戦姫6
……なにやってんだあの人。
いや、相手がニーアさんなら強い人が出張らないとどうしようもなかったのかもしれないけど、それにしてもギルドマスターになる人が出ていくような案件かよ。
「ギルドマスターのおじさんと戦ったの?」
「うん。戦った。あれを戦いと呼んでいいのかは分からないが、私を説き伏せようとしてきた彼に剣を向けて、斬り掛かった瞬間には地に叩き伏せられていたよ」
まぁ、そうなるよな。
正直、あの人の本気がどの程度なのかは知らないけど、強さで自己を誇示するような連中の上に立つ人だ。
そんな人が、いくら強いと言っても発展途上にあった頃のニーアさん相手に遅れを取るようなことはないだろう。
少なくとも、上級冒険者と対等に戦えるような人じゃないと相手にもならないはずだからな。
「ただ、私は負けず嫌いだからな。せめて一撃ぐらいは入れてやろうと躍起になって、何度も何度も挑んでみたが、結局一度もこちらの剣が彼を捉えることはなかったな」
まるで今のアンネローゼとニーアさんみたいだな。
アンネローゼも諦めが悪いところがあるし、案外この二人は似た者同士なのかもしれない。
「それどころか、最後まで剣を抜かせることすらできなかった。あれは悔しかったな」
「ほえ~。おじさんってニアちゃんでも全然勝てないぐらい強かったんだ」
「昔の話だぞ? さすがに今やれば私が勝てる……かは分からないが、それなりにいい勝負はできるはずだ。たぶんな」
自信があるのかないのか微妙な反応をするニーアさんだが、相手があの人ならそうなるのも分からなくはない。
現役は退いてるし、それなりに歳だから全盛期は過ぎているはずだけど、なんというか負ける場面が想像つかないんだよな、あの人の場合。
相手が誰であっても飄々とした態度を崩さないままでなんとなく勝っちゃいそうな雰囲気があるというか。
「だが、結局はそれも彼がこちらとの勝負を引き受けてくれないことには分からないんだがな。会うたびに頼んではいるが、「忙しいからまた今度な」とはぐらかされてしまうんだ」
うわー、言いそう。
まぁ、実際に忙しいっていうのも嘘ではないんだろうけど、あの人のことだから本心ではたぶん面倒臭いから嫌ってことなんだろうな。
「アンネローゼもその口じゃないか?」
「うん。アンもおじさんに模擬戦しよって何回も言ったけど、「俺は忙しいからその辺のやつらに相手してもらえ」って言われた」
「やっぱりか。となると、彼はもう誰とも戦う気はないということなのか……惜しいな」
その口振り通り、落胆の表情を浮かべたニーアさんだったが、すぐに気持ちを切り替えたのか表情を改めると、少し真面目な顔つきになり、再度アンネローゼへ真っ直ぐに視線を向けた。
「とまぁ、話が逸れてしまったが、結局なにが言いたかったのかというと。己より強い者と戦うことで敗北を知るのは良いことだ、ということだ」
「?」
「うん。説明下手ですまない。つまりだな、負けることで今の自分にはなにが足りていないのか、自分の強みとはなんなのかを知り、それを見つめ直すことで自身を飛躍させるための足掛かりを手に入れることが、先の強さを得る近道なのだということだ」
……たぶん彼女自身が天才型だからだろうが、本人の言う通り、たしかに説明は上手くない。
でも、言いたいこと、言っていることはよく分かる。
要は今以上に強くなりたければ自分自身をよく知ることが大事なんだと、彼女は言いたいわけだ。
自身より強者と戦うことで、なぜこの攻撃は相手に通じなかったのか、なぜ自分は相手の攻撃を防ぐことができなかったのか、なぜ、なぜ、なぜ、と突き詰めて考えていくうちに、自分の優れている部分、劣っている部分を知る。
そして、その敗北から得た経験を足掛かりにして、自分なりの牙を磨き、欠点を補うなにかを手に入れるために、負けた悔しさを原動力に己を高め続けろと、そう彼女は言っているんだろう。
ただ、闇雲に己を追い込んで戦い続けるよりも、自分という存在を知ることで努力する方向性をしっかりと意識する。
つまり、それこそが強者である彼女が、グランツさんという自分よりも圧倒的強者だった者との戦いで学んだ、彼女なりの真理なのだということだ。
俺自身が最近敵に敗北したこともあって、わりとそれは胸に刺さるものがある。
「?」
「……よく分からなかったのなら、それでもいいさ。負けることにも意味はあるとだけ覚えておけば」
「うん。分かった!」
「よし。それじゃあ、続きを始めようか。今度はこちらから仕掛けるから上手く捌いてみせろ」
アンネローゼはよく理解できていなかったようだが、ニーアさん話は終わりとばかりに剣を抜いてみせ、アンネローゼの「うん!」という元気のいい返事と共に、再度二人の苛烈な攻防が始まった。