」
「えぇ、大丈夫なのかな?」
「大丈夫大丈夫。ってことで聞こえてたアスマ! アタシたちこれからちょっと忙しくなるから時間稼ぎよろしくー!」
「ごめんねー! なるべく早く済ませるからー!」
「え? おう、分かった! いや、分かんないけど! 必要なことなんだよな! じゃあ任された!」
「よし、んじゃ頑張ってねー!」
そう言うとセシリィとミーティアは更に離れた場所に移動し、剣を掲げ何かの準備を始めた。
その間に崩した体勢から復帰したオークはダメージを与えた二人には見向きもせず、相変わらず怒りの形相で俺に殺気をぶつけてくる。だが、強敵の相手を一人ですることになったことで不屈が真価を発揮し、抗う意志の効果が大きく向上したためか、先程まで感じていた恐怖の感情がまるで湧き上がってこない。
恐さを感じないというのは良い面も悪い面もあるが、今この状況においては好都合だ。恐怖で体が畏縮することもなければ、無駄に力が入りすぎる心配もない。戦闘中に平常心を保つというのは非常に難しく困難だが、今の状態が正にそれだ。この状態ならばパフォーマンスを百パーセント引き出すことができる。
なら、あとは勝つために必要な時間を稼ぐことだけを考えて俺が出来る最大限をこなせばいいだけだ。
さぁ、掛かってこい。お前の相手は目の前にいるぞ。




