術師
木の幹に体を隠しながら前へ、前へと前進する。
地面に横たわるゴブリンの死体も生死を確認しながら進み、一定以上に大きな反応をみせるものには死んだふりをしている可能性も考えて一応小剣で首を一突きし、念を入れて確実に止めを刺しておく。この状態で動けるとは思えないけど最悪の可能性も考慮して動かないと、背後から強襲を受けないとも限らないので始末は徹底的につけておく。
ついでに二人に追いつくまでに手頃な大きさの石をいくつか拾い革袋にしまっておく。
いくら投擲スキルの補正によりかなり正確に狙った場所にものを投げつけることができるといっても、相手の動きまで読めるわけではないので確実に当てられる保証はない。そういう先読みも経験を積めばできるようにはなるんだろうが、戦闘経験がまだ浅い俺にはそこまでの熟練された読みなどできるはずがないので、手数は多く持っておくに越したことはない。
ゴブリン程度なら上手く急所を捉えれば石でも問題なく倒せると思うので武器を使うのは止めておく。というか武器を投げ込んだら無事に回収できるか怪しいうえに、ゴブリンに使われたら無駄に面倒臭いことになりそうで嫌だ。武器持ちの魔物との戦闘が困難なのはあのオークで経験している。ゴブリン程度の筋力ならオーク程苦戦することもないだろうが、慎重にいこう。
辺りを警戒しながら歩みを進めていると、そう時間を掛けることもなく二人に追いついた。
だが合流することはせず、少しの間闘気を発動させ背の高い木によじ登る。
ある程度の高さまで登ったところで闘気を解除、そこから目を凝らしてゴブリンの集団を眺める。
さぁ、どいつだ。
見下ろしてみてもどれがゴブリン術師なのかなど分かるはずもなく、術を発動させるその瞬間を見逃さないように目を皿のようにして待ち続ける。
その間にもセシリィとミーティアがどんどんゴブリンの数を減らしていっているが、元の数が数だけにまだまだ終わりは見えそうにない。そちらは完全に二人に任せてしまって大丈夫だろうから俺は俺の出来ることをやろう。
それから数分、身動ぎ一つすることもなく集中して索敵を続けていた結果。ついに、術師を発見した。
革袋から石を二つ取り出し、両手に一つずつ持つ。術師を見失わないよう、視線はそのままに足元を探り投擲の姿勢に入り闘気を発動させる。戦士の咆哮はこの場面では使うべきではないだろう。フィジカルブーストに関しても魔力が心もとないため使う余裕はない。指輪と闘気の効果だけしか加算されていないが、この二つの効果はどちらも優秀なので当たりどころが悪くなければ十分仕留めることはできると思う。
腕を体の後ろ側へと引き絞り、狙いを再確認。こちらには気づいていない。完全に無防備だ。なら、何も問題はない。落ち着いて投げれば大丈夫だ。外れることを考えるな。当てるイメージを持て。呼吸を止め、鼓動の高鳴りが落ち着くのを待つ。よし、いけ!
振りかぶった腕を鞭のようにしならせ、指先に力を乗せ投石を放つ。
黒い影が樹上より舞い降り、一直線に標的の眼窩にめり込む。肉が潰れ、抉れる音と、飛び散る血液に肉片。だが、樹上では全身の力を上手く伝えることができず全力で投げることができなかったせいか、そのゴブリンを仕留めきれてはいなかったようだ。ゴブリンは投石の衝撃で後ろに倒れ込みそうになったか、群れが密集しているので後ろに立っていたゴブリンに支えられる形で転倒することはなく、潰れた目を両手で押さえ絶叫を上げている。
一投で仕留めきれなかったのは残念だが、確実にダメージは与えたのでまずは良しとしよう。次の一投で終わらせる。
片方の手に待機させていた石をもう片方の手に持ち替え、再び投擲の姿勢に入る。再度呼吸を止め、狙いを済ませ、先程よりも上半身の捻りを大きく使いより強い力を指先に集中させ渾身を乗せた一投を放つ。
先程よりも高威力の投石が、空気を切り裂きゴブリンの喉元に突き刺さり、骨をへし折ったと思われる鈍い音が響き、天井から吊るされていた糸が切れたかのようにぐったりとしてその場に崩れ落ちるゴブリン。絶命したことは間違いないだろう。
止めていた呼吸を再開し、体の奥から溜まった空気を吐き出す。
ひとまず俺の役割は終了した。魔力水は出し切ったし、術師も倒した。火の手はまだ残っているし、ゴブリンも大量に残っているが、消化作業で俺に手伝えることはないだろうし、このままここから援護射撃でも続けるか?と考えながら戦況を見守っていると、先程倒したゴブリンの後方で、火の手が上がった。
…あー、なるほどね。うん、そりゃそうだよな。何で術師が一体だけだと思っていたんだ俺は。
あちこちから火が上がっているんだ、普通に考えれば複数の術師によるものだと予想がつくことだっただろう。完全に思考が狭まっていた。
そう、こういうところが俺の素人臭さを演出している一番の原因なんだろう。術師を倒すということだけに重きを置き、その程度の思考すら放棄していたとは、愚の骨頂っていうやつなんだろうなこういうの。
よし、切り換えていこう。次があるなら、もう一度同じ要領で同じことをこなすだけだ。今は難しいことを考える必要はない。ただやるべきことを全力でこなすだけだ。
幸い、先程の二投で樹上からの投擲のコツは何となく掴んだ。それを繰り返すだけだ。強力な味方がいる以上、気負う必要もなく、焦る必要もない。だからと言ってのんびり悠長にしている暇もないが、それだけで心の安心感は段違いだ。一人で戦闘していた時とは全然違う。
彼女たちは彼女たちの役割を、俺は俺の役割をこなしていけばそれが自ずと成果に繋がり、自信に繋がり、信頼へと繋がっていく。そういう協力関係が生む絆というものは一人一人の意識を高め、互いを高め合い、その結果として個人個人が仲間というものになっていくのだろう。
一人で全ての負担を背負う必要はなく、仲間で役割を分担し、個人がそれに専念する。そうすることで効率を何倍にも高め、危険も少なく済ませることができ、更に個人の質を高めることが出来るこの仲間という関係性はやはり素晴らしく、尊いものだと俺は思う。
なので、それを実践するためにも俺はここで俺にできる最大限をこなし、役割を全うしていこう。
それが俺の成長にも繋がっていくんだから。




