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逃走

 逃げる、逃げるっ、逃げるっ!

 草木を掻き分け、枝葉を踏みしだき、木々をすり抜け、倒木を乗り越え、常に足を全力で動かしながら、顔に擦り傷を作りながら。

 後方から追いかけてくるオークの鬼気迫る怒号に気圧されそうになりながらも、必死で逃げ続ける。

 逃げる方向は燃え盛る炎が目印となり分かっている。感覚としてはそろそろゴブリンの最後尾に辿り着くと思うのだが、まだか、早く見えてくれ。

 後ろの怒号が徐々に近づいてくるのが分かる。危険察知で感知した火球が頭のすぐ近くを通り過ぎていき、それが直撃した木が爆ぜ、その破片が体を打つ。そして、木々がへし折れるような音が断続的に聞こえてくる。

 いったいどれだけの膂力を持っているというのだろうか、その力を以ってすれば人の体など簡単にへし折り、引き千切り、握り潰すことが可能だろう。

 更に今のあいつは殺意を漲らせ、全身全霊を込めて俺を殺しにきている。殺されるよりも酷い目に遭う可能性も十分にあるだろう。

 そして、目的の場所まで逃げ切ったからといって勝てるかどうかは分からないうえに、ほぼ他人任せという徹底ぶりで、心底自分の屑さ加減に、生き汚さに反吐が出る。

 この弱肉強食の世界で生き残るためには、どんなことでもする覚悟や何かを犠牲にする覚悟が必要なことぐらい分かってはいるのだが、今の俺には到底割り切れるものではなく、自分の意に反することをする度に気持ちが落ち込んでいく心の弱さはいずれ捨て去らないといけない。そんなことをしなくても強くなれる者は強くなるのだろうが、それは俺には当てはまらない。俺はその例外ではない。人と違う力を持ってはいるが、だからと言ってそれですぐさま他人より強くなれる訳でもなければ、それが俺の心を保護してくれるわけでもない。この心が感じる痛みや重みは自分で背負って、消化していくしかないんだ。たとえそれがどれだけの苦痛を俺にもたらすことになったとしても、それが、それを背負って生きていく俺の責任だから。

 そして、燃え盛る炎の明かりを視界に捉えたと同時に、ゴブリンの群れの背中を見つけることができた。

 見つけた瞬間に木々の間から抜け出て一気にゴブリンたちに肉薄する。追いかけてくるオークをこの瞬間だけは無視して、ゴブリンの動きに集中し、ゴブリンたちが気づく前にその頭上を飛び越え、集団の中にいるゴブリンの背中を蹴り倒し、そこから反対側の木々の間に跳躍する。

 追いかけてきたオークが反対側にいる俺を発見し、迫ろうとするが、その間には大量のゴブリンの壁が存在している。その壁を激昂しているオークは迂回することもなく、まるで邪魔物を始末するように、大剣で斬り捨て、叩き付け、押し潰し、燃やし、爆散させた。数瞬だけでその直線上に居たゴブリンたちは殲滅され、それを見た他のゴブリンたちは恐怖におののきながらもその場を動こうとはしない。もしかしたらそう命令を受けているのかもしれないが、それならそれで好都合だ。

 木々の間から再度ゴブリンたちの中に飛び込み、今度は横ではなく縦に、ゴブリンたちが向いている方向。セシリィたちのいる方向にゴブリンを下敷きにしながら跳躍を繰り返す。

 それを更にオークが追い迫り、邪魔なゴブリンたちを蹂躙していく。

 それを尻目に跳躍を続けていたのだが、何度目かの跳躍の際にゴブリンの一体に足を掴まれてしまい、そのまま転倒し、目の前にいたゴブリンを押し倒しながら集団の中に埋もれてしまう。

 途端に前後左右から猛烈な踏みつけの嵐が俺を襲う。いくら小柄なゴブリンといえど、全体重を乗せた踵での踏みつけは非常に凶悪で、全身を同時に重量物で殴り付けられているような痛みが走る。こんなことをしている間にも後ろからは徐々に肉の破砕音が轟いてきている。なんとか抜け出さないと、こいつら諸共俺もやられてしまう。

 顔を上げられないので、手探りで一体のゴブリンの足を掴み取り、転倒させる。それに気を取られ、一瞬だがゴブリンたちの踏みつけが止まりその隙に一気に立ち上がると、腰から小剣を引き抜き、その場で一回転しながらゴブリンたちの顔を浅く斬り付ける。倒す必要はなく速さ重視でその場を制し、即座に剣を鞘に戻す。

 そして、跳躍を再開しようとした直後、危険察知が働き背後を振り返ると火球がすぐそこまで迫っていた。

 まずい、かわせない!

 それでも頭に直撃を喰らうわけにもいかず、顔を腕で覆い、目を閉じ、歯を食い縛り、その衝撃と熱に備える。

 が、火球の爆発音が響いた時、俺の体には熱も衝撃も襲ってはこなかった。

 恐る恐る目を開けてみるとそこには先程まではなかった土壁が存在していた。

 そこで思い出す。レイエルが精霊を通してこの場を俯瞰していたということを。

 ありがたい。今のはこのサポートがなければ本当に危なかった。もしかしたらあれで終わっていた可能性もある。俺と彼女との距離はかなり離れているはずで、更に消火作業も並行しているはずなのに、絶妙な場面で完璧な支援をこなすレイエルに恐れ入る。すごい術師だ。

 そして、俺は跳躍を再開する。

 今度は同じ失敗をしないように、一度一度の跳躍を素早くこなし、足を掴み取られないように気をつけて。

 その後、幾度目かの跳躍を繰り返して、ようやくセシリィの姿をこの目に捉えることができた。

 向こうもこちらの姿に気づき、ぎょっとしたような表情を浮かべたが、手を止めるようなこともなく、内心の動揺は全くその動きには表れていない。

 そのまま直線に進むとセシリィの剣撃に巻き込まれる危険性があるので、少し方向転換し、近くの木に飛び移った。

 何度か火球が飛んできて、その度に木を飛び伝っていたのだが、俺の姿を見失ったのか今はその火球も飛んできていない。

 そして、セシリィの頭上付近の木にようやく辿り着き、何とか人心地つくことができた。

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