ディラック7
「うおっ!?」
だが、それに対して驚くような声を上げながらも赤鎧は前へ一歩踏み出し、姿勢を低くすることで突きを躱すと同時に剣を振り上げた。
「ぜぁっ!」
唸りを上げて繰り出されたそれを、身を翻すことにより紙一重で回避したアンネローゼは、そのまま一度距離を取るように後退する。
そして、彼女が作ってくれたその隙を無駄にしないよう、蹴り飛ばされた自身の剣を視界に捉えて、スキルを発動させる。
『アクティブスキル《誘引》発動』
以前に取得したこの《誘引》というスキルは、簡単に言えば魔力を消費せて物体を引き寄せる能力だ。
ただ、距離が遠いほど、重量が増すほどに、消費する魔力は加速度的に大きくなる。
加えて、物の位置を正確に把握しなければ、別の物体を引き寄せてしまうので、未だに失敗することもあるが、今回は無事手元に剣を引き寄せることに成功する。
「妙な気配がすると思ったら、いつの間に回収しやがったんだか」
それを感じ取ったのか、赤鎧はこちらを一瞥し、更にぐるりと周囲を見渡してみせた。
「へっ。ようやく全員集合かよ。ちっと遅かったな」
その言葉に合わせるように、クレアとガルムリードがこちらへ駆けつけ、赤鎧の四方を囲むような位置取りで並び立つ。
『一人にしちゃってごめんね、アスマ君。大丈夫だった?』
「あぁ、問題ないよ。そっちも怪我とかしてないか?」
『うん。全然へっちゃらだよ』
先ほどの風魔術はあくまでも攻撃を阻害する目的で放たれたものだったためか、クレアの身に外傷はなく、やせ我慢をしている様子もないので安堵する。
ガルムリードも派手に打ち飛ばされてはいたが、やはり外傷はなく、拳を打ち鳴らして、飛び出すタイミングを見計らっているようだった。
「よしよし。どいつもやる気は十分そうだ。なら、こっからはもう少し力入れて相手してやるよ!」
赤鎧は気合いを入れるように大剣を地面に叩きつけると、その爆発的な威力を示すように、地響きがし、その場に小規模のクレーターができあがった。
「さぁ、どっからでもかかってきやが──」
「ディラックさんっ!!」
赤鎧──ディラックの気迫がこもった挑発的な言葉を遮るようにして、テレサが声を上げ、こちらへと向かってくる。
その姿からは、彼女が明らかに怒っていることが感じ取れて、それを見たディラックはどこか焦ったように後退りをしていた。
「何をやっているんですか、貴方は!」
「いや。何って、腕試しするって言っといたろ?」
「はい? 腕前を見るだけだと言っていましたよね? そちらからは手を出さないという条件つきで許可を出したはずですが?」
「……あー。なんだ。ほら、奇襲を受けた場合の対応力も確かめとかないとなーって、さっき思って。そしたら、こいつらが案外やるもんだから、つい」
たじたじになりながらも言い訳を並べるディラックに、呆れるような様子で頭を押さえるテレサ。
「つい、じゃありません。ギルドと交わした契約を破るということが何を意味するのか、分からない貴方ではないでしょう?」
「いや、勘弁勘弁。悪かったよ。次からは気をつけるって。だから、な?」
手を合わせてお願いをするように頭を下げるディラック。
それを見たテレサは、わざとらしく嘆息してみせ、踵を返すと横目でちらりとディラックに冷たい視線を送る。
「とにかく、この件はギルドマスターへ報告させていただきますので、あとの言い訳はそちらでお願いします」
「げっ、まじかよ」
心底嫌そうな声を上げたディラックは、げんなりとした様子で肩を落とす。
「それと、この場を荒らした分の整地はあとでしっかりとしてもらいますからね」
「え? 俺、土魔術使えないけど?」
「それがなにか?」
「……はいはい。了解しましたよっと」
観念したようにそう言って、ディラックはテレサのあとをついて歩き出したが、ふと足を止めてこちらを振り返る。
「あー、そうだ。先輩からお前らにありがたい助言をくれといてやるよ」
なにやらためになる言葉をもらえるようなので耳を傾ける。
「そん時の思いつきだけで行動すると、あとで怒られるから気をつけるようにな」
「……あ、はい」
「んじゃ、また明日な」
と、そんな当たり前のことを言い残して、彼はその場を去っていき、よく分からない空気のままこの場は解散することとなった。