封魔領域5
「どうだ? 目を逸らしたくなるほどの重傷を負ったクレアちゃんに守られる自分を想像して、貴様はなにを感じた?」
それはまるで地獄のような光景だ。
自分では手も足も出ない強大な敵を前にして、傷だらけになったクレアの背に庇われるように佇む自身の姿。
それを夢想し、ぞっとすると同時にとてつもない悲哀に襲われ、猛烈な吐き気が込み上げてくる。
およそ感じたことのないこの気持ち。これをどう表現すればいいのか。
ただ守られているだけというもどかしさ。無力感からくる悲しさと自身への怒り。
最愛の人に先立たれてしまうかもしれないという焦燥感。
それらすべてがないまぜとなり、体の内側で荒れ狂い、暴走した感情が自己を崩壊させてしまいかねないほどに膨れ上がる。
『スキル取得条件を満たしました。スキル《憎負》を取得。パッシブスキル《憎負》発動』
……誰だ。
誰がクレアをこんな目に遭わせた。
『アクティブスキル《獣の衝動Lv1》発動。パッシブスキル《赤殼》発動』
俺の、クレアに。
なにを────
「おい」
正面から声が聞こえると同時、頬に痛みが走り、そちらへと濁った感情を乗せた視線を向ける。
そこにはこちらを見詰める一対の赤い瞳があった。
そして、互いの視線が交錯した瞬間、心を支配しようとしていたドロドロとしたなにかが唐突に消え失せる。
「……あれ?」
「正気に戻ったか?」
声に引かれてそちらに意識を集中させると、そこにはこちらへと腕を伸ばし、左右から俺の頬をつねっているシャーロットの姿があった。
「……あの、痛いんですけど」
「痛くしているのだから当然だろう。まったく世話の焼ける弟子だな、貴様は」
……えぇ?
なんで急にそんなこと言われないといけないの?
あれ? というか、今なにしてたんだっけ?
頭に疑問符を浮かべていると、頬から手を放したシャーロットは腕組みをしてため息をついてみせた。
「えっと?」
「呆ける直前まで自分がなにを考えていたのか、思い出せるか?」
……シャーロットの店に来て。クレアの訓練内容があんまりにも厳しいからこの子に軽く抗議をしたら、お前の言葉が原因だろって言われて、あー。
「クレアの気持ちを考えてたら、入り込みすぎておかしくなってた?」
「覚えているのならいい。まぁ、少し違うが、つまりはそれがクレアちゃんの抱えているものだ。分かったか」
「……あぁ。なんていうか、これは完全に俺が悪かったよ」
そんなつもりがなかったとはいえ、クレアの心を傷つけてしまっていたのは事実だ。
そのクレアは未だに目を閉じてなにかに集中しているようだが、それが終わったらとりあえず謝ろう。
無意識に最低な行いをしていた自分の過ちを。