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薬の効果

 先程の水を生成した魔術はクリエイトウォーター。魔力を水に変換し生み出す魔術だ。

 この魔術は本当にただ水を創り出すだけの魔術で、正直冒険中のいざというときの飲み水代わりとして使うぐらいにしか用途がないと思っていたのだが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

 水と風の魔術に関しては今のところこんな感じで、水を生み出したり、風を起こしたりする程度のことしかできない。風に関してはちょっと強い扇風機程度のものだ。

 というより、一度体を離れた魔術をコントロールすることができないので、実質発動自体はできてもろくに扱うことができないというのが現状だ。水魔術はすぐに暴発するし、風魔術はすぐに霧散する。真っ直ぐに飛ばすことすらできない。自分に対してや人に直接触れて発動させる補助、回復魔術は一応扱えるようにはなったのにそれ以外はてんで駄目だ、魔力操作の難易度が一気に跳ね上がる。鍛練自体は続けているが、こればっかりは教えてもらってどうこうなるものでもないし、地道に慣れていくしかないんだろうな。


 「はい。これ食べる?」


 そう言ってミーティアが差し出してきたのは、親指程度の大きさのライチのような果実だった。


 「甘くて美味しいから、少しは口の中もさっぱりすると思うの。あ、皮は剥かなくてもそのまま食べられるからね」

 「すみ、ません」


 果物を口の中に放り込み、それを奥歯で噛み潰すと中から果汁が溢れ出し、果実特有の優しい甘さが口の中に広がった。

 今までに味わったことのないような独特な味がするけど、特に嫌いな味ではないし食感はぐにぐにとしていて良い噛み心地だ。何より幾分は口の中がさっぱりしたので、徐々に込み上げてきていた吐き気がだいぶ治まった。


 「ふぅ、助かりました。ありがとうございます」

 「ううん、いいよいいよ。どういたしましてだよ」


 さすがに善意で渡してくれたものを本人の目の前でリバースするわけにもいかなかったので、かなり有り難かった。


 「この薬、いったい何が入っていたんですか?」

 「動物や魔物の臓物を煮詰めたものだ。確かに味は悪いが、効果は保証する」

 「……え?」


 ……臓物。動物はともかく魔物の臓物。それって飲んでも大丈夫なものなんでしょうか? うっ、想像したら気持ち悪くなってきた。駄目だもうこれ以上考えるな。俺が飲んだのは薬。薬だ。そう、薬なんだ。


 「じゃあほら、そろそろ行くわよ。じゃあね村長、また来るわ」

 「おじゃましました」

 「……ばいばい」

 「それじゃあ行きます。本当にありがとうございました」

 「あぁ、気が向いたならまたいつでも来ればいい。私はいつでもここにいるからな」

 「はい、それじゃあまたいずれ」


 村長に別れを告げ、俺たちは村長宅を後にした。

 そして、それから少し歩いたところで先頭を歩いていたセシリィが足を止めた。


 「じゃあ、アタシたちも装備取ってくるからアンタはここでちょっと待っておいて」

 「あ、はい。分かりました」

 「ごめんね。すぐに戻るから」

 「……」


 二人は一言ずつ声を掛けてこの場を離れていったが、何故かレイエルだけはこの場に残り、俺の頭に手を乗せると子供をあやすように優しく撫でてきた。

 ……うん。何で俺はこんなことをされているんだろう。待ってる間良い子にしてなさいねってことか? なんでそんな子供扱いよ。


 「あの、レイエルさんは装備を取りに行かなくてもいいんですか?」

 「……うん。私は、術と、これで戦う、から」


 そう言ってレイエルは握り拳を俺の胸にとんと、当ててきた。

 ほう、見かけはぼうっとしてるけど案外武闘派なんだな。でも確かに三人の中では一番高身長で手足もすらっとして長いし、良い体つきをしていたからな。魔術と格闘術を合わせた戦闘スタイルか、興味深いな。戦闘になることがあれば少し観察させてもらおうか。

 よく見れば肩からケープのように掛けているマントの下に胸当てを着けているのが見える。防具は本当に最低限の部位だけを守ってるだけか。まぁ、その辺は自分のスタイルに合わせて重量を極力削るためにそうしているんだろうし、危なく見えるけど大丈夫なんだろう。

 俺がもっと強ければ守ってあげられるんだろうけど、絶対に彼女たちの方が強いだろうからむしろ足手まといにならないように気を付けないとな。女の子に守られる男って、何か嫌だな。女性差別をするつもりはないが、少なくとも俺は守られるよりは守りたいタイプだ。まぁ今はまだ無理だけど。


