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激昂

 「は?」


 何だと? ゴブリン術師じゃなくてオーク? しかも、このオーク威圧感が今朝見たオークとは桁違いだ。表皮の色も今朝のオークは緑色だったのに対し赤褐色だ。

 これは間違いない、上位種だ。

 こんな場面で上位種と出会うことになるなんて予想外もいいところだ。通常のオークですら正面から戦うのは遠慮したいところなのに、その上位種の相手なんてしてられないぞ。

 ここは逃げの一手しかない。んだけど、さっきの魔術もこいつが放っていたんだとすれば俺が逃げればそれだけ被害が大きくなってしまう。ならやっぱりやるしかないのか?


 「オイ、ニンゲン」


 …気のせいか、正面のオークが言葉を発したように感じたが。恐怖で幻聴でも聞こえたのか?


 「オマエ、ギンロウゾク、ミナカッタカ」


 …こいつ、喋るぞ! え? 魔物って喋るの? 聞いてないんだけど。マジかよ。びっくりした。ってことは案外コミュニケーション取れる感じか? ゴブリンとは違って。


 「オイ、キイテイルノカ」

 「あっと、すみません。銀狼族なら見…」


 って、何でこいつそんなこと聞くんだ? もしかして村長さんを狙ってるっていう魔族の関係者か? ということはあのゴブリンたちもそうか。なら森を燃やしてるのは村長さんを炙り出すためか。だとしたらそれをばらすのはまずいな、ここは濁しておいた方がよさそうだ。


 「てないですね」

 「ソウカ」

 「いや、本当すみませんね」


 素直にこの言葉を信じてどっか行ってくれないかな?


 「ナラ、シネ」


 何でや! どうして魔物ってやつはそんな殺意に満ち溢れてるんだよ。言葉を操るだけの知性を持ってるくせに、理性は獣のままかよこの野郎。

 オークが大剣を両手で持ち上げ迫ってくる。やっぱり通常種よりも格段に速い。

 走る勢いをそのままにその大剣を横凪ぎに振り払ってくるオーク。

 危険察知でそれを感知していたので屈んで避けるが、とんでもない風圧が頭上を過ぎ去り、その威力を感じさせられ背中に冷や汗が流れる。

 鉄塊持ちのオークの一撃でも当たればまずいという感覚が頭をよぎったが、これはそれ以上にまずそうだ。全身が粟立って本能が恐怖を伝えてくる。

 二撃目は上からの袈裟斬り。横に避けると切り返しの一撃が飛んできそうで怖いので、屈めた足を跳ね上げ、全力で後ろに跳ぶ。あまり滞空時間が長くなると空中にいる間に火球が飛んでくる危険性があるので、短く速く。魔術を放つ溜め時間を与えないように。

 だが、その二撃目が地面を叩いた瞬間、目の前で爆炎が吹き荒れ、その爆風により体が後方に押し流される。咄嗟に顔を腕で覆い目や喉を焼かれるようなことはなかったが、防具の表面が薄く焼け焦げている。

 今あいつは何をした? 魔術ではない。魔力を使った予兆はなかった。ということはあの剣か? もしかして魔剣、なのか?

 だとしたらまずい。さっきあいつは俺が接近する間連続で火球を放っていた。なら近距離だろうが中距離だろうが、俺があいつに勝てる要素はなく、あの大剣を受け止めることはできず、かわすことさえも困難だ。

 逃げたら被害がどうのこうの言っている場合じゃない。逃げないと確実に殺される。だが、逃げてどうする? セシリィたちに助けを求める? だが、あの二人はこの魔剣持ちのオークと戦って勝てるか?動きを見る限りでは決して負けてはいないだろう。セシリィとミーティア二人がかりなら何とかなる可能性もあるのかもしれない。でも、あの二人は今大量のゴブリンと戦闘中だ。もしこのまま逃げ戻った場合、ゴブリンに加えてこの化け物までぶつけることになってしまう。そうなったら完全に取り囲まれて終わる。

 どうするか。このオークの攻撃手段が剣撃だけなら、あの二人がゴブリンを倒しきるまで俺が気合いで時間を稼ぐという手も取れたかもしれないのに、あの火球と、それを地面にぶつけての広範囲の爆炎が厄介すぎる。近づけば爆炎、離れれば火球。火球は何とかなるが、あの広範囲技をどうするか…あ。

 …広範囲技をどうするかは思いつかなかったが、今の状況をどうにかできるかもしれない方法を思い付いたかもしれない。

 正直一か八かの賭けになるが、もしかすると何とかなるか?

