戦姫5
「うん。いいな」
……その瞬間、なにが起きたのか理解ができなかった。
「ありゃ?」
呆けたような声をあげたアンネローゼも、俺と同様に今の状況を理解できていないようで何度もまばたきを繰り返している。
先程の一撃。
端から見て、アンネローゼの槍はニーアさんの胸元をたしかに捉えたように見えた。
だが、結果的に槍は彼女へと届くことはなく、むしろ逆に彼女の刃がアンネローゼの首筋へと添えられていた。
「槍を急回転させることで突きの速度を上げ、更に私の剣を弾くようにしてこちらへ刃を到達させようとするとは。いやはや、その閃きはなかなかに見事だったぞアンネローゼ」
剣を引きながら満足げにそう口にしたニーアさんは笑顔を向けてみせるが、アンネローゼは槍の切っ先を見詰めたまま動かないでいる。
「ふむ。全力の一撃を躱されるのは初めてだったか?」
その姿を見てニーアさんはアンネローゼの心情を悟ったのか、そんな風に声を掛けると、それに反応するようにゆっくりとそちらへ顔を向けてみせた。
「うん。びっくりした。絶対に当たったと思ったもん」
「ふふっ。その感覚は分かるよ。私にも同様の経験があるからな」
「ニアちゃんも?」
アンネローゼの言葉に「あぁ」と応えると、ニーアさんは視線を真っ直ぐに合わせて口を開く。
「まだ戦姫と呼ばれてはいなかった頃の話だ。当時から剣の扱いに自信を持っていた私はおよそ敗北というものを知らず、己の力を試すように強者へ挑む日々を送っていた。言ってしまえば調子に乗っていた、ということなんだろうな」
遠い目をした彼女は、懐かしむように自分の過去を思い出すようにして語り出す。
「強い者の噂を聞きつければ街から街を移動してその者を降しに行き、強い魔物の噂を聞きつければギルドや周辺地域の迷惑も考えずに討伐へ向かった」
一見すれば聖騎士のようにしか見えない彼女にそんな頃があったというのは、意外という言葉に尽きる。
でも、彼女が以前からアンネローゼと同等かそれ以上の力を有していたのだとすれば、その力を試してみたくなってしまうのは仕方のないことだろう。
この世界では力がないと生きていくのは難しく、それが強ければ強いほど生きやすい世界なのだから。
「だが、そんな毎日を過ごしていれば当然の如く敵は増える。今までに打ち負かしてきた者。私を倒すことで名を上げようとする者。治安を守るためにギルドから派遣されてきた者もいた」
それもまた仕方のないことだろう。
自分の強さの証明のために好き勝手に喧嘩を売り、他者の被害を鑑みることなく強い魔物のみを狩る。
そんなめちゃくちゃなことをしていれば、国としても見過ごせるものではない事案だからな。
「そうして荒れたような日々を送っていた、そんな時に私の前に現れたのが、現在この街でギルドマスターを勤めているグランツ殿だった」