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精霊術

 「…できればさっきのことは忘れてくださいお願いします」


 村を出て結界を越えた先で、俺は三人に向けて頭を下げた。先程までの妙な感情の昂りと体の熱さは既に治まっていて、今はもう平常運転に戻っている。というより、明らかに体の調子は良くなっている。村長から貰った薬が効いたのか? いくらなんでも効果が出るのが早すぎる気もするが、そういえば回復薬も即効性のある薬だということを考えればおかしくはないのか。


 「え? 嫌」

 「…えぇ。嫌ってなんでですか」

 「いや、あれはあれで楽しかったし。もうアタシの記憶に刻み込まれてるから忘れるのは無理よ。別に言い触らしたりはしないから安心しなさいな、アタシが思い出して楽しむだけだから」

 「…はぁ」

 「お姉さん的にはああやって恥ずかしがってるのも可愛くて良かったんだけどなー。ねぇエルちゃん」

 「…ん」

 「…そっすか」


 正直俺の歳で可愛いとか言われても全然嬉しくはないんだけどこの人的にそれは誉め言葉だろうから無駄に反論はしない。というかさっきまでは本当にこういう考え方すらできずに取り乱してしまったのはなんだったんだろ? まるで十代の頃みたいな初心うぶっぷりだったけど、自制が利かないというか理性が働かないというか。…まぁいい、忘れよう。記憶の片隅にすら残さないぐらいに徹底的に忘却してやる。


 「というか何で堅苦しい喋り方元に戻ってるのよ。さっきまでのでいいのに」


 また言葉遣いを指摘された。初対面で一応目上の人相手だからってことで使ってたけど、この世界の人たち本当に敬語嫌いなんだな。でもゲインさんやテレサさんは常に敬語口調だったんだけどあれはいいんだろうか? …何だ、俺が敬語使ってるのがおかしいってことか? 見た目の問題か? 平均的な容姿だと思ってたんだけど違うのか? いや、待てよ。この世界基準だともしかして俺の顔面偏差値って低いのか? マジか、衝撃的な真実だ。いやいや、まだ確定したわけじゃないし焦ることはない。…でも確かめる勇気はないからそれは一旦置いておいて、今後は言動にもっと気を付けるようにしよう。平均以下の容姿でカッコいい言葉を使っても逆効果にしかならなそうだもんな。…はぁ、何か落ち込んできた。


 「…あぁ、分かったよ。これでいいか?」

 「うん、いいじゃない。それで頼むわ」


 まぁこっちとしてもこの方がやりやすいからいいんだけど。


 「それよりさっきの話なんだけど」

 「おい。速攻で蒸し返してくんの止めようぜ」

 「えー。だって興味あるんだもん仕方ないじゃない」

 「だからって嫌がってるやつから無理やり聞き出そうとすんのはどうかと思うぞ。それに話すようなことは何もなかったし」

 「本当に? でも綺麗だって囁いたんでしょ?」

 「囁いてない。綺麗な髪だなって言っただけだよ」

 「あー、髪の話。まぁ確かに綺麗な白髪よね。アタシのは?」

 「綺麗な髪だな」

 「うん。知ってる」


 …こいつ。最初はサバサバ系の美人さんって印象だったけど、微妙にうぜぇ。まぁ気を使わなくてもいい相手って意味では丁度いいのかも知れないけど。見た目だけなら美人だし目の保養にはなるからな。


 「何よそんなに見つめて。もしかして次はアタシに盛ってる?」

 「だから盛ってねぇわ。何だよ盛るって、俺はそんな節操なしじゃねぇよ。つか、あれかセシリィはそういう話好きなのか」

 「当たり前じゃない。アタシだけじゃなくてティアもエルも好きよ。ねぇ」

 「うん。いいよね、恋愛って。話を聞いてるだけでドキドキしてきちゃうもん」

 「…ん」


 マジかよ。エルフってやつはどいつもこいつも恋愛脳の恋バナ好きなのか。まぁ別に俺も他人の惚気話に付き合ってやったことはあるし、恋愛小説ぐらいは読んだこともある。それに映画やドラマで感動したこともあるけど、それはあくまでも他人の話だから聞いたり見たりしていても大丈夫なだけであって俺自身の、というか勘違い話をこれ以上繰り広げるつもりはない。という訳で違う話題で話を逸らそう。


 「あー、そういえば。魔力強度が強いと髪の色に現れるって聞いたんだけど本当なのか?」

 「何その露骨な話題逸らし。まぁいいけど。そうね、確かにそう聞いてるわ。実際エルの精霊術は私たちと比べてかなり強力だし、間違いないと思うわよ」

 「ん? 待った。精霊術って何? 魔術とは違うのか?」

 「違うよ。精霊術は精霊の力を借りて発動させる術で、魔術は個人で発動させる術なの」

 「…エル、フは、魔術、使え、ない」

 「あ、そうなんだ。でも精霊って違う大陸にいるんじゃなかったっけ? この大陸にもいるの?」

 「そうだね。確かに精霊はあまりここにはいないけど、微精霊なら自然のあるところや日の光が届く場所なら大抵はいるから。その子たちに魔力を渡して力を貸してもらうのが精霊術」

 「へぇ。でもそれだけを聞くと別に精霊術も魔術も大して違いがあるようには思えないんだけど」

 「全然違うわよ。微精霊って一括ひとくくりに言っても、火の微精霊とか水の微精霊がいて、それぞれが自分の好きな場所に居座るから水のない場所にはあまり水の微精霊はいないし、火のない場所には火の微精霊はあまりいないわ」

 「ってことは、今この場で火の精霊術を使ってくれって言っても使えないってこと?」

 「使えなくはないけど、大した術は使えないわね。というか人族とか魔族みたいに何もないところからぽんぽんぽんぽん色々出したりする方がおかしいのよ。確かに場所によったらアタシたちの方が高位の術を少ない魔力で瞬時に発動できるけどそれ以外大して長所もないし、本当アンタらおかしいんじゃないの」

 「いや、そんなこと言われても知らんがな」


 場所によるんだろうが高位の術を低燃費で瞬間に使えるのはそうとうなことだと思うんだけど、何で比較するんだよ。俺なんて最低限の属性魔術すら使えないんだぞ。扱えるようになったとしてもそんなにぽんぽんぽんぽんは出せねぇし。セシリィが言ってるのって全体的に見た時の上澄みの人たちのことなんじゃないのか? そんな上位数パーセントのやつらと比べる方が間違ってるんだよ。


 「そういえば魔族って名称に魔って付くぐらいだから魔術もそうとう扱いが上手かったりするのか?」

 「そうね。あまり見たことはないけど、あいつらの魔術は本当に桁が違うわね。アタシが見たやつが偶々凄いやつだったのかもしれないけど。というか、さっきの髪の色の話で言えば人型の魔族は全員白銀色の髪をしているらしいから全員があんな感じの魔術を使える可能性はあるけど」

 「…おぉ」


 え? そんなのに狙われてる村長大丈夫なのか? いや、人型の魔族は白銀色の髪をしてるって言ってたからそれ以外の異形の魔族なら大丈夫なのかな? いや、それはないか。うん、村長は引き込もってるのが正解だと思うわ。見つかったら速攻で連れ去られそう。

 …俺も魔族に会うことがあったら不用意にスキルの話とかしない方がいいんだろうか? うん、余計なことを言って興味を持たれても嫌だし、そうしよう。

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