 …正直、こんな作戦はやりたくない。気が重い。気が進まない。でも、それ以外に良い方法なんてないのも事実だ。やるかやられるかの世界なんだ。こんなことろで立ち止まってるわけにはいかない。こいつをどうにかして俺はさっさと帰るんだ。あいつらの待ってる家に。…だから、やれ。


 「…あーあ。くっだらねぇ攻撃だなおい」

 「ナンダト?」

 「強そうな見た目してるからどんなもんかと思ってみれば、ただの雑魚じゃねぇか。何だそのおっせぇ剣撃は、知り合いのガキ以下の鈍間っぷりじゃねぇか」

 「…」

 「おまけにそんな良い武器持ってるくせに、全くその性能を生かしきれてないし、本当ダメダメだな。あー弱い弱い。相手になんねぇわ」

 「オイ」

 「オークってのは全部お前みたいな雑魚なのか? 笑っちまうな、おい。そんな弱小種族が今までどうやって生きてこられたんだよ? なんだ? こうやって森に隠れて、縮こまって生きてきたのか?ん?」

 「キサマァ!」

 「あ? 何? え、もしかして怒っちゃった? あーごめんごめん。そうだよな雑魚に雑魚って言ったらそりゃ怒るよな。図星突いちゃってごめんなー。んじゃもう夜だし俺帰るわ。じゃあな豚さん、もう誰にも見つからないようにしろよ。誰もが俺みたいに優しいわけじゃないんだからな。バイバイ」


 手を振り踵を返して歩き出す。


 「マテッ!!」


 背後からオークの怒声が響き渡り、その咆哮が空気を震動させ、まるで地面が揺れているのかと錯覚を起こすような衝撃を感じた。が俺は歩みを止めることなく、首だけを後ろに振り向ける。


 「は? 待つわけねぇだろ? お前にもう興味はないの。お前ももう帰れって。仲間が心配してんじゃねぇの?あ、仲間と言えば、俺今朝こんなもの手に入れたんだよね。えっと、あったあったこれだ」


 革袋からオークの首飾りを取り出し、赤褐色のオークに見せつけるように手を上に上げ振ってみせる。


 「いやー何か豚みたいな魔物が首にぶら下げてた物なんだけどな。あんまりにも似合ってないからぶっ倒して奪ってきたんだよ。あれ? そういえばお前の首に着けてるのと何か似てるような? あれ、もしかして同族だった? うわぁ、ごめんな。でもやっぱりお前らの種族は森の奥に引きこもってるのが合ってるんだよ。これに懲りたらもう出てくるんじゃないぞ」


 へらへらとした表情を顔に張り付け、吐き気がするような言葉を重ねて、自分の存在が酷く汚いものに置き換えられていくような感覚が俺の心を蝕んでいく。

 だが、これをやると決めたのは俺自身だ。決めたのなら最後までやり通せ。たとえ自分の何かが歪んでいくのだとしても。

 足を止め、体ごとオークに振り返り、持ち上げていた首飾りを両手で引き千切り、足元に落ちたそれを蹴り飛ばす。


 「はい。それ、返すわ。じゃあ、今度こそ本当にバイバイ」


 再度後ろに振り返り、今度は一歩目から全力で走り出す。振り向く間際に見たオークの顔。あれはもはや完全に理性を失った鬼のような形相だった。だから、たぶん…。


 「オマエェーッッ!!」


 形振り構わずに全力で逃げる。捕まったら終わる。死ぬ。殺されても当然のことをしたという自覚はある。だが、殺されるわけにはいかない。

 だから、あいつの暴走を利用してゴブリンを倒し、そして、あいつも倒す。これが俺の考えた、最低に卑劣で姑息で穢れに満ちた最悪な作戦だ。あのオークに知性がなければ通じなかったし、あそこまでの激昂を引き出せるとは思っていなかったが、本当に最悪な気分だ。相手が魔物だろうが、いくら何でもやっていいことと悪いことがある。

 …俺はこんなことを考えつくような人間だっただろうか? 記憶を探ってみても自分の思考に違和感を覚えるが、考え付いたということは元々俺は心の底ではそういう人間だったのかもしれない。それともこの世界で魔物を殺した経験が俺の心を変質させていっているのかもしれない。嫌な変化だ。

 何にしても、ここからは本当に逃げきれるかどうか、それが鍵になってくる。

 ここから始まるのは本当の意味での鬼ごっこだ。捕まればその時点で終了だ。次はない。だから、捕まらないために全力で走る。余計なことを考えてる余裕はない。今はただ全力で色んなものを押し殺して、駆け抜けろ。

 それが唯一の生存方法なんだから。

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