回復
魔剣から放たれる火球を何度も撃墜し、オークの注意をゴブリンがより多く集まっている場所へと引きつけることで、多大な被害をゴブリンへと与え、その間にもセシリィとミーティアが左右からゴブリンを始末していくことで急激にその数を減らし、あれほど大量にいたゴブリンも今では疎らにいる程度で、戦意を失っていないものは存在しないのではないかと思うほどに覇気を感じられない。
だからと言って油断はしない。オークから逃げ回りながらも、擦れ違い様にゴブリンを斬り捨て、足元で転がっている邪魔な死体はオークとの戦闘に備えて端に蹴り飛ばしておく。
それから程なくしてほぼ全てのゴブリンを討伐することができた。
残る障害はあと一つ。最大にして最後の大一番。乗り越えなければいけない壁だ。これを越えないことには次に進めない。こいつだけはここで始末をつけなければいけない。それが、この状況を作り出した俺の責任だから。
「…はぁ、はぁ、はぁ」
だが、ここに来て今までのツケが体に重くのし掛かる。常に全力を出し続けなければこの戦局を乗り越えられなかったからと言って闘気を常時発動していた結果、遂に体力が底を尽き、息も絶え絶えになり体は小刻みに震え視界も霞んできた。
今はオークの視線から逃れ、一時的に木の陰に身を隠し体力の回復を図っているところだ。
隠れた直後に闘気は解除したが、だからと言ってなくなった体力が戻ってくるということもなく、依然として辛い状況に変わりはない。元々魔力をほとんど使いきった時点で少し体に倦怠感を覚えていたが、本当に冗談を言ってられないほどに限界が迫っている。今にも崩れ落ちそうになりながらも槍を支えにして踏み止まり、木陰からオークの動向を探る。と、その時、背中を軽く叩かれた感触がしたが、危険察知が働かない以上敵ではなく、今は振り返る動作を行う体力すら勿体ないので、そのまま黙りこくっていると後ろから声が掛かった。
「疲労困憊って感じね。でもまだあと一体残ってる、倒れるにはまだ早いわよ」
「…あぁ。分かってるよ。大丈夫、まだやれる」
「あはは、本当に限界って感じだね。そんな時は、はいこれ飲んで」
隣に並んだミーティアが液体の入った小瓶を手渡してくる。
「これは?」
「強壮薬だよ。ここぞって時に飲むと体が奥から熱くなって頑張れるようになる薬かな?」
抽象的な説明過ぎてよく分からないが、強壮というぐらいだから体力を回復させる薬ってことか? いわゆるスタミナポーションというやつだ。回復薬だけじゃなく、こっちもあったのか。
感覚的にこれも相応の値段がするんだろうけど、今この場ではそんなことも言ってられない。厚意をありがたく受け取って、小瓶の蓋を開け中身を一気に呷る。
胃に流し込んだ瞬間に腹の底から全身に熱が広がり、それと同時に失われていた活力が少しずつ湧き上がってくる。全身に血が巡り、体の震えや息切れが止まり、意識もはっきりとしてきた。この世界の薬の即効性は本当にすごいな。回復薬にせよ増血剤にせよ強壮薬にせよ、どれも飲んだ瞬間に効果が表れる。魔術による回復などとは比べ物にならない、これはもはや魔法と言っても過言ではない程の薬効だ。こんなものをどうやって製造しているのか知らないが、さすがに高価なだけはある。
「どう? 効いてきた?」
「うん、ばっちり。さっきは空元気で大丈夫って言ったけど、今度は本当に大丈夫そうだ。ありがとう」
「えへぇ、どういたしまして」
俺が素直にお礼を言うと、ミーティアは照れたようにはにかんで、髪の毛の毛先をくるくると指に巻きつけ弄んでいる。今日何度か見た仕草だけど、照れた時の癖なのかな。
と、体力が回復したことで緊張が弛緩し気が緩んでいた俺の目の前でセシリィが軽く手を叩く。おっと、いかん。まだ終わっていないのに何を考えているんだ俺は。集中しろ。
「はい。それじゃ、アスマも無事に回復したところで、そろそろこの戦いを終わらせに行くわよ。準備はいいかしら」
「うん。いつでもいけるよ!」
「あぁ。問題ない」
「よし、そんじゃ行くわよ!」
セシリィの掛け声と共に隠れていた木陰から飛び出す。スキルも発動させ、準備は万端だ。
そして、戦いの火蓋は切られた。




