戦姫
「たーのもーっ!!」
訓練所の扉を開くなり、アンネローゼは大声で道場破りにでも来たかのような台詞を口にしながら小走りで中へと踏み入っていく。
さすがにそれは失礼だろうと思い「こらこら」と言ってたしなめるが、彼女はまるでそれを意にも介さずに足を進めると、腰に剣を下げた女性──ニーアさんの前で歩みを止め、彼女に向けて手を差し出した。
「アンはね、アンネローゼっていうの。よろしくね!」
「ふむ、君がアンネローゼか。あぁ、私はニーア・シュバルツァーだ。よろしくだ」
先程のアンネローゼの掛け声に関してニーアさんは特に思うところはなかったようで、二人は互いに名乗り合い握手を交わしている。
そして、アンネローゼが「じゃあニアちゃんだね」と、ニーアさんに愛称をつけているのを怖々と見守っていたところ、ゲインさんがにこやかな笑みを浮かべてこちらへと歩み寄ってきた。
「お疲れ様です、アスマ君。随分と早く戻ってきてくれたので助かりました」
「……あ、はい。っていうか、どうしたんすか? それ」
遠目から見た時には気がつかなかったが、近くで見てみるとゲインさんの腕にはいくつかの青あざと、みみず腫のような痕が痛々しく浮かんでいて、額や首筋も赤く腫れてしまっていた。
「あはは。いえ、アスマ君がアンネローゼさんを探しに行ってくれている間彼女の相手を務めていたのですが、やはり私の実力では遠く及ばなかったようで、このようにみっともない姿にされてしまいました。お恥ずかしい限りです」
「うそでしょ? まさか、ゲインさんがそこまで一方的にやられるなんて……」
「さすがは剣の戦姫というところでしょう。王国一の剣の使い手という触れ込みは伊達ではないようですね」
それはたしかにそうなのだろうが、あれほど強いゲインさんを相手にして完勝できる人がいるなんて、冗談みたいな話だ。
上には上がいるなんてことは重々に承知しているが、本当に世界ってやつは広いもんなんだな。
冒険者になってからまだそんなに経ってないのに、すでに俺の中にできあがっていた基準みたいなものがもう崩れ去りそうになっている。
「ねぇねぇ、ニアちゃん」
「今度はなんだ? 私もそれほど物知りというわけではないから、答えられることには限度があるんだが」
「さっきアー君と戦った剣の人って、ニアちゃんのことだよね?」
「アー君? あぁ、彼のことか? それなら、うん。私のことで間違いないぞ」
と、不意に自分の名前が出たのであちらの話に耳を傾けてみれば、アンネローゼがニーアさんに俺を打ち負かしたのが彼女かどうかの確認を取っているようだった。
ということは、そろそろ仕掛けるつもりか。
「そっかー。じゃあねぇ。ニアちゃん、アンとも模擬戦しよ!」