ディラック2
「うーん。まだ来ていないようですね」
周囲を見回しながらその姿を探すテレサだったが、どうやら目当ての人物はまだ到着していないようで、ガルムリードが「ちっ」と、小さく舌打ちをする。
「んだよ。人んこと呼び出しておいて、てめぇが遅れて来るなんざ、ずいぶん舐めた真似してくれんじゃねぇか、おい」
「まぁ、たぶんなにか用があって遅れてるだけだろ」
「あ? 用ってなんだよ?」
「いや、知らんけど。っていうか、俺たちの方が階級は下なんだし、むしろ待たせなくてよかったじゃないか」
今日の結果次第ではお世話になる相手でもあるし、できればこんなところで心象を悪くしたくないしな。
「かっ。こちとら、礼を欠く野郎に払う敬意なんざ持ち合わせてねぇよ」
「まぁまぁ、落ち着きなよガルム。悪気があると決めつけるのはよくないよ」
不機嫌そうなガルムリードをなだめるように、ミリオが声を掛ける。
「それに、相手が遅れて来るのなら、こっちにとっては好都合じゃない」
『なにが好都合なの?』
ミリオの言葉が引っ掛かったのか、クレアがそれを繰り返して質問する。
「うん。相手は中級──いや、実力的には上級と同等の冒険者だ。なら、単純に力や技量で勝負しても話にならないと思う。だから、今の内にいくつか仕掛けでも用意しておこう」
そう言ったミリオは、その場に《アースピッド》で穴を開けると、そこへ雑嚢から取り出した布切れを被せ、最後に薄く土を被せることで簡易的な落とし穴を作成する。
「よし。とりあえず、まずは一つ完成」
「えぇ? なんか、それはずるくない?」
「……アスマはそう思うの?」
「うーん。まぁ、ちょっと?」
罠を張ることも立派な作戦の一つではあると思うけど、それを人相手に使うのはなんとなく違うように感じてしまう。
なんでかは分からないけど。
「なら、アスマはまだ認識が少し甘いかな」
「そう、なのかな?」
「うん。僕はこれがずるいことだなんて一切思わないよ。というより、たとえどれだけ卑怯だと思われても、自分たちの最善を尽くさず、中途半端な手を打って負けるのが一番馬鹿げてると思っているからね。やるならとことん、だよ」
「……なるほど」
生死を掛けてもいない、勝ち負けすらも重要じゃない戦いではあるけど、だからといって半端なことをすれば、結局損をするのは自分だってことか。
「それに、案外それを見越したうえで僕らは試されているのかもしれないよ。もうすでにね」
相手の思考を読んでいるかのようにそう言ったミリオは、微笑を浮かべると、次の仕掛けを用意するべく行動を開始する。