不戦
「さてさて。残すところもあと君たちだけとなったわけだが、ここで一つの悲報を伝えなければならない」
再度こちらへとやってきたニーアさんは、憮然とした態度で開口一番にそう言ってみせる。
「悲報、ですか?」
「なになに? どうしたの?」
「うん。実は、ここへきてレウナーレの二日酔いがひどく悪化したようで、彼女は戦うことができなくなった。すまない」
「……はい?」
と、思わず間抜けを晒してしまうように、そんな言葉が口をついてしまう。
でも、それも仕方のないことだろう。
だって、ようやく手番が回ってきたかと思ったところでこんなことを言われてしまったら、呆気にも取られてしまうというものだ。
いや、たしかにガルムリードと戦う前にそんな風なことを口にしていた記憶はあるけど、だからってさすがに戦えなくなった理由が酷すぎないか?
「えぇ~、レウちゃん戦えないの?」
「残念ながらな。事前にこうならないよう、気をつけるように言ってはいたのだが、結果こうなってしまっては申し開きもない」
本気で具合が悪そうにぐったりとして座り込んでいるレウナーレさんの姿を見やり、少し怒ったような、こちらに対して悪いと思っているような、そんな感情がない交ぜになっている様子のニーアさんは、わずかに頭を下げて謝罪してくる。
「あー、いや。大丈夫ですよ、別に。残念は残念ですけど、そんな謝られるようなことじゃないというか。なぁ、アンネローゼ」
「ぶー。でも、アンはレウちゃんと模擬戦したかったー」
戦姫に頭を下げられるのは忍びないと思い、そう言って、さらにアンネローゼにも援護を頼もうとしたのだが、彼女はいじけるように不満を漏らしてしまう。
「いや、しょうがないだろ? 誰だって調子の悪い日ぐらいあるんだからさ。無理言うなって」
「むぅ~」
諭すようにそう言ってみても、アンネローゼは納得ができないとばかりに頬を膨らましてみせ、聞く耳を持ってくれない。
そりゃ、俺だってできることなら彼女に相手をしてほしいけどさ、なにを言ったところですぐに体調がよくなるわけでもなし、諦めるしかないだろうよ。
まぁ、回復薬とか解毒薬とか、そのあたりを飲んでもらえば、もしかしたらよくなる可能性もないではないけど、そんなことのために貴重な薬を使うのはなんか違う気がするし。
「あの、ニーアさん。とりあえず頭上げてください。上の人にそんなことされたら落ち着かないっていうか、俺たちの立場がないんで」
「……うん。あ、と。そうだ、レウナーレが戦えない代わりと言ってはなんだが、私が君たちの相手をするということでどうだろうか?」
「あ、はい。自分は、全然それで大丈夫です。嬉しいです」
正直なところ、相手がニーアさんであろうとレウナーレさんであろうと、俺としてはどっちでもいいと言えばどっちでもよかった。
色々と種類の違う相手と戦うことで、様々な経験を積みたいという気持ちはあったが、実力のかけ離れた相手であれば、自分が全力を出しても届かないぐらいの高みにいる相手であれば、俺はそれでいい。
だが、アンネローゼはそれこそレウナーレさんと戦うために気持ちを高め続けていただけあって、一度沈んでしまった心はそれだけのことでは動かされないようだった。
「ただ、そうだな。君たち一人一人と戦うのでは昨日の繰り返しになるだけなので、少し変化を加えようか」
「変化ですか?」
「うん。君たち二人、同時に相手をしよう。いや、なんなら君たち四人全員で掛かってきてくれても構わない。それならアンネローゼも少しは楽しめるんじゃないだろうか」
……俺たち全員を一度に相手にする、だって?
え? 本当に?