 「そういえば、レイエルさんってあの二人と肌や髪の色が違いますけどダークエルフなんですか?」

 「……ダーク? ううん、私、ただの、エルフ」

 「あ、そうなんですか?」


 この世界ではダークエルフっていう種族がないのか? 特徴的にそうなんじゃないかと思ったけど、そもそも区別自体されてないってことか。


 「……肌の、色は、ママと、一緒。……髪の、色は、魔力、強度、が、強い、から、だって」

 「へー、それは初耳です。魔力強度が強いと髪の色に現れるんだ」


 今までに見た白髪の人って、このレイエルとギルドマスターぐらいだけど、ギルドマスターも魔力強度が強いからあの髪色なのかな? それとも単純に歳で白くなっただけなのか。まぁ、別にどっちでもいいか。

 それにしても本当綺麗な髪だよな、白くてさらさらで。うわ、柔らかっ! ふわふわしてて、手触りが最高だ。ずっともふもふしていたくなる。

 って、あ……。


 「すみませんっ! 勝手に髪触っちゃって」

 「……ん。別に、いい」

 「いや、あまりにも綺麗だったんでつい無意識に手を伸ばしちゃって」

 「……綺麗? そ。あり、がと」


 うっ。普段無表情なのにこんなに至近距離でそんな風に可愛い笑顔を向けられるとすっごい照れる。やばい、心臓の音が聞こえそうなぐらい脈拍が上がってる。まずい、何か分からんけどとてつもなく恥ずかしい。絶対顔が赤くなってる自信がある。何だこれ。


 「なぁにやってんの?」

 「あっ」


 声のした方に顔を向けるとセシリィとミーティアが戻ってきていた。

 セシリィはニヤニヤとした表情で、ミーティアは笑顔でこちらを眺めていた。


 「えへぇ。二人とも仲良しさんだね。いいなぁアスマ、エルちゃんに頭なでなでしてもらって」

 「あらあらぁ、アスマくん、お顔真っ赤っ赤じゃないのぉ。え? なになに? もしかして、恋が芽生えちゃった? 盛っちゃった?」

 「いや、さ、盛ってねぇよ!? 何言ってんだアンタっ!」

 「えぇ。でも、何か良い感じの雰囲気出てたしぃ。不自然なぐらい距離も近いし、これってどう見ても、ねぇ?」

 「うん。仲良いよね」

 「おぃ。否定したらしたで、仲良いって言われてるのが嫌って言ってるみたいに聞こえそうな罠仕掛けてくんなよ!アンタが思ってるようなのとは違うからな!」


 何だこいつ、一人で盛り上がりやがって。そんなに俺とレイエルをくっつけたいのかよ。つか恋も何もねぇし、ただ俺が照れてただけだよ。少女漫画読んだ女の子みたいな反応しやがって、女子かっ!……女子だけどっ!


 「ふぅん。ねぇねぇエルルン。アタシたちが居ない間にアスマに何か言われたりした?」

 「……綺麗、って、言わ、れた」


 って待って! 確かに言った、言ったけど! 今それ言っちゃったら火に油注ぐようなもんだよ!


 「うひゃあ! なによなによ、ちゃんとやることやってんじゃないのよ! 恥ずかしがっちゃって、このこの」

 「……言っ、たけど! それは、ってあー!」


 ほら、更に悪化したよ。本当何だよこいつ。あれか? 歳がいくつかは知らんけど俺より年上っぽいし、刺激の少なそうな森暮らしの中で恋バナに飢えてるのか? 本当女ってそういうの好きだな。いや、別にレイエルとなら恋仲になるのは全然アリだけど、何かこうやって囃し立てられるのはむず痒くてたまらん。何でこんなとこでこんな甘酸っぱい青春みたいなことしなくちゃいけないんだよ。あー! もうだめだ! 何かよく分からないものが爆発しそうだ!


 「あぁぁぁーっ!」

 『アクティブスキル《戦士の咆哮》発動』

 「フィジカルブーストッ!」


 俺は身体強化のスキルと魔術を発動させると、この場から脱兎の如く逃げ出した。


 「え? ちょっと!?」

 「どこ行くのー!アスマー!」


 囲いの出入口はここから目視で確認できる場所にあるので、そこへ一目散に全力疾走する。

 駄目だ顔から火が出そうなほど恥ずかしい。というか何でこんなに体が熱いんだ。訳分からん。もう訳分からん!

 その後、後ろから追いかけてきた三人に先回りされては逃げ回るという無駄な足掻きを続けている内に、異常なほどの興奮状態が落ち着いてきたので足を止め、色々と謝罪した後に帰路につくことになった。

 ……後に聞いた話では、例の血を増やす薬とやらにはどうやら興奮剤のような効果もあったらしく、そのせいで妙にどきどきしたり意味不明なテンションになっていたみたいだ。

 よもや異世界で黒歴史を創ることになろうとは。……村長。そんな効果があるなら先に言おうぜ?

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